女神アイギスの望み
未だに半身半疑の冬道。
それも無理はない。何せ今までの人生で本当の神という存在は目にした事がなく簡単に信じれはしない。
しかし、心を読めるのは多分本当だろうと思い口調を少し改め話を再開する。
「本当に女神だと?」
「女神なんて……お姉さん悲しいわ、ちゃんとアイギスって呼んで?」
そんなことを言う女神の言葉に反論しようと思うが、女神のキッとした強い視線に何を言っても無駄だと判断し慣れない様子で呼び捨てにする。
「なら、ア、アイギス……」
「うふふっ、お姉さん照れるわ……あっお姉さんは冬道君のこと冬道君って呼ぶわね」
自分で呼ばせておいてこの態度……。
だが続く言葉はなく、女神の頬が恋する乙女のように桜色に染まり見惚れてしまう。先程の教祖か何かに思った印象は嘘のように消えていた。
もっとも、幸か不幸か最後の天然ぽい言葉で正気に戻った冬道は先程の違和感を問いただす。
「異世界エルピスの話で吃ったのは何故でしょうか?」
「そ、それは……実はね……私は何千年も前に封印されて現状は知らないの……あ、あはは」
そんなことを苦笑しながら軽く話す女神になんと言っていいのか分からなかったが、「それなら魔法や世界の本当の姿は」と気になり詰め寄る。
魔法は種類が増えている可能性はあるが衰退はしていないだろう。国や種族にしても魔獣と呼ばれるモンスターの存在から対立は起こっていない筈だという返事だった。
更に現状女神は、封印から復活した訳ではなく少し溜まった力を使って地球に来たが、その力も残り少なく今回が最後だろうと言われ、断りにくい雰囲気ができてしまう。
「はぁ……まあ事情は理解しました。とりあえず異世界エルピスに行くとして戻って来れますか?」
「えっと……無理ね」
「それはそうでしょうね……」
それは半ば予想していた回答だったが、然程問題はなかった。
冬道には家族も居らず、この世界に未練もない――厳密には心残りのような物はあるが、それに対して何かをできる訳でもなかった――のだ。であれば行ってもいいが、女神には悪いが行く必要がないとも考えていた。
加えて日本人としては、一般的な自分がモンスターもとい魔獣が居るような異世界に行っても何もできないとも思っており、アイギスは瞬時にそれを察知し冬道をその気にさせるべく言葉を紡ぐ。
「でもね、冬道君が考えているような問題はないわ。言語や戦闘知識に関してはお姉さんの知識を与えるし、身体能力や魔力もエルピスの環境に合ったそれなりにのレベルの物をあげるわ。もっとも、使いこなすためには、相応の訓練や経験が必要よ」
「なるほど……ってまた心を……まあいいですけど……」
「それにね、それだけじゃないのよ? お姉さんのとっておきをあげるわ!」
冬道の内心の不安が少し解消されたことを感じ、ここが勝負所だと理解し畳み掛けるように魅力的な提案を持ち出すアイギス。
「とっておき、ですか?」
「そうよお、お姉さんのとっておきの盾と武器を作れる魔法をあげるわ!」
「無敵の盾と武器ですか……」
「そうよ。武器は造形魔法という魔法ね。明確な想像力と大きさに比例した魔力を使うという条件はあるけど、エルピスに『存在しない物』も創れるわ。ただし、創り出した物が身体から切り離されてしまうと、程度はあるけど数秒から数分で消えてしまうわ」
「なるほど……」
この世界において、武器と呼べる剣や槍などは書物や展示でしか見たことがないのが一般的であり、それを自分の望むように創れるとあれば、男なら誰しも少しは惹かれるものがある。
その上に神と呼ばれる者が「とっておき」などと形容する盾もついてくるとあれば尚更思う物があった……。
だが冬道にとっては、確かに身体能力や魔力も含めて十分に魅力的であるが、異世界行きの決定打とはならない。というよりも装備等は最低限で良いと思っていた。
やはり若干の気がかりが棘のように刺さり抜けてくれなかった。
「なあに? お姉さん頑張ったんだけど、まだ不満かしら?」
「いや、不満なんて……ただアイギスが何故俺をエルピスに誘うのか理由が分からない。それに気になっていることもあります。」
「理由ね……私が貴方を望む理由は私の大切な人を守ってあげて欲しいの。それはきっと貴方にしかできない事なの」
真面目な顔をした女神の言葉で「この人にも想う人が居るのか」と感じ、愛する女性が云った台詞を思い出し、胸中をやり場のない気持ちが生まれる。
しかし、続く女神の言葉は胸中に生まれた痛みを吹き飛ばすほど驚愕なものだった。
「そうね……確かにあれはこの世界では凡そ起こる可能性がないと言っても間違いのない傷だわ……」
「っ? ……何でそんな事が分かる?」
「そうれはそうよ。正確に見た訳じゃないから多分だけど……私が封印される以前にエルピスで似た傷を見た覚えがあるわ。それとあの子の病気だって……」
冬道は今まで血を分けた家族や最愛の人の理不尽な死を許せず、何とか真実を知りたいと願い続けていた。その手がかりが異世界エルピスにあると知り、決して抜けなかった長い棘が抜け落ちる。
「そうか……それなら決まりだ」
「ちょっと待って!? さっきも言ったけど多分の話……見た覚えにしても冬道君が何度生まれ変わっても足りない程の遥か過去の話よ。可能性で言えばエルピス以外の異世界というほうが高いわ」
「何度も言わすな。可能性が少しでもあるなら答えは決まっている。俺はエルピスに行き、真相を突き止める!!」
荒い口調で言い切った冬道の顔は、凍れる刃の如き冷徹な怒気と鋭利な殺気に満ち溢れていた。
そんな様子に、女神は何かを言いたいのか口を開けるが声ではなく首を振る。きっと「本当に良いの?」と言いたかったのだろうが、改めて代わりの言葉を伝える。
「それじゃあ、お願いするわ。……あっそうそう、向こうに着いたら姿形が変わっているかもしれないわ。私の力でエルピスに適応した身体に変化する後遺症みたいなものね」
「おい、そんな重要なことを今――はぁ、向こうに着いたら確認するさ……ありがとう」
「ふふっお礼なんていいのよ。それよりあの子をお願い……最後に見た時はまだ小さくて泣いていたわ……冬道君、どうかあの子を守ってあげて」
「……ああ! アイギスの大切な人に俺なんかが助けになるか分からないけど、頑張ってみるよ」
最後に重要な内容を話す女神アイギスに抗議の言葉を吐こうとするが、何よりも感謝の述べた。
最愛の女性が云ってくれた言葉を思い出させ、家族を含めた死の原因もしくは仇と呼べる相手が見つかるかもしれない。冬道にとって長く探し求めた道を示してくれたのだから。
そんな女神が……否、母親としてのアイギスの強い想いが、冬道の瞳に映り決意を込めて頷く。
それを最後に立っている足元へ円形の青く光る魔方陣が出現し、光が円柱状に高く伸びる。同時に持っていた鞄が白く輝いていたが、気付くことなく冬道は光へと飲まれ消える。
光の魔方陣に包まれた後、冬道は、暗く深い海の様な勝色の空間に存在した。
意識はあるのが声は出せず、身体の全てが透けて半透明状になっている。
不思議だが、ここは多くの命が集まる出発地であり終着地とも言える場所だと思えた。
何かに突き動かされるように空中を泳ぐ。進む度に聞こえる懐かしき声なき意思。
「冬……大切な人を見つけて守ってあげて……冬……あなたにならできるよ」
「冬道!お前ならやれるさ」
男女二人の想いが順次届く。
「さっさと起きろっ! こんな所で寝てていいのか!?」
しかし次は違った。叱責するような声が物理的に聞こえた。
眼前には大小二つの黒い人型の塊があると分かる。
すれ違う瞬間に大きい黒塊に肩を叩かれる。透明な筈の肩に感触が伝わった。
続くように小さい黒塊は一点を指差す。
そこには何処かへ続くだろう黒色の扉がある。
潜る際に後方から「頑張れよ」と優しく応援する言葉が聞こえた気がした。
ここまで読んで頂き有難う御座います。
この話で序章は終わりとなります。ただし以降も説明回は所々で入ってくると思います……すみません。
序章と言っても結局はテンプレ転移の回な訳です……やっぱり長かったでしょうか?「もっと短く!」とか「いやいや、これぐらいあってもいいだろ!」とか何かありましたら教えて頂ければ幸いです。
何分始めての小説執筆……至らない所も多く目につくことと思いますが、宜しくお願い致します。