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ヒョイたちが住んでいる、ユーミト村から帰ってから数日が過ぎた。
土台だけだった建築途中の家は、今は壁まで出来上がっている。後は天井を作ればいいだけだが、ここにきて材料が無くなったので再び木材の切り出しと水分蒸発を行っているので昼からの仕事がなくなってしまった。
ならば畑仕事をやるか、とこの間、手に入れた種を蒔いた畑に向かうと、そこではマリアがせっせと雑草を抜いていた。
畑仕事をやったことがない俺には分からなかったが、蒔いた種からたくさんの芽が出た場合、間引きをしなければいけないそうだ。人間もやっているから当たり前かもしれないが、作物であっても世知辛い世の中のようだ。
移植できそうな苗は隣の畑に移すそうだが、大量に出ている芽を移植するのは大変な労力なので時間が来たら止めなければ、と思う。
そういったわけで、今日は俺が狩に行くことにした。
マリアは普段、家から西の方へ向かって狩に行っている。それは、東の方にはユーミト村でも話題に出ていたアモ川とその支流があるからだ。
川沿いには村がある。その村と交流するのも良いと思ったが、今はデリケートな時期のようなので、当分の間はそちらに行かないようにマリアに言っておいた。
しかし、デリケートな時期だから、と相手のことを何も調べずに置いておくのは、それはそれで危険なため、今回見に行くことに決めた。
「おっ、ここにも川があるな」
森が開けた場所に流れるのは、アモ川からの支流だろう。
水量が減ったといっても、目の前に流れている川の水は多く、問題が起きているとは思えない水量を誇っていた。
川の水をすくって匂いを嗅ぐと、微かに――本当に微かにだが人の臭いがする。この支流を使っているのではなく、もっと上流のアモ川の方を使っているんだろう。
今日は魚を捕まえるわけではないので、ザブザブ、と大きな音を立てながら川へ入っていく。
その音に驚いた魚が岩陰から飛び出し、時には水面から大きく飛び上がるなどして、この川がいかに豊かを物語っていた。
「良い場所だな……。獣の気配が多いのがちょっと気になるが、ピクニックにはちょうど良い」
今度マリアを連れて来よう、と心に決めつつ、近くの岩に腰かける。
家はできつつある。畑も問題ない。池も作った。井戸は、池と同じ要領で作ればいい。後は、何が必要だろうか?
そこまで考えて、「いや」と否定する。
マリアは、飽きたら次の場所へ向かうために旅がしたい、と言っていたのであまり大きく広げ過ぎても後始末が大変だ。
作り上げる時間は長くとも、破壊する時は一瞬だ。だから、思い出が作れるくらい良い感じに家を作りながら、棄てる時は後腐れが無いように。
自分で考えて置いて何だが、なかなか難しい話だ。
「ん?」
思考の海に浸っていると、気配察知に何か引っかかった。獣かと思ったが、足音が二足歩行のもので、疲れているのかそれとも怪我をしているのか、足音は覚束ない。
人数は、六、七人といったところか。とりあえず、このまま待つことにする。
★
「そっ、そこに居るのは誰だ!?」
木々をかき分けて森から出てきたのは、ボロボロの鎧を身にまとった兵士だった。
兵士は岩の上に座っている俺を視認するなり、怯えを隠すような大声で誰何してきた。
「こんにちは。どうかされたのですか?」
突然現れた兵士に驚く村人のフリをしてみたが、さすがにこんな森の中では怪しさが勝っているのか、兵士たちの顔色はみな一様に悪い。
兵士は相談し合い、その中の一人がボソボソと俺の顔を確認しながら仲間に耳打ちをしている。
「この近くに村はあるのか!」
先ほどまで耳打ちをしていた兵士は、俺に問う。
「この先はずっと森です。私たちは、そこに住んでいます」
「やはり村があるのか!?」
「いえ、私の妻が居ます」
結婚もしていない男女が、森の奥で二人きりで住んでいる何て妙な勘繰りをされそうだ。マリアには申し訳ないが、夫婦ということにしてもらった。
「なぜ、こんな森の奥に住んでいる?」
「私たちは、旅の途中です。暮らし易そうな場所を見つけたので、家を作り過ごしているだけです」
「旅人……?」
まぁ、怪しむのも仕方がない。俺の格好は、旅人というには少々身なりが良すぎる。
旅をする時は、もう少しそれなりの格好をしようと思っているが、普段からそんな物を着る気にはならない。
しかし、相手は怪我をしているとはいえ男七人に対し、こちらは俺一人だ。たぶん、彼らはアモ川の利用権で戦う羽目となったサーペット伯爵の兵士なんだろう。
しかも、性質が悪いことに脱走兵。アモ川の状況が分からないから何とも言えないが、サーペット伯爵の劣勢なんだろうな。
この先には何もないことは彼らにも分かったので、適当に治療してこの川沿いに下って行かせるのが互いのためだろう。
「セシル、誰か居るの?」
「うおっ!?」
巧妙な気配消しをしながら近づいてきたマリアに気付かず、突然背後から声をかけられたので驚いてしまった。しかも、俺が突然驚きの声をあげてしまったので、目の前の兵士たちが一斉に身構えた。
「お客さん?」
「んな訳ないだろ」
マリアは俺と同じく岩に登り、兵士たちを見下ろす。
兵士たちは突然現れたマリアに度肝を抜かれると共に、その美しさに心を奪われてしまったようだ。
「怪我してるじゃない!」
汚れ、血液が付着している兵士たちの鎧を見たマリアは、岩から飛び降りると靴や服が濡れるのも構わず兵士たちに駆け寄った。
一瞬身構え、戦闘態勢を取ろうとした兵士たちだったが、相手が女性で武器も無ければ敵意もない顔で近づいてい来るので、すぐに「どうしたものか」と困り果てた顔になった。
「まぁ、そうなるわな」
向こうがしてきたように、こちらも相手の事情をするために誰何していた。そして、結果として、川沿いに下るように言おうとしたところでマリアが来た。
こうなってしまえば、俺も川を渡りマリアのそばに居ることが一番いいだろう。
「ほら、傷を見せなさい」
「いや、しかし――」
「このままだと、腐ってくるわよ。大丈夫、私に任せて」
鎧を外し、中に着ている服をずらすと未治療でグジュグジュになっている傷口が見えた。
微かに嫌な臭いが立ち始めているので、体の不潔さと相まって傷口が腐り始めているんだろう。
「あなたたち、どこで戦っていたの? アモ川?」
「…………」
次々と、兵士たちの怪我の様子を見ているマリアが問いかけるが、問われた兵士たちは答えなかった。
「戦いは終わったの?」
「…………」
今度は、黙っているだけではなくバツが悪そうに目を逸らした。
「逃げるの?」
「女に何が分かる……」
一歩踏み込んだ問いをするマリアに、兵士の一人が唸るように言った。独り言といえばそれまでだが、逃げらことに対する後悔と、相手が女性のためこのような声色になったんだろう。
だが、その言い方は気に入らない。
「マリ――」
「そうね、言い方が悪かったわ。ごめんなさい」
そんな奴らは放っておけ、と声に出そうとすると、マリアが声を被せるように兵士たちに謝罪した。
代わりに、マリアは俺に向かい悲しそうな顔をして首を振った。「そんなことを言ってはダメ」と。
「いや、俺たちも――。その、君たちの生活を邪魔するつもりはない。すぐにここから離れる」
マリアの悲しそうな顔が兵士たちの心に響いたのか、兵士たちは申し訳なさそうに謝罪してきた。そして顔を見合わせ、力尽き座り込んでいた仲間に肩を貸し、起き上がらせた。
「待ちなさいよ。そのまま行っても、その人は死ぬだけよ」
「遺体だけでも村に届けたい」
冷たい言い方だったが、肩を借りている兵士は力なく笑った。本人も諦めているのだろう。
「安心しなさいよ。すぐに終わらせるから」
「ねぇ、いいでしょ?」とマリアは視線だけで俺に問う。
答えなんて決まっているのに、問う。
次話は、お昼頃に投稿します。




