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一四〇字掌編集  作者: 夏川綺行
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一〜一〇


彼を殺した季節が今年もやってくる。どうしても救われなかった彼を思い、私の涙は心の水面に薄紅の花弁と共に浮かんでいる。風に煽られ一斉に空へと飛び立った彼の欠片は、ふとした時に私の心のささくれに触れる。彼の真意を知る術は無いけれど、彼は私の心の一番奥深くに刻みつけられてしまっていた。






無様な恋!なるほど私は確かに彼女の前では道化であり、知人には見せられないような醜態だって晒している。しかしそれを嘲笑うことが誰に出来ようか。私の姿は確かに滑稽だが、私だけがとりわけ「そう」であるわけではない。何かに入れ込む人間は皆同様に無様だ。それを哀れむか敬うかは人によるがね。






貴方が好きだった歌を口ずさむのが癖になっていた。その旋律は私の心の底に絡みついて、私の全てを縛り続けていた。それが正直鬱陶しかったのかもしれない。冬の雪の中に全ての音を埋めてみたら、すっと心が楽になった気がした。この辺りで潮時だったのだと思いたい。否、思わないといけない気がした。






例えばお前が楽しそうに瞳を細める時。お前が全てを思い通りにした気になって足を組み直す時。お前が何かを企み唇を舐める時。お前に関する凡ゆる仕種は時と場を問わずおれの心を惑わし、苛立たせ、静かにおれの首を絞める。そしてお前は仕上げとばかりに毒の皿を出し、おれに残さず平げろと笑うのだ。






私の愛はいつも失敗作を生み出してきた。私の何がいけないというの?私はあの子がしていたように、精一杯の愛情を以って人に接してきたわ。どうしてかしら。誰にも愛された愛しいあの子。私もあの子が大好きだった。あの子のように愛を囁いて振舞った。今回も失敗。また一から作り直さなきゃいけない。






その部屋は、酷く肌寒かった。換気扇が音を立てている以外静かで、窓は何かに遮られ光が殆ど射し込まない。恐る恐る壁に触れた手が、ざらりとした異質な感触を捉えた。驚いて手を引っ込める。暗がりに慣れた目がライトのスイッチを見つけた。明るくなった視界一杯に剥き出しの蝶の標本が広がっていた。






貴方の優しさは恐ろしい程の善意に満ち溢れていた。理由を問いたい気持ちと真実を知るのが怖い気持ちの板挟みになって、呼吸が詰まりそうだ。きっと貴方は私にまつわる全てを私以上に理解していて、それで一人罪の檻の中にいるのだろう。自己を守るための罪悪感、それは貴方の本当の幸せなのだろうか。






君の為なら全てを投げ出しても良いと思った。火花が散るような、一瞬でこの身が燃えて灰になってしまうかのような、想いのままの恋がしてみたかった。けれど現実は、澄み切った青空の下に投げ出され、君の笑顔に似た穏やかな陽の光が差し込む中で、行き場を無くして唯右手を彷徨わせているだけだった。






言えなかった言葉は手紙に込めた。したかったことは心の底に閉じ込めた。せめて私の口から頭から零れ出たものが、煙と共に空へ昇り、何処かで貴方と出会うことを祈ろう。間接的にでも良いから貴方の魂に触れることができたならこれほど嬉しいことはない。それでは一先ず左様なら。そう告げ扉を閉めた。





一〇


憎悪を越えた世界は風が凪いでいた。海に波は立たず、木の葉の騒めきも無い。ありとあらゆる命の息の根が止まり、ただ重たい沈黙が循環している。手足を縛られ、口に猿轡をはめられようと、心まで縛られてなるものか。私しか知らないこの世界を、私は伝染させよう。そして世界に大いなる沈黙を齎そう。

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