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無欲な盾使い  作者: jyunjyun
異世界エルピスへ
7/19

失った食事

 窓から春の柔らかな日光が降り注ぎ、冬道の顔を照らす。


「うぅん……夢、何か変な夢を見た気が……」


 重い瞼が薄く持ち上がる。寝ぼけ眼を擦り覚醒を促す。

 凄く衝撃的な夢をみたような気がするが、窓から覗く太陽が冬道をじわりと暖かく包み込み、このままもう一度眠りたいと思ってしまう。


「俺どうしたんだっけ……ん?」


 ぼーっとした目で見慣れない天井を見ながら、ゆっくり身体を起こし周囲を一瞥する。

 十畳程の――日本に住んでいた冬道の考えでは十分な広さ――部屋は全面が何かの木材で作られており、濃い木の香りに包まれている。

 壁には幾つかガラス窓が設けられ、こういう話で硝子って珍しいはずじゃなかったかと、他人事のように漫画やアニメの知識が浮かぶ。

 他にも頑丈そうな机や大きな本棚が見えるが、箪笥や押入れといった物は見当たらない。

 この部屋の全てが知らない物だった。


「どこだ……ここ?」


 ここに来る以前の記憶を掘り起こそうとする冬道を女性が止める。


「……起きていたのか。良く眠れたかの?」

「え? リアン、さん?」


 そこには自身を救ってくれた170cm程度の身長と腰よりも長い白銀の髪、更には印象的な深紅の目を持つ端麗な顔立ちの女性が立っていた。

 雪山で見た時と違い、外套やボレロは羽織っておらず、ハイレグ水着のような物しか着ていない。先程は外套に隠れて視認できなかったグローブと首元や四肢に着けられた銀の装飾品、加えてマントを取り付けた、腰当かベルトに見える物が裏側の臀部のみを隠すようにヒラヒラと揺れていた。

 雪山時よりも芳醇で蠱惑的な魅力を持つ体を晒しており、初対面よりも一層、目を奪われてしまう。


「うむ。それよりの足はどうじゃ?」


 ハッとした表情でシーツを捲り、右足を眺めるが痛々しい深い傷など見当たらない。

 確かに脹脛を狼に咬まれた上に自身の裏拳でより悪化させた傷が存在したが、今は綺麗に跡形もなく消えている。

 非現実的な現象が起きたとすれば、答えは魔法と思い疑問を口にする。


「回復……魔法?」

「まっ話は後にするかの」


 冬道が声に出すと同時に唸り声のような大きな音が自身の腹から鳴る。

 この世界に来る前は夜遅くまで仕事に没頭し、夕食はおろか昼食も食べていなかった。その様な状態で、ここへと飛ばされて極度の空腹状態にあった。

 それを理解はしているが、「おなか減った!」と催促する腹に恥じてしまう。


「すみません……」

「ふふっ、なに元気があってよい。食事を用意したからおいで」


 リアンの子供を諭すような言葉に格好がつかない。

 それもそうだろう。年齢は聞いていないが、見た目から自分と大して変わらないと見える。

 その間にもリアンは部屋から出て行こうとしており、慌てて呼び止める。


「あっあの! 助けてくれて、いや、色々とありがとう」

「……律儀じゃの」


 冬道は助けて貰ったというそうだが、怪我の治療や食事など多大な世話になっており、想いを込めて感謝する。

 リアンはそんな冬道に呆気に取られながらも微笑を見せて出て行ってしまう。

 冬道も後を追うようにベットから降りて、革靴に足を入れながら「そうか……靴、履くんだ」と慣れない感じに戸惑うも、軽く服装を見回し問題がないと分かると部屋を後にする。





「これは……凄いな」


 案内された部屋は正に森の中に居るような気分を催す部屋だった。

 先程の部屋と比べて倍ほどの広さがあり、床一面を複雑な模様を描く、緑とベージュが混在する絨毯が敷かれている。

 その上に置かれるは、図書館にあるような背の高い本棚。中にぎっしりと本が並べられている。

 更には本を読むためにと高級感のある一人用のソファが二つ、間に背の低い木のテーブルが置かれている。

 ここでならきっと落ち着いて読書に励めるだろう。

 冬道にとっては見慣れたテレビ等の家電製品は当然として置かれていないが、気の安らぐ場所と感じた。


「ここは一応客間も兼ねておるが、人を招くことも稀での、主に書斎として使っておる。お主にとっては居心地が悪いかもしれんが……悪いの」

「そんなことないです。安心して落ち着ける部屋だと思います」

「そうか、ありがとう」


 何故にリアンが自慢ではなく謝罪をするのか理解できず、自身が感じたままの本心を告げる。

 それを聞いたリアンは今までとは違う女性らしい話し方で嬉しそうに笑らいながら感謝を述べる。

 その顔は余りにも可憐で思わず見惚れてしまうが、誤魔化すように矢継ぎ早に話を変える。


「それより良い匂いもしていますし、お腹減っちゃいました」

「ふふっ腹も減ったし食べるとしよう」


 テーブルに並べられていたのは、パンとスープにサラダといった物だった。どれも美味そうな見た目をしており、きっと本当に美味しいのだろう。

 丸く細長い茶色のパンは焼きたてなのか、ふっくらとしている。スープもスパイスの香りが混じる湯気を見せ、若干の濁りはあるが表層を細かな油が浮き食欲をそそる。何かの葉野菜とトマトのような実のサラダは鮮やかな緑色が瑞々しく新鮮さを物語る。

 手間暇かけて作ったんだと思うと申し訳ない気持ちと嬉しくて早く食べたいといった相反する感情が生まれる。


「これってリアンさんが?」

「口に合うかはわからんがの」

「ありがとう。いただきます」


 素っ気無く告げるリアンに短く感謝し、慣れた動作で両手を合わす。日本ではお馴染みの食材に感謝を捧げる仕草。なのだが、この世界においては見慣れない動作なのかリアンが訝しげな顔をしていた。


「めちゃくちゃ旨い!」


 パンを掴むと柔らかな感触が手に伝わる。そのまま大きく口を開けて齧ると歯に当たる適度な弾力と芳醇なバターの香りが広がる。噛むほどにほんのりとした甘さが溢れる。

 自身の知る小麦のパンと同じ味だが、全く別物と言える味に率直な感想しか出ない。


「このスープも味が濃くて旨い!!」


 続いてスープを口に含むと凝縮した肉の旨味と鼻を抜けるスパイスの香りを感じる。後味に若干の獣臭が顔出すが、それもこのスープの味の一つだ。

 口直しとばかりに新鮮なサラダに手をつける。最初はやはりトマトのような実。その味はトマトに似てはいるが甘さは段違いだった。果物並みの深い甘さと酸味があり、苦味の強い葉野菜と一緒に食べると一段と味に深みを持たせる。



 人前だというのに無我夢中で食べていた。

 そんな様子をリアンは嬉しそうに見ており、その視線に気付くと二人の視線が交わる。お互い言葉は不要と知り笑顔を浮かべ、無言の会話をする。

 リアンはどうか知らないが、冬道は食事のマナーを気にしている訳ではない。ただ単にリアンの微笑が今は亡き家族との食事でよくしていたやり取りであり、無自覚にしていた。

 その後も冬道は「美味い」と何度も口にし、時に視線を交わし、時に短い会話をしながら食事をしていた。


 確かに旨い料理とは誰にも魅力的な物だろう。

 しかし、冬道にとっては旨い料理でも、一人で食べると食欲や趣向を満たすだけの味気ない物としか感じなかった。

 だが、今は違う。リアンとの食事に失ってしまった時間を感じ、それが心を満たしてくれる。

 二度と訪れる事はないと思っていた過去の当たり前に感極まり、知らぬ間に瞳から粒が零れる。



「いやあ、食べた食べた。特にスープが美味しくて、ありがとうございます」

「気にせんでよい。パンや野菜は別じゃが、スープはお主のお陰で作れたからの」


 自身のお陰という言葉に何故と首を傾げる冬道に理由を話す。


「そうじゃ。無断で使ったが、お主が倒した狼の肉や骨で作ったスープじゃからの」

「それは気にしていませんが……あれ狼の肉だったんだ。確かに何かの肉の味がしました」

「ほう……中々鋭い味覚を持っておるの」

「そうですか?」


 そんな会話中にも心の中では安堵していた。

 襲われたのだから殺してしまうのは仕方ないと納得はしている。日本でも人に危害を加えた野生動物を殺処分とする事例は多く、何度か聞いた話だが、聞くと見る、見ると行うでは全く異なる。

 あの時は無我夢中で仕留めたかどうかの確認もしていなかったが、改めて自分が殺したと言われると言葉にならない感情が溢れる。

 それでも今は美味しいご飯を食べて幸せなんだと首を振り、嫌な思いを消し去ると、食べる前と同じ動作で違う感謝を述べる。


「ごちそうさま」


 例え食材を提供したのが自分であっても作った人は別であり、その人に感謝するのは当然だった。


「何度かしているそれは、何かの儀式かの?」

「えっ……あぁ、儀式ではないですが似たような物ですね」


 きっと両手を合わせて台詞を呟いたことを言っているのだろうと理解する。

 続くように『いただきます』『ごちそうさま』という言葉は主にその作り手と食材に感謝をする言葉で、何かを信仰したり祈りを捧げる物ではない。

 そう説明するのだった。


「なるほどの……」


 何かを考えるように思索するリアンをよそに、冬道は自身の懐を弄り、かと思えば周囲を心配そうに見回す。


「どうしたんじゃ?」

「鞄って知りませんか?」

「カバンとは何じゃ?」

「……通じないのか、ならポーチ……とか?」

「ああ、あの細く四角い物ならベットの脇に置いてあるぞ」

「よかった……」


 そう冬道は使い慣れたビジネスバックを探していた。


「すみません。ちょっと外に出てもいいですか?」

「何か気に……まあ遠くに行かなければ構わんよ。出口はこの部屋から出て左に進み、途中を左に曲がった所にあるよ」

「ありがとうございます。では少し失礼します。」


 申し訳なさそうに聞く冬道は何かを言いかけられたが特に気にせず席を立ち、会釈し寝ていた部屋へと戻る。




 置かれた鞄からお目当ての物と耐熱性の小袋を取り出し玄関から外へと出る。

 入り口から少し距離を取り、いつもの如く煙草を咥え、ライターの鑢を勢い良く回す。


 シュボッ


 音ともに煙草に火がともる。辺りを包む紙と草の焼ける匂いと白煙が上る。不快に感じる人もいるが冬道には何よりも好きな匂い。

 苦い煙を吸い込み、食後の一服を楽しむのだった。

 ここまで読んで頂き有難う御座います。

 なんとかリアンの家に辿り着きました。といっても寝ていただけですが……

 さて、今回は食事をメインに持ってきましたが、どうでしたでしょうか?

 冬道と同じように私も家族や友人と共にすると、何より美味しく楽しく感じますね。冬道はそれが顕著だったのだろうと思います。

 更には、また煙草タイムですね……正直異世界に来てまで吸うなよ!と思いますが、どうしても吸わせろと五月蝿かったので、こうなりました……

 それでは、また次回も頑張りますので宜しくお願い致します。

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