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魔王と勇者の異世界生活録  作者: いぬぶくろ
俺たちのこと、村のこと
24/29

 村の中を歩くこと数分。目的の人間が住む家へとたどり着いた。


「オスマ! オスマ、入るぞ!」


 ドアの隙間(すきま)から()れる(うす)い灯りで中に人が居ると判断したのか、ベルゴは軽くノックをするだけで中へと入っていた。


「おぉ、ベルゴ。そちらが、魔法使い様か?」


 ベルゴからオスマと呼ばれた男性は、椅子(いす)に座り何をするでもなく(ひま)を持て余していたようだ。


「お前、今月の糞尿(ふんびょう)当番だったよな?」

「あぁ、そうだ。それがどうかしたか?」


 この村では、各家庭から出る糞尿は持ち回りの当番制で回収廃棄(はいき)する人間が決められている。今月は、このオスマという話だ。


「お前、井戸の近くで道具を洗ったろ?」

「――ッ!?」


 ベルゴの問いに、オスマは分かり(やす)い反応をしてくれた。当たりだ。


「お前のせいで、こんなことになっちまったんだぞ! 魔法使い様が居なかったら死人も出ていた! お前、何をしたのか分かっているのか!」

「そっ、そんな……。だって仕方がないじゃないか! ゴブリンが出たんだぞ!?」

「だからって、井戸に(クソ)が入ったらこうなることくらい分かっていただろ!」

「だったら、ベルゴは俺がゴブリンに襲われてもいいっていうのか!?」

「そうは言っていないだろ!」

「いいよな、体力がある馬鹿は! 森を彷徨(さまよ)って、たまに獲物(えもの)()って来れば良いんだから」

「テメェ!」


 胸倉(むなぐら)(つか)みオスマを(なぐ)ろうとしたベルゴを止めた。確かに、こいつ(オスマ)は殴られて当然のような奴だが、ベルゴみたいなやつが殴ったら死ぬ可能性がある。

 それに、見過ごしたらマリアから「なぜ止めなかったの!」と言われるからだ。


「離してください、セシルさん! この馬鹿野郎が!」

「分かっている。分かっているから、まずは落ち着け」


 ベルゴとオスマの間に割り行って、互いの視線を切る。それでも、ベルゴは飛びかかろうと暴れ、オスマは悲鳴を上げて机の下に隠れる。


「お前が制裁(せいさい)してどうする。これを(さば)くのは村長の仕事だ」

「そんなこ――(いだ)だだだだだだだだ!!!!」

「無理に動くと骨が折れるぞ」


 動きを(ふう)じるためにベルゴの(うで)()じ曲げ、そのまま床に押し付ける。

 ベルゴは悲鳴を上げながら、俺の手から逃れるように暴れるが、人間(ごと)きが俺の力にかなうはずもない。


「分かった! 分かったから、手を放してくれ! このままじゃ折れちまう!!」

「分かれば良いんだ」


 そっと、捻じ上げている腕から手を放すと、よほど痛かったのか顔を真っ赤にして少しだけ涙を流したベルゴが顔を上げた。


「とりあえず、村長を呼んできてくれ。辛そうなら、代理の人間でも(かま)わない」

「わっ、分かりました」


 腕を(かば)いながら立ち上がったベルゴは、大人しく立ち上がると俺の言う通り村長を呼びにオスマの家を出ていった。



 村長を呼びに行ったベルゴは、すぐに戻って来た。無理そうなら代理を呼んでくるように言ったにもかかわらず、ベルゴは村長を背負ってやったきた。

 背中で()られたからか、さきほど見た時よりも、村長の顔色は悪くなっていた。


「お前……お前は何てことを……」

「すみません……。でも、ゴブリンが――ゴブリンが怖くて……俺……」


 責めるわけではない、悲しそうな表情で(つぶや)く村長に、オスマは本当に申し訳なさそうに謝り倒している。

 その様子を見て、初めは殴り飛ばさんばかりの勢いでやって来た被害者家族の村人たちは、少しだけ意気消沈(しょうちん)していた。


 それもそうだ。集めた糞尿を捨てる場所は、森の中。そこまでは良い。しかし、それらを集めた道具を洗う小川は少し離れたところにある。

 その場所というのが、俺たちがヒョイをゴブリンから助けたところだ。

 糞尿を捨てる当番だったオスマはゴブリンが発生してから村人に、一緒に来てくれ、と懇願(こんがん)したらしいが、臭いし汚い掃除をやらずとも近くにも居たくないと皆は思う。だから、誰も一緒に行きたがらなかった。


 明け方前であれば狼は起きていてもゴブリンは寝ているので、その間に糞尿を捨て小川へ行けば夜が明けてしまうので、仕方なく井戸で道具を洗っていた。

 なぜこれに気付いたかというと、俺たちが人間に(・・・)やられたやり方だからだ。井戸を完全に使えなくするには、糞を投げ込めばいい。

 しかし、その場合は人型の魔人でも気付くほどの異臭を放つ。そこで、ほんの少しだけ混ぜて置いて、あとは水が腐るのをゆっくりと待つ方法だ。


 これをやると、水が腐るのを待っている間、人間たちも水を使えず、さらに腐るまで待っておかなければいけないので戦術的に見ればそれほど効果的ではない。

 やられると痛いが、回避する方法はいくつもあったので、すぐにその戦法も(すた)れた。


「部外者だけど、一つだけ言ってもいいかしら?」


 マリアが冷めた声で放つ。


「はっ、はぁ……。何でしょうか?」

「こちらでは、ゴブリンは個人で解決できる問題なのかしら?」

「そんなまさか! 領主(りょうしゅ)(たの)み、討伐(とうばつ)のために兵士を送ってもらい狩るのが普通です」

「そう」


 それが商売をするために重要な道であれば、商会が中心となり討伐隊を組み、規模が大きくなれば領主や国が出張ることになる。これは、どちらも同じだ。

 だから、マリアは(あき)れたようにため息を吐いた。


「それにも関わらず、助けを求めている者に手を貸さないの? ゴブリンは確かに強いけど、こちらが数で上回っていればおいそれと(おそ)ってこないわ」


 ゴブリン単体の能力はそれほど高くない。そのかわり、あいつらは数で押してくる。

 ゴブリン同士なら、一匹につき一体の子供しか生まない。しかし、それを人間が(はら)むと五、六匹生まれる。

 村が襲われれば一気に増える。そこが、奴らの恐ろしいところだ。


「今回、彼にも非がある。しかし、彼を手伝おうとしなかった貴方たちにも非がある」


 マリアに怒鳴られ、大の大人である村人たちがビクッと震えている。


「しっ、しかし、彼が困っていることを私は知らなかった。オスマが村長に話していれば――」

「気の弱い奴が、そこまでできるかッ! ゴブリンが――魔族が出たなら、村全体で協力し合いなさい!」


 ドゴォ! とマリアがオスマ家のテーブルを強く叩きつけると、テーブルは(むし)ったばかりの羽毛のように飛び散った(・・・・・)


「あぁん!」


 破壊されたテーブルに手をついていた村長は、支えが無くなってしまったので地面に倒れ込んだ。


「そっ、村長!?」


 ベルゴは元より、責め立てられていたオスマも倒れた村長に駆け寄った。

 村長はベルゴに抱きかかえられ、何とか立ち上がる。


「――――」


 しかし、マリアはそこから話せなかった。

 仕方がないな……。


「みんな、見ろ。オスマは悪い奴か?」


 倒れた村長に一番に駆け寄り、今もベルゴに支えられて立っている村長を心配し、オロオロしている。


「今回は、幸いなことに死者は出ていない。それに、原因とそれが起きた理由が分かっている。これら全ては、この村で解決できることだ。被害を受けた者の中には許せない気持ちを持っている者も多いと思うが、ここはそれを(こら)えて彼を許してやってはどうだろうか?」


 俺が言い放つと、村人は困った顔をして互いに見合わせている。まだ一押し足りないか――。


「村長はどう思います?」


 俺から問われた村長は、俺を見た後、オスマに目をやり、そして村人に目をやった。

 数秒考え、すぐに答えを下す。


「魔法使い様のいう通りだ。今回のことは、我々にも()がある。我々は、オスマを許し、そして、オスマに許してもらおう」


 村長はオスマと向き直り「すまなかった」と()びた。その瞬間、(せき)を切ったようにオスマは泣き叫び、村長や村の皆に謝った。

 まぁ、色々あったが、これで一件落着だ。



「マリアの悪い癖――」

「うっ!?」


 水が腐っていることを報せるために、オスマ家であったことをあの家で起きたことを知らない村人に皆が走り回っている。

 俺たちは客人なので、その輪から外れ馬留に座っている。


「いや、だって、あれは仕方なくて」

「マリアの悪い癖」

「あっ、あと、テーブルが脆くて……」

「マーリア」

「……はい」


 しゅん……、とマリアはうな垂れる。

 マリアは、怒っているように見えない。そして、怒った瞬間の爆発が激しい。それが、彼女の悪い癖だ。

 怒りをところどころで出さないから、ある日突然爆発する。今回は、村人が一人を責めていたので、いつもよりも怒りやすくなったんだろう。


「まぁ、今回は一喝が効いたから良かったな」

「そうね……」


 はぁ~、とマリアのため息が、夜の冷えた空気に白い煙となる。

 ため息の原因は、あの怒鳴りによって、マリアに描いていた聖人染みた身勝手な妄想が崩れたからか、遠巻きに見てくる村人のせいだ。たぶんその内、元に戻ると思うが。

 あと、ありがたいことに、他の皆と同じように臥せっていたヒョイが、回復魔法(ヒール)を受け回復してからというもの、何かと理由を付けてマリアの元に来ようとしてくる。

 その人懐っこさのお陰で、マリアも気分がこれ以上悪くならずに済んでいる。


「水の浄化は明日行って、その後二、三日はここに残って、再発しないか見守ろう」

「うん、そうね。それまでは、どこに泊まろうか?」

「村長にいえば、一室くらい貸してくれるだろう」

「じゃあ、早い内に話をつけて置かないと」


 立ち上がると、忙しく動く皆をよそに村長の家に向かい歩き出した。


次話は、3月26日午前8時ころに投稿します。

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