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「すごい……。怪我が――」
綺麗に無くなった怪我をしていた部分を見て、兵士たちは驚きの声を上げた。相変わらず、マリアの回復魔法は上手いな。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫、大丈夫」
一番怪我が酷く、すぐにでも力尽きそうになっていた兵士が、仲間から労りの言葉を貰うと力はないが何とか返していた。しかし、さきほどよりは元気になっているようだ。
「みんな、もう痛いところはない?」
マリアは最後の仕上げと言わんばかりに、兵士たちを見渡して聞いて回った。
全員、怪我に関していえば完全に直っているようで、皆一様に頷いた。
それを見たマリアは「よし!」と満足そうに笑った。戦場でよく見ていた顔だ。
魔王としては、兵士が復活するので毎度苦しい思いをしていたが……。
「マリア様。ありがとうございます。これで皆、無事にたどり着けそうです」
リーダー格の兵士がマリアにお礼を言うと、それに続いて他の兵士たちも口々にお礼を言い始めた。
お礼を言われ慣れているはずのマリアは、なぜか照れたように手を振るだけだ。
「そうだ、みんな。お腹空いているでしょ? もう暗くなるし、このまま森を進むのは危ないから家でゆっくり休んだら?」
家……? 家と言って良いのだろうか?
まぁ、作りかけだが、家を作っているのだから間違いはないが。マリアは兵士たちに俺たちの家に来るように勧めた。
しかし、兵士たちは困ったような顔で俺の方をチラチラと見ていた。
俺が兵士たちをよく思っていないのは、今までの流れで理解したのだろう。それに合わせて、俺たちが魔法使いだということが原因だ。
聞けば、この世界にも魔法使いという存在は居るそうだが、能力がある魔法使いは国に仕えるか貴族の食客として遇されているらしい。
また、能力が低くても町の医者――魔法医をしているんだそうだ。
七人居る兵士たち全員の傷を綺麗に治した――つまり、回復魔法を連発できる高能力者ということが、彼らの怯える原因らしい。
「かまわんよ。そんなに良い物を食べさせられるわけではないが」
まだ野菜もできていないし、あるのは行商から買った乾物と俺が持って来た保存食だ。
怪我を治したなら、次は体力をつけてもらいたいが、体力をつけるには栄養に偏りがある食事内容になってしまう。
それでも、今の彼らにとってはまずまずのごちそうだろうが。
★
――保存食くらいしかないと思っていたけど、家の畑には青々とした野菜たちが元気いっぱいに葉を伸ばしていた。
本で調べながら種を用意し蒔いた。実がなるのは、初夏から夏に向けてのはずだ。
「魔法を使ったのか?」
「祝福を与えたの。やっぱり、肉や木の実だけじゃ体を壊しちゃうじゃない?」
「マリアがそれで良いならいいんだ」
作物を育てるのに、俺の様に魔力を送り込むより、神の御業である祝福の方が実をつけさせるのに向いている、というのは本で読んでいる。
俺にはどうでもいい話だったが、人間からしてみれば祝福が出来る人間というのはかなり特別だったはずだ。それを作物にするなど言語道断だろう。
この農作物について本を書いた奴は、かなりぶっ飛んだ奴だったのかもしれない。
――話はそれたが、畑に植わっている作物についてだ。つまり、俺が言いたいのは、俺が作る物よりだいぶ美味そうということだ。
そこで問題となるのが、兵士たちは専業兵士という訳ではなく、徴兵された農夫らしい。だから、畑になっている季節外れの作物に目を丸くしている。
まぁ、魔法使いだから、と納得してくれるだろう。
★
「家は……これですか?」
兵士の内の一人が、作りかけの家を見て呟いた。
「あぁ、そうだ。今はこんなみすぼらしい状態だが、その内にできるだろう」
目標としては、一週間以内だ。外で過ごすことにそれほど不自由はなく、それに今は屋根の代わりに天幕を張って、家として使っている。
「この屋根はなだらかに作ろうとしているようですが、それは何かを狙ったものですか?」
「特に、そういった意図はない。何か変か?」
「この程度の急さでは屋根に落ち葉が降り積もり、土のようになってしまいます。初めはいいのですが、そこに植物が生え始めると重みで屋根が潰される可能性が……」
「なるほど、そこまでは考えなかったな」
家とはこんな形だろう、という頭にある設計図だけで建築している。よくよく考えてみれば、確かに俺の頭にある家々は町中にある物ばかりだ。
町中であれば落ち葉が屋根に降り積もるなど考えなくてもいいから、こういった屋根になるんだろう。人から言われて、初めて思い至った。
その日の夜は、文字通りできたばかりの野菜をたくさん入れたスープをメインとして、兵士たちに出した。
皆、久しぶりに食べるまともな食事だったようで、顔じゅうから体液という体液を噴出しながら「美味い、美味い」と叫び食らった。
ヒョイの時と同じように、体の傷はすぐに癒すことができるけど、心の傷はこうし日常の中でしか回復させることができない。
その辺りは、人の中で戦ってきた勇者マリアの方が心得はあるので、俺は静かにマリアのサポートをするだけだ。
夜となれば、俺が持って来た楽器を弾きならす。ベルベロという弦楽器で、執事がよく弾いていたので自然と身についた。
なるべく煩めの曲を流すと、マリアが歌い出し、兵士たちがそれに合わせて手拍子を始めた。
静かな森に響く野郎どもの騒ぎ声とは、動物たちにとってはこの上ない迷惑だっただろう。しかし、お陰で兵士たちの調子も元に戻ったようだ。
そして、次第に兵士たちの声に嗚咽が混じり出し、すぐに泣き声へと変わった。
それのほとんどが、村に残して来てしまった家族のことだった。戦争が終わっていないのに家に戻っては、村中の噂となるからだ。
逃げてきたことがバレれば、領主からどんな叱責を受けるか分からない。自分一人であればいいが、自分のせいで家族が酷い目に会うのは嫌だ、と。
ならば戦場で死んだものとして、家族の前から姿を消すしかない。
相手が魔族や化け物であれば、逃げ出した彼ら兵士たちを、マリアは叱責していただろう。彼らが逃げれば、その後ろには抵抗する力がない者たちが居るだけだからだ。
しかし、相手は同じ人間なのでマリアは無いも言わなかった。彼女は、人と戦うことが無かったからだ。共通の――魔族という明確な敵が居たから。
「えと……。私がどうこう言えないけど、もし村に住めなくなったらここに来ればいいわ」
「えっ?」
突然の申し出に、兵士だけではなく俺も驚きの声を上げた。
「私は故郷がないからこう思っちゃうけど、もうダメだと思ったら故郷を捨てることも大切だわ。もちろん、忘れないように注意して最後には戻って来られるように」
それはまさに理想論だ。相手が魔族だった場合に通用する話で、こと人間に至っては奪い返されないようにするし、奪われたのであれば奪い返しにも来る。
それも、相手に分かる言葉を吐きながら。
「そう……ですね。ありがとうございます」
必死で絞り出した言葉だと兵士たちも理解してくれているようで、理想論であるマリアの言葉に、兵士たちはお礼を言った。
「セシル様も、ありがとうございます」
「いやなに。俺が言うのも何だが、時には逃げることも大切だと思う」
逃げた奴が偉そうに言える言葉じゃないが。
「それに、ここでのルールを守るのであれば、来ることは拒まん」
今度は、マリアも驚く番だ。自分で言っておいて、俺が同意したら驚くのか。
「俺たちの力は、その身で分かっただろう。そして、私たちは旅人だ。来るなら家も、畑も用意しすぐに家族で住めるようにしておいてやる。だが、俺たちのことは今も、これからも口外せぬように」
あの村ていどならいいが、この七人が村に帰るなり途中の人間に話すなりしたら、すぐに有名になって静かな生活が出来なくなる。
これからどう行動していくのか分からないが、今は静かに暮らしたい。
「わっ、分かりました。ありがとうございます」
話を終え、夕食の片づけをしてお開きとなった。
★
俺とマリアはできたばかりの寝室へ。兵士たちは、それぞれできかけの部屋で雑魚寝をしてもらった。久しぶりに壁に囲われ、仮設とはいえ屋根もあり、さらに獣に怯えず寝られるというのがよほど嬉しかったようだ。
そして兵士たちは、三日後にここを出ていった。二人は、故郷を捨てられないから戦場へ戻ると言い、五人が家族を連れてやってくるんだそうだ。
その内の一人は、家族――というか結婚を約束している相手がどうなるかで人数が増えるかどうか分からない、と言っていた。
とりあえず、家は五つ用意すればいいようだ。
次話は、午後7時ころに投稿します




