ようかいしょうがっこうのほけんしつ
初投稿です。感想等、頂けるととても嬉しいです(^^)
こんこん。がらがらがら。
ノックされ、引き戸が開けられると、グラウンドに面したこの部屋に寒風が吹き込んできた。
ここ、保険室内は適温に調整されているけれど、私にとっては冷たい外気の方が心地良い。
「しつれいします」
入ってきたのは一年生の、一つ目族の男の子だった。
「こんにちは、どうしましたか」
「せんせい、目がかゆいから、がんたいください」
私はくすりと笑って、優しく諭す。
「あら、でも、一つ目君が眼帯したら、目が見えなくなってしまうんじゃない?」
「あ、そうか~」
私は一つ目君の大きな目を見た。
大きなゴミなどは見当たらなかったが、さっきはお掃除の時間だったので、もしかすると細かいホコリが入ってしまったのかも知れない。
私は一つ目君に、目を水で優しくすすぐように言い、それから冷たい濡れタオルを渡した。
「これを、瞼に当てておきなさい」
洗って冷やせば、かゆみもある程度マシになるものだ。
「わー、気持ちいい~」
「いい?かゆくなっても、絶対擦っちゃ駄目よ。もし、お家に帰ってもひどかったら、ちゃんとお医者さんに診てもらってね」
「はーい、せんせ、ありがとう」
一つ目君はペコリとお辞儀して、教室に戻っていった。
ここは、化けの皮国際大学付属小学校。様々な種族の妖怪たちが集う小学校だ。
私がこの学校に養護教諭――もとい、妖護教諭として勤めてもう四年目。すっかりここの校風にも馴染み、日々児童たちの成長を楽しみに見守っている。
さて、私にはまだまだ片付けなくてはならない仕事が残っている。先日行った身体測定の結果データを纏めなくちゃ。
皆、種族が違うので、同年代でも測定結果がバラバラだ。
猫又族とかのっぺらぼう族とかはまあ普通なんだけど、一反木綿族などはメジャーで測らなきゃならない。あ、因みに子供のときはまだ一反(縦 約10メートル、横 約30センチメートル)に満たない。大人になったとき名前負けしない長さになるのが彼らの最大の関心事らしい。
ぬりかべ族に至っては壁の面積と厚さで記録する。小学生はまだ教卓サイズだけど、第二次成長期が来ればサッカーゴールを超えるというから驚きだ。
そんな風に、淡々とパソコンでの事務仕事をこなしていると、またしても引き戸の開く音がした。
「先生!かけっこしてたら、からかさ君が捻挫してしまって」
天狗族の子に連れられて、目を潤ませたからかさ君が入室してきた。
「よしよし、大丈夫よ。ここに座ってね」
見たところ、腫れはそこまで酷くない。
しかし、からかさ族は一本足で跳ぶように歩くので、足を悪くすると大変だ。早く症状を和らげてあげないと。
私は水を張ったバケツに、軽く息を吹き掛ける。
すると、水は少しづつ凍りつく。良い具合に氷水が出来るのだ。
そう、私は雪女。
こういう応急手当てのときは、この種族で良かったとつくづく思う。
氷水を上手く作るコツは、息を優しく吹き掛けること。
強く吹き過ぎると全部カチンコチンになってしまうから。
バケツにからかさ君の足を入れさせて、冷やす。真冬なので最初は嫌がったが、暫くすると、痛みも大分引いてきたようだ。
後は包帯で固定、っと。
何だかもう本人は平気そう。でもやっぱり安静が一番なので、ぴょんぴょん飛んで歩くのは良くないなあ。
すると、付き添いの天狗君が言った。
「それなら、僕がからかさ君をさして帰るよ!今日はちょうど午後から雨みたいだから」
聞けば、二人は同じクラスで、同じマンションだそうだ。これなら登下校も安心。
「ありがとうございました!」
「失礼しました!」
「お大事にね」
天狗君は笑顔で、よっこらしょ、とからかさ君を担いで行った。
優しい友達がいて良かった。
――さて、コーヒーでも飲みながら、事務仕事を終わらせよう。
勿論、真冬でもキンキンのアイスコーヒーだ。
と、黙々とパソコンに向かっていると、またしても引き戸が開けられた。
今は授業中のはずだけど、どうしたのかしら。
飛び込んで来たのは小豆洗いの女の子。たしか五年生だ。
「あら、いらっしゃい」
小豆洗いちゃんは、口をへの字に曲げて、むすっとしていた。
「どうしたのかな?」
「……逃げてきた」
どうやら、授業中にしゃりしゃり小豆を研いで先生に叱られ、教室を飛び出してきたらしい。
「何で先生の言うことなんか聞かなきゃなんないの!あたしたちは小豆研ぐのが仕事なんだよ?」
うーん。そう言われてもねえ……
まあ、この位の年頃になると、先生や親に反抗したくなることもあるものだ。
だから、私はそんなに叱るつもりはなかった。
「――そうねぇ、でも、私は雪女だけど、むやみに氷の息を吐いたりしないでしょう?……そりゃあ私も、ときどき保健室を丸ごと凍らせてみたいなって、思うこともあるのよ?でもね、先生たちも、皆も、少しづつ我慢しているからこそ、良い学校が出来ると思うの」
「……うん」
「もしよければ、また休み時間に、あなたの素敵な小豆の音、私にも聞かせてね」
「……うん!」
小豆洗いちゃんは、にこっと笑ってくれた。
うんうん、やっぱり笑顔が一番。
程なくして彼女は、呼び戻しに来た先生に連れられていった。
小さい声だけど、ちゃんとごめんなさいも言えたので、先生もそれ以上は叱らなかった。
良かった良かった。
――話は少し変わるけれど、様々な種族の妖怪たちが同じ校舎で学ぶというのは、実はとても珍しいことだ。
従来は、――いや現在も、種族ごとにそれぞれ別々の学校があって、児童生徒のみならず、教諭や職員たちも皆その種族だけ、という形体が一般的だ。
私自身も、小中高大と、雪女だけの学校に通っていたし。
だから、この学校はとても先進的で、斬新といえるのだ。
勿論、種族共学化に反対の声もあるし、校内でも種族の違いが原因の喧嘩やトラブルはしょっちゅう起こるし、制度上の問題もまだまだ残っているのだけれど。
でも、やっぱり私は、色んな妖怪たちが、それぞれの違いを認めあって暮らしていけるようになれば良いなと思っている。
そして、そんな社会の一員になっていくであろう子供たちの、サポートが少しでも出来たら良いな。
――ああ、もうこんな時間だ。
私はぐうっと伸びをして、またキーボードを叩き始めた。
ありがとうございました!