９
翌日の早朝から始めた建築は滞りなく進み――と言いたいところだが、これがなかなか難しかった。
家を作る職人は、木材に溝や穴をあけ、そこに切った板をはめ込むなり打ち込むなりしてどんどんと家を建てていくのが基本だ。
多少なりともそういった心得があったからか、家づくりを軽く考えていたところがあったようだ。
まぁ何が言いたいかというと、家作りは絶賛難航中だ。
マリアから聖剣なり聖槍なりを借りて、丸太から木材を切り出して、それを家の基礎や壁へと切った張ったをしているしているが、これがなかなか上手くいかない。
最終的に、早朝から始めた建築は、土台と骨組みが出来き上がったところで止まっている。
とはいえ、おおよその形は何となくだが予想できる程度に組みあがっている。ならば、ここら辺で休憩も兼ねて別の作業をしようと思う。
その作業というのが畑作りだ。
マリアは魔王討伐のため戦地を巡っての戦いが多く、食事の基本は狩りか現地の領主から貰う農作物を食べていたそうだ。
だから狩猟をメインとした思考が出来ているんだと思うが、生きていく上で大切なのは一ヶ所で安定的に食べ物が収穫でき、生活していくことができるようにすることだ。
狩猟は副産物程度の方がいい。
それに、俺やマリアが狩人になれば、先ほどいったように安定的に食料を獲って来られるだろう。ただし、安定的に肉を供給し過ぎて、周囲に獲物が居なくなってしまうはずだ。
だから、早い内に畑を作り農作物を手に入れられるようにしたい。
「早い話、作り方は池と同じなんだよな」
木を伐り、平地を作ったら隆起の魔法で土を耕して、後は適当に畝を作ってお終い。
ただしこのままでは栄養が少なく、作物も十分に育たないので祝福の魔法を土にかけて栄養豊富な土質に変えることも忘れずに行う。
「さて次は――」
次に行うのは、種まきだ。食料とは別のリュックに、季節ごとに蒔く種を入れた瓶を入れておいた。
「どこに――」
――入れておいた。
「ある――」
――はず……。
「マジか……」
探せど探せど、種を入れた瓶をしまったリュックが見つからない。これはもうアレだな。隠していてもしかたがない。
「忘れたってことだよな……」
★
「まぁ、いいんじゃない？ セシルは色々と用意するのに忙しかったんだから、仕方がないよ」
昼食時、畑を作ったところまでマリアに報告すると共に、種を忘れてたことほ言うとあっけらかんといった感じにそう答えた。
「私なんか見てよ。着の身、着のままで、行き先は風任せ。次代をつなぐために飛んでいくタンポポの綿毛よりも、どこに飛んでいくか分からない状態よ？」
それは、あんな状況で俺が逃げることを提案したからな。俺が全てを用意するのは当たり前だ。
「しかし、しまったな……。種が無いとなると、作物を育てる以前の問題になるぞ」
「種は行商から買うしかないわね。行商ってすごいのよ。どこにでも、それこそ戦場のど真ん中にまで来るの。『何かご入用ですか？』って。『勝利が欲しいわよ！』って笑いながら薬草を買った覚えがあるわ」
商人は、「自分の命よりも金が大事と考える頭のおかしな生き物だ」とはどこでもよく言われている話だ。
マリアが言ったように、金を払ってくれる人が居れば戦場のど真ん中にでも、それこそ魔族軍の中にも行商に来る。
さすがに後者はスパイか迷い人がほとんどだったが、中には本気で行商に来た連中も居る。そういった奴はキチンと金で物品を購入して、安全に人間側に帰してやった。
ただし、これは俺の目が届く範囲の話なので、俺がかかわった行商の何倍もの商人が殺されて居るはずだ。
「行商が凄いのは身に染みて理解しているけど、さすがにこんな森の奥までは来ないだろう。第一、昔から多少の集落があったならまだしも、俺たちは来てから数日も経っていないからな」
食料は獣肉と魚をメインで、あとは果実といった木の実を食べていけば生きていくことができる。
少々味気ないが、調味料は一通りそろえているから、当分は飽きることなく食べていけるだろう。
「よし、明日は空を飛んだ時に見えた村に行きましょう」
俺の決心とは全く別ベクトルことを、マリアは心を決めたようだ。
「いいのか？ 突然、森の奥から俺たちがやってきたら絶対に怪しまれるぞ？」
「そうなんだけどね。今日、狩りに行ったときにたまたまだけど人が入って来た痕跡を見つけたの。結構昔の物だったから、たぶん獲物を追って深入りし過ぎただけだと思うけど、その内ここも見つけると思う」
ならば、幻惑や迷いの魔法を使えばいいのでは？ と思ったが、マリアは別のことを考えているようだ。
「確かに魔法を使えば今まで通りの生活ができると思う。でも、私たちは別に逃げている訳じゃないし、そもそも俗世と離れた世捨て人みたいな生活がしたいわけじゃないからね」
「もちろん、セシルと一緒に過ごすことが前提だけど」と小さく付け加え、マリアは顔を真っ赤にさせた。
こういった不意打ちは恥ずかしくなるから止めて欲しい。
そんな恥ずかしさとは別に、愚かな俺の考えの至らなさに情けなくなり、力なく頭を掻く。マリアの言う通りだからだ。
世捨て人、とは人の中での生活が嫌になった人間というより、罪を犯して人里では暮らせなくなった人間のことを主に呼ぶ。
俺の考え方では、まさにそういった連中と一緒と言われても仕方がない。俺たちは何も悪いことをしていないし、落ち着いて暮らせれば無理に人との接触を絶たなくてもいいんだし。
「それじゃあ、早速明日から村に行ってみるか？」
マリアは、俺が村の人間と会うことに乗り気ではない、と勘違いしていたのか、俺から「村に行こう」と提案すると、とたんに笑顔になった。
「いいの！？」
「当たり前だろ？ 俺たちは世捨て人じゃなくて、まずは生活の仕方を探っているだけだ。他の人間と交流したくないわけじゃない」
それに、男の俺では分からない女性特有の要り物もあるだろうしな。
そもそも、あんな小さな田舎の村に商店があるかも疑問だが。
とはいえ、明日はこの世界に来た初日に見た村へ行くこととなった。
次話は、本日１３時ころに投稿します。
