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トロルたちが管理する歯車を直してからは、家の周辺の整備をすると共に、これからやってくるであろう兵士の家族のための家の建築を始めた。
家の基礎の作り方は自分たちので分かったので、後は少しずつ形を変えオリジナリティを出しつつ、住みやすい家を速く建てていく。
材料は、初めは家を建てるところを中心に木を切って作っていたが、ある程度伐採すると今度はユーミト村へ続く道を作るついでに、木の確保も行っている。
家が出来たことにより、マリアは炊事洗濯掃除と忙しく動いている――と思いきや、全て簡単に済ませられるほど家には何も無いうえ、畑仕事も基本放置なのでやることもない。
なので、今は俺が切り蒸発魔法をかけた木をマリアに運んでもらっいる。
初めはブン投げて運ぼうとしていたが、意外と木は脆いようで、落下した衝撃でよく裂けていた。
それだけならまだブン投げ運送を辞める理由にならないが、決定的だったのが、マリアの作った木人形が飛ばした木に潰されたことだ。
そんな不幸な事故があったから、マリアは|鎧()よろいを着用した状態で両脇に木を抱えての運送だ。
対魔王の勇気と勝利の象徴だった勇者マリア。それが身に着ける鎧は、全ての騎士、兵士の憧れでもあった。それが今となっては、木を運ぶ際に服が汚れないようにする作業着扱いだからな。
トロルのところで歯車を動かす時は、あれはちょっと特別な理由があったからで、よっぽど強い奴が相手でない限り、鎧を着ることなく対応できる。今のところ、宝の持ち腐れだ。
「誰か来るな……」
木を切っている最中で、ユーミト村の方から人が歩いてくる気配を感じた。視認距離までまだあるので、先に切った分の木を俺も手伝って家まで運んだ。
そして、斧を武器庫かあら取り出し近くに転がしておく。あとは、切り株に座ったら何食わぬ顔で休憩を始める。
そして、一時間もしない内に――。
「これは凄い。いつの間に、ここに道が!?」
少し前から、ここがずっと開けた道だと分かっていたくせに、森から俺の眼の前に出てきた男は大げさに驚いて見せた。
「これは、あなたが作ったんですか?」
「えぇ、まぁ」
何か怪しい感じがしたので、素っ気なく対応した。それでも男は気にした素振りはなく、快活に笑った。
「イゾーダさんに聞いた通り、魔法使いは色々なことができるんですね。俺の名前は、ベルコ。狩人だ」
「セシルです。旅をしていまして、最近、森の奥に居を構えました」
初めてユーミト村へ行く途中で、ゴブリンに襲われていた子供の父親がイゾータだ。この狩人は、彼から俺たちのことを聞いたようだ。
「珍しいですね。それほど頻繁にこの森に来ている訳ではありませんが、狩人は一度も見たことが無かったので」
「そうだとも。俺は、西の森にいつも入っているからな。去年の猟場が北の森だったから、今年は西。来年は東って感じで狩猟をしている」
「なるほど、それで」
一年ごとに猟場を変えて、獣が復活するのを待っているのか。だから、この森は獣が多いわけだ。
「それで、西の森を猟場にしているベルコさんが、本日はどのようなご用件で北の森へ?」
「あぁ、それなんだが、村でちょっとした問題が起きてな」
「問題ですか?」
「そうだ。みんな、最近急に体調を崩して、動けなくなっちまったんだ。もうそろそろ、行商もくる日だから、皆に寝込んでもらっていると困るんだ」
「なるほど」
ベルゴのいう行商とは、俺たちが頼んだ荷物と、ブローチを買い取った残りの金額の支払いをするための臨時のものだ。
ベルゴの言葉は、あまりに身勝手な話のように聞こえるが、行商も病気が流行っている村には行きたくないだろう。
今回は来てくれるが、この行商が戻れば他の商人に「ユーミト村で病気が流行っている」という話が流れ、行商が来なくなってしまう。
それだけならまだしも、『疫病』や『滅んでしまったらしい』と憶測で物を話す奴が作った噂話のせいで、行商が二度と近寄らなくなる可能性もあるからな。
「なるほど――」
さて、どうしようか。別に回復魔法をやってもかまわない。
しかし、これが外的要因によって恒常的に発生する病気だとしたら、いくら回復魔法を行ったところで病気は繰り返される。
「それで、セシルさんの奥さんにお願いしたいんだ」
「マリアに?」
なんでマリアを指名するんだ?
「そうそう。マリアさん? が魔法使いなんだろ? あんたはその旦那であり護衛だって聞いているんだが」
「違うのか?」とベルゴは首を傾げた。色々と違うが、確かに俺たちがイゾータたちに話したゴブリンの内容を考えれば、そう取られてもおかしくない。
そもそも、マリアに護衛なんかいらない。
「分かった。力になれるか分からないが、村へ行こう」
「よしっ!」
グッ、とベルゴはガッツポーズをした。聞けば、森に入ることを許された人間の内、この森に詳しいのはベルゴくらいしか残っていないそうだ。あとは、皆ベッドと友達らしい。
しかも、相手は『ユーミト村から北の森奥に住んでいる』としか手がかりがない状態だったので、見つけ出せるかかけだったそうだ。長期捜索を考えていたのか、ベルゴは大きなリュックを背負っている。
そんな時に、道を作っている最中の俺がすぐに見つかったので、神の恩恵だとも思ったらしい。ずいぶんと羽振りの良い神様も居たもんだ。
「この道を行けば、セシルの家に着くのか?」
「そうだ。そのつもりで作っているからな」
「分かった。ちょっと走って行ってくる」
「待て待て待て」
ダッ、と駆けだそうとするベルゴを止めた。
「なぜ止める?」
「あー……」
ベルゴが近くまで来れば、マリアは直ぐに気づくだろう。そこから事情を説明してユーミト村まで来るにはかなりの時間がかかる。
マリアは全力で駆けても良いが、ベルゴが追いつけないだろう。そもそも、置いていってもいいが。
そんなことをするよりも、マリアには先に行ってもらっていた方が良い。
「――マリアは今日、村の方に用事があってもう向かっているんだ」
「何だって!? 村から真っすぐここへ来たが会わなかったぞ!?」
周囲に気を配りながら俺の所まで来たが、その間、一度も人間どころか動物の気配も感じなかったらしい。動物に関しては、俺が木を切っていたからだろう。さすが狩人だ。
「そこは問題ない。マリアは寄り道が大好きだから、興味のある物の方へ行っているだけだ。なに、もうそろそろ村に着いているころだ」
適当なことをうそぶきながら、マリアにメッセージを飛ばしておく。手紙に魔力を込め、その魔力が爆発する力で目標方向に飛んでいくだけだが……。
まぁ、マリアなら気付いてくれるだろう。
「よし、分かった。なら、あとは俺たちが行くだけだな」
そういい、ベルゴは先導してユーミト村へ歩いて行く。
★
北の森からユーミト村へ続く道と村の境で、マリアがすでに待っていた。
「お疲れ~」
「早かったな」
早かったといっても、俺はベルゴの速度に合わせていたので遅い方だ。飛んでいけるマリアの方が早くても不思議ではない。
「それで、病人の人たちは?」
「えっ? 何でそれを?」
マリアの問いにベルゴが驚いた。
俺の手紙を読んだマリアは、なぜユーミト村に呼ばれたかをすでに理解していた。しかし、買い物をするためにユーミト村に来たはずのマリアが知っているのはおかしい。
「あっ!? えっと、何か体調が悪そうな人たちがたくさん居たから……」
「なるほど。もう村で診ていただいていたんですね」
「さすがに、まだそこまでは」
村のことについて何も把握していないマリアに、ベルゴはやや落胆した様子になった。
「私が病気になったら、悲しむ人が居るからね。私を守ってくれる人が居ないと、ちょっと怖くて……」
マリアが気にすることでもないはずなのに、ベルゴへの言い訳としてそんなことを言った。
さすがに、ベルゴ自身も顔に出過ぎたと思ったのか、無理な話の持って行き方だったのにも関わらず、それに合わせて頷いた。
「それで、病気の人たちは隔離しているのかしら?」
「いえ、各々の家で臥せています」
「そう。嘔吐や下痢はしてる?」
「臥せている者は皆」
「う~ん……。どう思う?」
ベルゴから病気になっている村人のことを聞いたマリアは、俺に意見を求めてきた。
「話の内容からしたら、食あたりだな。最近、祭りとかしたか?」
臥せっている人間とベルゴのような元気な人間がいる場合は、大体食べ物に当たったというのが相場だ。
あれは、人によって体調不良を起こす奴と起こさない奴の差が激しすぎる。
「祭りは――していないですね」
「なら、水が原因だな。この村の水源――井戸や川はいくつある?」
「川は無いです。井戸は、村に二つです」
「分かった。まずは、そこに連れて行ってくれ」
俺がそういうと、ベルゴはやや不満そうな顔になった。
「セシル。原因を突き止める前に、まずは村人を見ないと」
「だが、元を潰さない限り――」
「良いから、良いから」
ほら行くよ、とマリアに手を引っ張られ、行商と話をしていた村の中心へと向かった。
向かっている途中、途中で、「回復魔法をしてもらえないか」となけなしの金をかき集めてきたと思われる村人たち寄って集って来た。
体調不良の者は、全部で百五十人ほど居るらしく、一人ずつ回っていたら日が暮れて朝日が昇ってしまう。
なので、一度村の集会場や教会など一気に人が集められる場所に移してもらうことにした。
「あの……、燃やしたりはしないですよね?」
感染病を撲滅するには、焼却処分が一番だ。ベルゴが心配しているのは、それなんだろう。
「あなたねぇ……。頼みに来たのに、失礼じゃない? 燃やさなきゃいけないなら、初めから来ないし、それをやりたいなら私たちにその責任を負い被せないでよ」
「すっ、すみません……」
マリアは俺の方を見て、「ダメだからね」と念を押して来た。燃やすとかそういった物騒な話ではなく、失礼なこの男をぶん殴ってやろうと思ったからだ。
マリアの怒り方というのは静かすぎて、本当に怒っているのか分からない時がある。おかげでガキの時は困らされたりしたもんだ。だから、俺が分かりやすく怒ってやる。
「この馬鹿者がッ!」
「ウガッ!?」
棒というより細めの丸太でベルゴの頭を殴ったのは、この村の村長だった。
村長も体調が悪いのか介添人に支えられながらやっと立っている状態で、本人の唇も紫色になっている。
「わざわざ来てくださったのにもかかわらず、馬鹿が馬鹿なことを言って、申し訳ありません」
村長は、頭を殴られ痛みに沈んでいるベルゴの頭を、もう数回殴った。
「やっ、止めてくれよ村長! これ以上殴られたら、俺は馬鹿になっちまう!」
「もともと、どうしようもないくらいの馬鹿だろう! 兵士になって少しはまともになったと思ったら、助けに来てくれた魔法使い様に対してこんな失礼なことを! 今度は、ガンツ男爵様に言って義勇兵として出ていくか?」
「もっ、もう戦うのは嫌だよ! 怖いんだから!」
「なら、もう少し頭をよくすることだな」
ふん、と村長は介添人に丸太を渡した。たぶん、後でまた殴る気だな。うん。
「まことに申し訳なかった。あとでキチンと言い聞かせておくので、ここはどうか穏便にお願いします」
「分かってもらえたらいいの。彼も、戦場で人が焼かれるところを見たんでしょうね。気持ちは分からなくもないわ」
「はい。徴兵で兵士になった時にたまたま小競り合いがあったようで、そこで見てしまったようです」
暗い話を打ち切るように、マリアはパン、と手を叩いた。
「早く苦しんでいる人たちを助けましょう。まずは、さっき言った通り広い場所に皆を集めて」
村長はベルゴの尻を叩き、すぐに村人へ伝えるために走らせた。俺たちもその後に続き、村中に知らせて回った。
★
「はぁ……ふぅ……」
苦しむ最後の一人に回復魔法をかけ、これで村人全員が一時回復したことになる。
回復したとはいっても、失われた体力が戻るのは日々の生活における食事と休息なので、そちらはまだまだ先になるだろう。
「亡くなられた方は?」
「魔法使い様のおかげで、今のところは居ません」
「そう、良かったわ」
マリアは、「やっと仕事を終えた」といった感じで、ホッと胸を撫で下した。
ここで死者が出ていたら、自分の到着が遅れてしまったせいで、と胸を痛め、墓の前で祈りを捧げることになっていただろう。
落ちる果実を全て取ることはできない、と理解していても、何とか取ろうとしてしまうのがマリアの悪い癖だ。
「さて、次は俺の番だな」
「原因を見つけてくださるのですか?」
体調はマリアのおかげで良くなったようだが、体力がまだ戻っていないので、顔色がそれほどよくない村長が聞いてきた。
「そんな大仰なもんじゃないがな。目星は着いている」
村長に一言かけ、ベルゴに道案内を頼む。
「こっちです」
集会場の出入り口で待っていたベルゴに声をかけると、すぐに案内をしてくれた。
「凄いですね。今日一日で――いや、ほとんど半日と経たず原因を見つけるだなんて」
「似たようなことが前にあったからな。ここと同じような村で、同じようなことが」
そして、同じように助けた。あの時は、俺たちじゃなくて大魔法使いだったが。
次話は、本日午後7時ころに投稿します。




