鬼の面(創作民話 1)
その昔。
体は大きいが肝っ玉のちっぽけな男がいた。
ふとどきにもこの男、あろうことか盗みをなりわいとしていた。
ある月のない夜。
男は一軒の屋敷に忍びこんだ。
窓からほんのり灯りがもれ、トントンとなにやらたたく音が聞こえる。
――おっ!
窓からのぞいた男は腰をぬかさんばかりにおどろいた。
そこには鬼の顔がずらりと並んでいたのだ。
ところが……。
鬼たちはピクリとも動かない。
男が目をこすり、あらためて見直すと、それらは壁にかけられた鬼の面だった。
――びっくりさせやがって!
家人に気づかれぬよう、音のしている部屋に押し入ると、そこでは老人がノミを手に、一心不乱に木ヅチを振りおろしていた。
見るに、老人は鬼の面を彫っていた。
男は背後から忍び寄った。
「だれだ、オマエは!」
老人が男に気づいてふり返る。
「金を出すんだ。でなきゃあ、痛い目にあうことになるぞ」
男はせいいっぱいすごんでみせた。
「金なんぞねえ」
老人はそばにあった鬼の面をつかむと、あわてて小脇にかかえこむようにした。
「じゃあ、そいつをよこすんだ。売ればちっとは金になるだろうからな」
「ほかの面ならどれでもくれてやる。だが、これだけはならん」
それを聞いた男、その面がよほど値打ちがあるものにちがいないと思った。
「すぐによこすんだ。さもねえと命はねえぞ」
男は刀を抜いた。
「いや、ぜったいにわたせん」
老人が面を抱きしめる。
それは手本となる鬼の面。代々、この家に受け継がれてきた、何よりも大切なものだったのだ。
刀をつきつけ、面をつかみとろうとする男。
うばわれまいと面を抱きかかえ、あらがう老人。
二人はその場ではげしくもみあった。
「うわっ!」
老人の悲鳴があがった。
老人の首のあたりから血がふき出し、鬼の面をまたたくまに真っ赤にそめてゆく。男の刀が、はずみで首筋を切ってしまったのだ。
男は老人の腕から面をうばいとると、一目散にその場から逃げ出した。
かくれ家に逃げ帰った男は、血のついた鬼の面を水できれいに洗った。
見れば見るほど、それはみごとな面だった。
とはいえ、今さら金にかえることもできない。売れば盗んだ面から、老人を殺した者が己だと足がついてしまう。
その夜。
男はどうしたものかと思案した。
――そうだ! 面をつければ顔が見られずにすむ。それに、だれもが怖れるにちがいないぞ。
ためしに面を顔にあてがってみると、うまいぐあいに顔にぴったりとあった。
次の日の夜。
鬼の面をふところに忍ばせ、男はいつものように盗みに出かけた。
金がたんまりありそうな屋敷の前で、さっそく面をとり出し顔につけた。顔がかくれ相手に見えないと思うと、いつになく気が大きくなる。
男は屋敷に押し入った。
家人は男を見るなり腰をぬかし、ブルブルふるえるばかりであった。
本物の鬼と思いこんだようだ。
盗みはだれにもじゃまされずに終わった。
ことのほかうまくいったので、男は自分でもおどろいた。
次の晩も、また次の晩も……。
男は盗みに出かけた。
鬼にあらがう者など、だれ一人としていない。すべてが男の思うがままだった。
鬼の面をとれば顔は元にもどる。
男は白昼どうどう町の中を歩くことができた。
いつしか。
男は度胸がついていた。
人を殺すことさえいとわなくなっていた。
ある晩のこと。
男は盗んだ金を数えているとき、つい鬼の面を顔につけたまま寝入ってしまった。
そして翌朝。
目をさました男は、面をとり忘れていたことにやっと気がついた。
すぐに面をはずそうとした。
ところがどうやってもとれそうにない。面の内側が肌にはりつき、一分のすきまもなくなっていたのだ。
――なんとしてもとらなきゃあ。
男は必死になって面をとろうとした。
だが、とろうとすればするほど、まるで顔の皮をはぐように痛いばかりだった。
その日。
日が暮れるまで、男は考えつくあらゆることをやってみた。
しかし、すべて徒労に終わった。
男は泣いた。
泣くうちに、涙が鬼の面の目からこぼれ出る。
顔をさわってみた。
かたかった木の面が、いつのまにかやわらかくなっている。さらにぬくもりまである。
男は鏡をのぞいてみた。
鬼そのものだ。
涙を流せば面の目が動く。
息をすれば面の鼻が動く。
声を出せば面の口が動く。
顔の肌と面の境がなくなり、男の顔は鬼そのものとなっていた。
翌朝。
鬼となった男は息絶え、その顔のそばには鬼の面が落ちていた。
口と鼻の穴のふさがった鬼の面が……。