表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無欲な盾使い  作者: jyunjyun
異世界エルピスへ
8/19

ズレた自己紹介

 太陽が真上に昇り、暖かな太陽光を地に注ぐ。

 心地よい風が頬を撫でる。


「俺、この世界で生きていくんだ――」


 過ぎ去る風に想いを乗せて呟いた覚悟の言葉。その語がどのような意味なのかは本当に理解できてはいなかったが、それでもそこに強い意志を込めた。


 一服を終えた冬道は、書斎兼、応接室へと戻っていた。

 リアンはテーブルに置かれた紅茶を飲みながら、本を片手に持つ。ソファに深く腰掛け、習慣だと太股を組みながら褐色の艶かしい肌を魅せ付けている。

 少し見慣れたのか一瞬視線を吸い寄せられるが、すぐに顔を上げリアンを見る。


「お待たせしてすみません」

「構わんよ、わしも色々思う事もあった。それより煙の匂いがしておるが?」


 問い掛けられて、どう説明すればいいか分からなかった。

 視線を天井へと向けながら、煙草です……無理だな。煙を吸ってきました……可笑しい人だろ。

 何か良い説明はと考えるが都合よく出る筈もなく、無難な言葉を選ぶ。


「不快でしたか?」

「この程度、何の問題ないの……もっと酷い臭い等は幾らでもある」


 消臭剤のない世界では煙草臭はきついだろう思ったが、返事は否定と不愉快だと眉を顰めた表情だった。

 もっと酷い臭い……。例えば廃棄ガスのような濁った油の煙や先程、動物の濃い血の臭い等かなと思うと、それもそうかと納得してしまう。





「さて、そろそろ本題に入ろうかの」

「あっはい……」


 冬道は遂に来たかと思う。自身の身体の変化やここまで何度か感じた不快な物の正体を知ると半ば予感していた。


「まあ最初は無難に自己紹介からじゃの、わしは――」


 その内容としては以下のものだ。

 人種は一応人間だが、普通の人間に比べて長寿で長い時を生きている。詳細な年齢やスリーサイズは内緒……。

 職業はしいて言えば冒険者。格好からも分かる通り多種多様の魔法を使え、加えて近接戦闘も得意とし、近くの町「カイト」で極々稀に依頼を受けている。カイトではそれなりに名前が売れている。

 それ以外はこの家で隠居生活のように趣味として魔法の研究している。過去には何がしかの目的もあったが、達成できず断念した。

 ここに来る前は様々な大陸を転々としていたため交友関係はそれなりに広くもあり、同時に各地にこの家と似た隠れ処的な物を幾つか保持している。

 

 冬道にはそんな風に身振り手振り、視線まで使いながら説明する人物に何処かの女神と似ていると感じつつも疑問が顔に浮かぶ。

 それは「普通の人間より長寿」と「スリーサイズ」の二つであり、人間より長寿に関しては他種族との混血なのかと推測できたが、二つ目は理解できなかった。

 言葉は確かに、女神アイギスの言語翻訳能力と呼べる力で自分の知る言葉で聞こえているし、相手とも意思疎通が出来ている。ならば「スリーサイズ」と同様の言葉がこの世界にもあることになるが……本当にあるのかと。

 他にも冒険者の存在や露出の多い服装が魔法使いの格好に見えず、その見た目から町で有名なんじゃないか。後は魔法の研究とはどういうことなのか。と突っ込み所はあった。


 一瞬怪訝な面持ちを浮かべた冬道を観察していたリアンは何かに納得したような面持ちを見せていた。


「こんなところじゃが、何か気になることはあるかの?」

「そうですね……色々とありますが、一つだけ、リアンさんって貴族ですか?」

「わしが貴族と? ククッ……クックック、アァハッハッハ」


 気になると言われれば、何よりそれだった。

 こういった話によく登場するのは貴族と呼ばれる国の内外に関わる人種、人物。大体の貴族は貴族至上主義とでも言うように貴族以外は人間として認めないと思っており、それより地位の低い者には横柄な態度を取る。

 リアンの態度は別として、このような豪華な内装の部屋やその身を包む優美で色っぽい服装はどれも高級感があり、十分貴族と思えた。

 そう思われていたと知ったリアンは呆気に取られた表情のまま高笑いをしだす。その様は正に我慢できないと笑い続けていた。


「そんなに可笑しかったですか?」

「いや悪い。別にお主が悪い訳ではない」

「そうですか……」

「そうさな、わしは貴族ではない。じゃからお主も不慣れな言葉遣いはせんでよい。会った時から思っておったが元々使っておらんじゃろ?」

「うっ……」

「お主、まさかとは思うが……気付かれていないと思ってはおらんの?」


 半眼でじっと見つめる瞳が「バレバレじゃ」と語り、二の句を告げることはできない。

 本来畏まった話し方は得意ではないが、これほどに下手な訳ではなかった。故に自然と出てしまう自身の素の話し方に嘆いてしまう。

 

「そうで……いや、そうだな。リアンさんが良いならそうさせて貰うよ」

「うむ、まあまだ硬さがあるが、よしとしておこう」


 気を持ち直すように気安く話しかけ微笑を向ける。リアンは若干不満を滲ませていたが同じく微笑。


「ふっ……次はお主の番じゃ」

「あっそうか……わかった」


 冬道を促す言葉に日本でのアイギスとの出会い、そしてこの世界に来た時のことが思い出される。


(さて……何をどう話すか、聞きたい事はあるが話すのはな……信じて貰えないだろうし。それでもダンマリとはいかない。)


 別に全てを有りの儘に伝える必要はないのだが、冬道の性分としては助けてくれた恩人に不義理な真似はできずに戸惑う。

 解決への糸口が見えない難問中の難問に次第に顔色が悪くなり、見かねたリアンが口を開く。


「色々と難しいようじゃが、そう思い込まんでよい。お主のそんな顔は見たくない」


 悲しくも笑うといった複雑な表情で呟かれた言葉が冬道の心を軽くする。


「俺の名前はサクラ……年齢は二十五歳」


 冬道は佐倉冬道ではなく『サクラ』と名乗る。この時流されるままに生きた自分に別れを告げた。


「これから話すことは信じられないかもしれないが聞いてくれ――」


 冬道、改めサクラは日本から来たとはやはり話せなかった。

 起きたら記憶喪失の状態で雪山に居た。辛うじて名前や言葉は覚えていたが、それ以外のことは殆どを覚えておらず、何とか山を降りようとしていた。その途中で狼に襲われている所をリアンに助けられ今に至る。

 ただし、目的が二つある。一つは人を探している。もう一つは知りたいことがある。どちらも何も手がかりもないが、今はそのために強くなりたい、誰かを護れるほどに。

 と無理のありすぎる説明を心の内で謝りながら行う。


 リアンはその全てを聞きながらも深紅の瞳で優しく見守っていた。

 もっとも、サクラはそうはいかない。自身が結局のところ殆ど何も話していないと理解しているからこそ引き攣る。お互いの瞳が数秒、数十秒、数分と交わるが、その短い沈黙が何より長く重く感じられた。


(やっぱり無理があったか。この人なら少しは話しても……そっちのほう無理だろ)


 そんなことを考えていると、目の前の人物が静に目を瞑り小さく笑う。


「そうか……ならそうしておこうかの」

「悪い……」


 そこは肯定するべきだが悔恨の念から本音が出てしまい、自身が何かを隠していると言ってしまっていた。





「ちょっと確認しておきたいことがあっての。着いておいで」


 クスッと漏れた小さな笑いの後でリアンはサクラを連れて部屋を後にする。

 向かった先は書斎の前にある台所のような場所を抜けた先の突き当たり。壁には木の枠を持つ大きな丸い反射物が掛けられ、その下に木の台座が設けられ中心部に何かの鉱石で作られたような器が取り付けられていた。

 それは紛れもなく鏡で台座は水を溜める場所か何処かに流すための受け皿。サクラが知っている洗面所とは違うが、これも洗面所なのだろうと思えた。

 リアンに場所を譲って貰い鏡を見る。そこに映っていたのは――


「だれ、だ!?」


 サクラには鏡に映るのが自分だと分かっていても理解できなかった。顔は確かに自身の顔だが二十五歳ではなく一五、六歳の自分。

 それだけなら何とか納得できたのだが、それ以外が問題だった。

 大きな違いは髪毛。春の桜の代名詞であるソメイヨシノではなく、冬に咲く桜とも呼ばれる十月桜を思わせるような淡く薄い紅色だった。髪型は一五、六の頃にしていた、耳が隠れる程度の横髪に立たせ気味に右から左へ流す前髪と頭頂部の髪といったようなもの。

 加えて若干の垂れ下がる目は左右で色が異なる。左目は漆黒のような黒色だが、右目は深海の如き深い青の瑠璃色に彩られていた。

 特徴的な外見は見る者にどこか少年と少女が合わさったような中性的な印象を与える。せめてもの救いはつり上がった眉が少し凛々しさを齎している。

 予想外の変化に絶句し、大きく目を見開き、鏡の中の自分を見つめ続ける。


「まあ記憶がないんじゃから無理もないが、二十五歳には見えんの……」

「あ、ああ」


 リアンの的外れでもあり、的を射てもいる声に、今までの様々な違和感に得心したと頷く。

 サクラの身体は160cm程度の身長であり、現在の容姿ならばリアンが女と間違えるも無理ははない。


(もっと言えば身体が縮んだのも、感情の動きも、きっと若返ったんだろうな……。だけど思考や趣向は変わっていないんだよな……)


 そう頭の動きは何ら変わらない。趣向にしても煙草や雑味は好ましく感じたのだから変化はない。サクラには逆にそれが異常として感じられる。

 総じて現在自身の身体が子供の外見と感情に大人としての思考力や趣向を携えて、更に女神から与えられた人外の身体能力を有する酷く歪で出鱈目な人以外の存在に思えてしまい、乾いた笑いが自然と出てしまうのだった。


「今言っても意味はないかもしれないが、私はその髪色と瞳色は素敵だと思う。特にその青い目は今は亡き知り合いに似ていてね……懐かしい。っと口が滑ったようじゃの」

「リアン……」


 今までの凛とした声ではなく、何処か母性を感じさせるような柔和な声で優しく諭すリアンが別の人に見えて名前を呼ぶことしかできない。だが、最後の一言とほんのり赤くなった頬を隠す仕草は紛れもなくリアンだった。

 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


 今回は冬道、いえサクラとリアンの自己紹介回でした。


 リアンの自己紹介はもっとはちゃめちゃにするつもりでしたが、リアンさんに怒られ断念しました……ショボンです。


 それと今回を機にサクラは下手な敬語をやめましたが、今後も初対面か目上の方には拙い敬語を話すと思います。


 次回はリアンへの弟子入りに纏わる話を書けたらいいなと思っております。


 それでは、次話もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ