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感想などを頂ければ、幸いです。
マリアのおかげで毒気を抜かれた村人は、俺たちの来訪に好意的だった。
行商について話をすると、リュックを背負った人間がやって来ている訳ではなく、二台の馬車を曳いてやって来た大がかりな行商らしい。
ありがたいことに、種も扱っているようだ。
「旅人にしては、珍しい物を欲しがるんだな」
種を欲しがる俺を見て、ヒョイのおじさん――ビゲルは不思議そうに聞いてきた。
「旅も良いですが、たまには地に根を張って生活するのも悪くありません」
当たり障りが無い回答をすると、ビゲルは疑った様子もなく「違いない」と笑った。
「支払いは、ガプス貨幣になりますがお持ちですか?」
「ガプス? いや、俺はこの国の貨幣を持っていない。だから、これを買い取ってほしいんだが」
取り出したのは、向こうの世界の金貨だ。質としては、この行商が見せてくれたガプス貨幣の金貨よりも良いはずだ。
「見たことがない国の印ですね。申し訳ありませんが、両替商が居ないため、我々ではこの貨幣の価値が見極められないので……。他に、宝石類は有りませんか? ブローチといった資産的価値のある物でも構いませんが」
「なら、これは?」
袋に手を入れるフリをして、武器庫からアクセサリーを取り出す。
他の世界では、自分たちが今まで使っていた貨幣は、材料としての価値しかなくなるのは理解していた。
だから、勇者との戦いへ赴く前に金になりそうな物を多く持って来た。
自分の持ち物より、人間の城を襲った時に取って来た物が大半だが、その辺りに売っている下手な露店で買うよりもずっと良い物があるはずだ。
「凄いですね……。これほど純度の高い宝石はなかなか目にすることはありません」
行商が目を付けたのは、一つのブローチだ。赤色の宝石が中心にはまっていて、太陽に透かして見ても全体的に同じ綺麗な光を通してくる。
しかし、純度とはどういった意味だろうか?
宝石を見ていた行商は仲間を呼び、買い取り価格の検討を始めた。俺はその間に、マリアと相談しながら必要な物をそろえていく。
「あっ、ほらほら。これ何て可愛いんじゃない?」
マリアが手に取ったのは、飾りつけがされた紙製の便箋だ。向こうの世界でも、平民には手が届きにくい物だったが、紙は出回っていた。
しかし、デザインとしてはこちらの方がやや上のようだ。
「手紙を買って、どこに送るんだ?」
「もしかしたら、書くかもしれないじゃない。先を見越して行動するのは、戦ううえで当然のことよ」
「なるほど、確かに」
手紙を使ってどう戦うのか見物だったが、このデザインは俺も好きだ。マリアの言葉を借りることになるが、先を見越しての行動、は大切だ。これも買おう。
「セシル様、少々よろしいでしょうか?」
「あぁ、分かった」
買い取り価格が決まったのか、行商に呼ばれて行ってみると一枚の書類が用意されていた。
「このブローチ――特に中央にはまっている宝石が欲しいのですが、我々の商品全てを差し出しさらに今あるお金の全てを払っても足が出てしまいます」
「なるほど。ですが、不必要な物まで引き取ることはできませんからね」
「もちろん、我々としてもそのようなことはできないと承知しています。ですので、お客様がお求めになられた商品と、我々が今出せるお金を差し引いた物をこちらの書類に書きますので、残りの金額は後日支払いという形にしていただけないでしょうか?」
商人側の借用書ということか。
差し出された書類に目を通すと、大仰に『デレクサー商会』と書かれた文字の上に、ガンツ男爵承認と押印がしてあった。
「ガンツ男爵とは、この辺り一帯を治めている貴族様ですか?」
「えぇ、そうです。この村はその最北端となります」
貴族の名に反応した俺を見て、商人はホッ、と安堵の息を吐いた。旅人はどんな人間か分からないが、貴族の意味くらいは理解する頭はある、と思ったんだろう。
これを持っていれば、万が一、このデレクサー商会が約束を反故にしたとしても、ガンツ男爵の元を訪ねればいいということか。
貴族が平民――さらに旅人の話を聞くとは思えないが、初めからだますつもりで貴族の名を騙った書類を用意しているとは思えなかった。
「なるほど、分かりました。さきほの話の通りで問題ありません」
「ありがとうございます。では、この二枚の書類にサインをお願いします」
出されたのは、俺と商会が持つ書類の写しのようだ。二枚を横並びにして、その中間で判を押すことで、これが両者の間で納得して取り決められた書類の証明として機能する。
騙されたら、その時はその時と諦めるつもりだったが、きちんと約束は守るようだ。
「こういった宝石は、他にもお持ちなのでしょうか?」
「数はありませんが、ほんの少しだけ。ですが、金を持って歩けるほど大所帯の旅ではないので、こうやって換金している次第でして……」
つまり、持ち運びやすくするために宝石に換金しているのだから、ここで貨幣に変えるつもりはない、と遠回しに断った。
商人はやや残念そうに、目を伏せた。だが、微かに伝わる雰囲気から、フリをしているのがバレバレだ。ただの人間なら商人のフリに多少の罪悪感を覚えるだろう。
相手が俺で残念だったな。
「旅人と仰られていましたが、種をお買い求めになったところを見ると、当分の間はこちらの方に住む予定ですか?」
「そうですね。急ぐ旅ではないので、腰を据えて少しの間、森暮らしを楽しもうかと。まぁ、飽きたら綿毛のようにどこへなりとも飛んでいきますが」
そう言い笑う俺に、商人は楽しそうに笑った。
商人の仕事は、売れるものを売れる場所へ持っていき、高値で売ることだ。危険なところにも行くだろうし、代わりに誰もが羨む楽しい所へも行くだろう。
しかし、そんなことは稀だ。ほとんどが、同じようなルートを辿り似た物を売り買いする。
商会勤務になれば、さらに移動は減る。それが良いと言う商人も多く居るが、俺と話している商人はそちら側の人ではないようだ。
かといって、俺たちのように旅人になる勇気もない。そんなことをするくらいなら、お金を稼いで一つの町で豪遊したい、と欲に塗れた清々しい答えを返してくれた。
なるほど、こいつは信用できる。
「もしここにない物がご入用でしたら、残りの金額をお支払いになる時に持ってきますが?」
「そうか、それはちょうどいい」
野営することを前提として道具を持って来たので、ポットや調理器具のバリエーションが少ない。今はフライパンと鍋で問題ないが、その内、置いておくための鍋や小物類が必要になってくるだろう。
それに、家のような大きなものは俺の手でも作れるが、椅子といった細かい作業は釘などが必要となってくるので、途端に作るのが難しくなる。
「つまり、新生活に必要なもの一式ですね」と、商人は簡潔にまとめてくれた。
商人としては、お金で払うよりも商品を渡した方が安上がりになるし、商品のデットストックを払い出す意味も含めて、そちらの方がいいんだろう。
マリアにも色々と聞いて、一つでも商品を買わせようとしている。マリアもマリアで、勧められる商品を、「あれも良い、これも良い」と笑いながら受けている。
さすがに、家に収まらない物を買う訳にもいかないので。途中で俺も参戦して必要な物とそうでない物を分けた。これが、とても楽しかった。
次話は、午後10時ころに投稿します。




