一一〜二〇
一一
彼女は流れる星を一つ残らず撃ち墜としたいと言う。風に散る桜の花も、深々と降る雪も、凡そ人が美しいと思う様々な雨を、総じて彼女は憎いと形容した。理由を訊ねても決して納得のいく答えをくれないが、彼女が級友達へ向ける視線を追えば自ずと見えてきた。彼女の心の奥には常に深海が存在していた。
一二
何かを失う度に心が軋むのを感じた。心の臓が強く握られているような痛みと鳩尾に積み重なっていく重さは、僕にこれ以上何もさせまいとするかのようだった。構えていた剣はいつの間にか粉々に砕かれて、嘲笑う群衆の足で踏まれていた。腰に下げた新しい剣に手を伸ばす。それでも僕は歩くしかないのだ。
一三
君にだけはそんなことを言われないだろうと思っていた。君なら僕が抱えるこの不毛な愛を理解わかってくれるだろうと思っていた。それだけだ。共感してもらえるだなんて、そんな自惚れたことは思っていないつもりだった。でも何故だろう、君に想いを全て否定された今は、諦めよりも悲しみが優っているんだ。
一四
貴方の姿は、いつか逆光の中に埋もれてしまうだろう。最初ははっきりと見えた輪郭も今ではわからなくなって、顔は黒く塗り潰されてしまった。けれど、貴方が居たという証明だけは何年経っても消えることはない。私の足元まで伸びるこの黒い影が、忘れないでと囁きかけてくる。貴方の視線を感じている。
一五
僕の目の前で全てを晒け出した君がいた。僕の一挙手一投足に全てを握られ、僕の思うがままに踊った君がいた。絶対的な支配力が僕にはあって、その柔らかい肌を余すことなく愛でる権利があると思っていた。君は今は熱気に染まり崩れ落ち、ツンとした臭いを放っている。夏の暑い日、僕と君は二人で居た。
一六
瞳を閉じ、海に浮かぶ想像をする。冷たさに体温を奪われない、電子の海。身体から切り離されふわりと浮かび上がる意識の周囲に、情報の渦が幾つも幾つも生じていた。そのうちの一つを手に取り必要な情報を引っ張り出す。0と1の波を頭で見て、聞く。他者の身体を必要としない、酷く孤独な世界だった。
一七
貴女が賞賛する世界は私にとっては地獄も同然だった。息が苦しく、助けが必要なことすら理解されず、求めることが異常なのだと納得させられてしまう。平和の皮は何万もの黙殺から生まれたことを貴女は忘れてしまったのだろう。抵抗する力を奪われた私は、完成された世界の果てを見つめるしかなかった。
一八
喉を嗄らして貴方の背を追いかけた。息も絶え絶えになりながら、口の中を鉄の味でいっぱいにしながら、四肢が端から少しずつ崩れ落ちて逝くような幻視に抗いながら、正しいと思った道を駆け抜けた。私の中のあらゆる水分が沸騰し、乾燥していた。潤むことを忘れた瞳に貴方が映った時、青い炎が見えた。
一九
桃源郷の煙の向こうに落とし穴は存在している。頂点というものは本当にあるのだろうか。一等良いものというのは何によって定義されるのだろうか。誰かの一等に辿り着いても、その先に可能性がちらりとでも垣間見えたならそこに行き着こうと思ってしまうことを、君は人の哀しい性とでも言うのだろうか。
二〇
歌え踊れ、眠れや幼子
樹上の揺りかご揺らす風
絶えてくれるなとこしえに
柔い翼で包むが如く
小さき幸を言祝いで
睫毛に燦めく星の欠片を
落としてくれるな小枝ごと
夜の寒さに凍えぬように
太陽の毛布を織り上げよう
小さな息吹
闇の声
月がお前を連れ去らぬように
歌え踊れ、眠れや幼子