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「本当にトロルね。初めて見たかも」
マリア曰く、トロルとゴブリンメイジはよく似ているらしく、判別方法は生やしている髭を思い切り引くことらしい。
俺の場合は見慣れているからか、マリアがいくら似ていると言ってもいまいちピンとこない。
ただ言えることは、顔の形が変わるほどマリアに髭を引っ張られているトロルのベザが、非常に可哀想、ということだ。
「信じてもらえたか?」
「えぇ、一応。ごめんなさいね。昔酷い目に会わされたから、見た目が似ていると警戒してしまうの」
ベザは多少迷惑そうな顔で、マリアが引っ張ったことで乱れてしまった髭を整えた。
間違えられたというのにその落ち着きようから、本人も「ゴブリンと似ている」と言われたことがあるのかもしれない。
ゴブリンはただの化け物だけど、トロルは妖精の類だ。この二種には大きな隔たりがある。間違えるなよ、と俺は思ってしまうが。
ちなみに、マリアがゴブリンから受けた酷いこと、と言うのは、人語を介すゴブリンメイジがトロルのフリをしてマリアのパーティーを洞窟に誘い込み、そのまま生き埋めにしたんだそうだ。
さすがに死を覚悟するほど辛かったらしく、その日からゴブリンは優先的に倒すことにしたらしい。
なら、ヒョイの時は俺じゃなくてマリアにやらせた方が良かったのだろうか?
「それで、俺たちに手伝ってほしいことって何だ?」
「人の血が流れる可能性が本当に少なくなるのであれば、聞かせて欲しいわね」
丸太を輪切りにしただけの椅子に腰かけているトロルは、喉で咳をして話し始める準備をした。
「人間がアモ川と呼んでいる川が、ここから東にやや行ったところに流れている」
水量が減ってしまい、水を確保するためにサーペット伯爵が隣国のエベゴール伯爵と戦争をしている理由となった川だ。
「あそこは元々、減った今よりももっと水の流れが少なかった。昔から、貴族などという奴らが居なかった昔から、水を巡って争いが絶えなかった土地だ。そんな時に、ある魔法使いが地下水脈から水をくみ上げる装置を作った。魔力で動く巨大な装置で、我々はその装置の管理運営を任されることとなった」
「その見返りは何だ?」
トロルがただで作業を引き受ける訳がない。裏が無いか確かめるために、きちんと聞いておかなければいけない。
「くみ上げた水の一部を利用してよいこと。魔法使いが持っていた薬学の知識。当時、我々の間で流行っていた病の完治だ。これらと引き換えに、我々は、装置の管理運営を引き受けたのだ」
どうやら、ベザたちと関わったのは高名な魔法使いのようだ。魔法使いとは偏屈な人間が多く、魔法以外のことがてんでダメだったりする。早い話がコミュ障だ。
しかし、ベザの話が本当であれば、水量が少ないことで争いが起きるのを嫌がり、さらに、赤の他人のために自分が得てきた知識を排出できる人格者のようだ。
「申し訳ないが、二人の行動は少しの間だが見せてもらった。そして、私の勝手な思い至りだが『この二人であれば大丈夫だ』という結果となった。二人には名誉程度しか渡すことが出来ないが、助けてはくれないだろうか?」
申し訳なさそうに頭を下げるベザ。
「マリアは、見られていたのに気づいていたか?」
「たまにね。でも、特に何かを狙った意思は感じられなかったから放っておいたわ」
「そういう時は、俺にも教えてくれ。能力を制限しているから、あまり状況が詳しく分からないんだ」
「ごめんなさい」
マリアは、すでに俺も気付いていると思ったらしい。能力制限とは、マリアが魔法を制限した生活をしたい、と言っていたからだけなので、そろそろ普通の生活に戻した方が良いのかもしれない。
「それで、どうする?」
「私は別にいいわ。争いが減るならそちらの方がずっと良いし」
「なら決まりだな」
戦火が広がってもらっても困るし、難民がゾロゾロと森へ入って来てもらっても困る。
住みにくくなったらすぐに移動したらいいのだが、やっとできた家だ。もう少しゆっくりと過ごしたい。
「本当か!? 本当にやってくれるのか!?」
下げていた頭を、バサッ、と勢いよく上げるベザ。マリアに引っ張られ、角のように尖ってしまった髭が上手い具合に顔に張り付いているが、それはわざとやっているんじゃなかろうか?
「機械に関して、俺たちはよく分かっていない。直せない可能性の方が高いが、見に行くだけは行こうと思う」
「それでもありがたい。いつ頃、来れそうか?」
「家もできたから、明日からなら問題は無い」
「分かった。私は、仲間に伝えてこなければいけないから、先に行かせてもらう。アモ川の源流はミトラ山脈の麓になるんだが、分かるか?」
俺は知らないのでマリアの顔を見るが、マリアも分から無いようで顔を振った。
「えぇとだな……。ここから北にある大雪山。中腹に、竜が頭をぶつけてできたと言われる、赤い岩がある山なんだが」
「ここから見て、一番手前にある山でいいのか?」
詳しく見ていないので、竜が頭をぶつけてできた赤い岩、とやらは分からないが、確か一番手前の山の中腹に赤茶けた部分があったはずだ。
「そうだ、そうだ。そこの麓に水量が減った大きな湖がある。その西に大きな洞窟があって、そこが我々の住処になっている」
その湖がアモ川の源流で、水量が減っているせいで外へ流れ出る分も減っているのか。
そのような装置なのか分からないが、行くだけは何とかなりそうだ。
「そこなら問題なさそうだな。明日行くのも問題なさそうだ」
「そうか、そうか。では、私は先に戻っておくから明日はよろしく頼むぞ」
「あぁ、分かった。飛んで帰るのか?」
「この二本の足で、な」
バシン、とベザは自らの両足を叩いて誇ってみせた。
「夜は危なくないか?」
「夜目が利く。それに、獣なんかに遅れは取らん」
「ならいいが」
同じことを言って、翌日には死んでいた奴を多く見てきている。ゴブリンメイジではないか、と疑っていたマリアも少しだけ心配そうだ。妖精に列するトロルなので、人間よりは今の言葉が信じられるだろうが。
話し終えると、ベザは言った通り出て行ってしまった。しかも、釣り竿を置いて。
同好の士として置いて行ってくれるらしい。
ちなみに、魚も置いて行ってくれたので、夜は肉だけではなく久しぶりの魚料理も加わった落成式パーティーとなった。
次話は、昼辺りに投稿します。




