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ゲームセンター殺人事件

作者: 宗近 一

矛盾もあるかもしれませんが暖かく許して下さい

まあその日のどきどきランドは珍しく込んでいて、夕方ごろは5、6人がサードで対戦をしていたんだ。

あたしはカウンターに座ってその対戦の模様を見ていたんだけど、結構盛り上がっている。

カウンター側からでは1P側しか見えないけど、どうやら2p側のプレイヤーは相当腕があり、1P側は次々にプレイヤーが入れ替わっている。

日高はマア弱いが、向峠はまあまあ強いし、リアルブランカは声だけはデカイ。

そういうプレイヤー達を悉く屠っている2p側のプレイヤーはオセガミといった。

あたしははやる気持を抑えて、店員に徹していたよ。流石に勤務時間中にしゃしゃり出るわけには行かないからね。

そんなこんなであたしはやきもきしながら対戦を見ていると、また新たにどきランに訪れたプレイヤーがいた。

それは二人連れの女の子で、一人は背の大きい黒髪の娘で、もう一人はショートカットの元気そうな娘だった。

二人とも高校生くらいの年だろう。

ショートカットの娘が「ホントだ、サードがあるよカコ」と嬉しそうに背の高い少女に云った。

カコと言うのが背の高い少女の名前らしい。

カコと呼ばれた少女は頷くと「だからお前を連れてきたんだ亜弓。しかも今日は一段と盛り上がっている」とハスキーな声で言った。

ショートカットの少女は亜弓というらしい。

「1P側の人凄く勝ってるね?11ウィンだってさ。あのアレックス強そう」亜弓が云った。

「そうだな。丁度対戦が終わったとこだ」とカコが云うと、対戦で敗北して立ち上がった男に向い

「私が入ってもいいか?」と聞いた。

聞いた男は内の常連の日高だった。日高は微笑むと「いいよ。でもあの人強いよ。オセガミって云うらしいけど」と説明した。

カコは微笑を浮かべ頷くと「私達は運がいいな亜弓。丁度良い時に来たらしい」と云って1P側に座る。

カコはコインを投入しスタートをおすと豪鬼を選んだ。

アレックス対豪鬼の対戦を見ながらあたしは感心した。あのカコという少女は物凄く強い。

アレックス使いのオセガミといえば可也のプレイヤーだがそのオセガミと互角以上に渡り合っている。

戦いは第三ラウンドに持ち込まれた。

一進一退の攻防が続いた後、勝負は意外なミスで終わった。

豪鬼が何気ない昇竜拳の暴発で、負けたのだ。

あたしは少し興ざめした。

まあ、歩きながら中足波動拳のミスだったんだろうがあたしはそのとき僅かばかり違和感を感じた。

あのカコというプレイヤーには不似合いなミスであったからだ。

体力的にも焦るような体力差ではなかったが、まあそんなものだろうとあたしはそれ以上は何も考えなかった。

「残念だったねカコ」と後ろで見ていた亜弓が本当に残念そうに云うと「仇は私が取ってあげるよ!」といって対戦しようとしたが

カコは亜弓を止めると「ちょっと待て。喉が渇いた。何か飲み物を買いに行かないか?」と言った。

亜弓は不満げに「私の対戦が終わるまで我慢してよカコ。いつからそんないやしんぼになったの?」と不平を云う。

その間に待っていた日高がコインを投入して大戦を始めた。

亜弓は怒ったように「ほら!さきこされちゃったじゃない!全くもう!」と言うと

「まあ、でも確かに喉が渇くねここ。嫌になるほど暑いし、今のうちに買いに行こうか?」といって二人は飲み物を買いに出かけた。

亜弓たちが居ない間、日高はオセガミに負けて、次は常連の向峠が入る。その2戦、オセガミは勝ち続け、

戻ってきた亜弓はコーラを飲みながら「まだオセガミが闘ってるよ!よし私が倒すよ!」と云うとコーラを「持ってて」とカコに渡して席に着いた。

カコは素直に持っていたが、亜弓が対戦している時ちょいちょい飲んでいた。

あたしはその試合を見ていたが、そのとき丁度電話が掛かってきた。

「はいどきどきランド…なんだ大谷か?…何・休む?ふざけるな?理由は?面接の人の予定が今日しか?意味が分からん。は?」

駄目社員の大谷は要領の得ないことを云っていたがそれはいつもの事だった。いつも何だかだ理由を並べて休むのだ。

結局それから無意味に30分ほど理由を聞かされうんざりしているとリアルブランカの叫びが聞こえ、

サードの対戦に目をやると、リアルブランカは負けており、未だオセガミは勝ち続けて既に21ウィンを数えていた。

それから数十分電話をしていたが私はいい加減根負けして大谷の休みを認めるとうんざりしながら電話を切った。

丁度そのときサードの筐体からザワメキが起こった。

何事か目を向けると、亜弓が床に倒れており、皆が心配げに声をかけていたのだ。

あたしも慌てて亜弓のほうに向った。

カコが亜弓の頭の側らで跪き焦りの混じった声で意識が無いように目を瞑っている亜弓に声をかけていたが亜弓からは何の反応も無かった。

あたしも亜弓に声をかけたが返事は無く、その顔の色から恐ろしい予感がして頚動脈に手を当ててみたら反応が無かった。

亜弓は既に息絶えていた。

あたしは急いで電話口に走ると119番に通報した。

やがて医師と数人の助手が現れると亜弓を診断し何事か話し合い、携帯を取り出すと何事か連絡する。

そして暫くすると今度は刑事が現れて、亜弓の顔をまじまじと見ると、

どきどきらんどに居る全員に話があるとして、暫く拘束されることになった。

その刑事は佐賀県警捜査一課の森田健と言う男で驚いた事にあたしの高校の頃の同級生だった。

森田も驚くと「案山子か?まさかこんなトコで合うとは…」と驚き半分そして懐かしさ半分といった気分で云った。

「まあ驚いたのはあたしの方だよ。まさかあんたが刑事になってるなんてね。神通力でも買われたか?」とあたしは冗談交じりに云った。

「馬鹿いえ。…まあ再開を懐かしむ前にえらい事になったな。」と言うと森田は横たわっている亜弓の遺体を見ながら云った。

森田は害者を一目見たときから、毒物による中毒死ということが分かったらしい。

そして事実コーラの缶から毒は発見された。毒はコーラの飲み口付近に塗られた形跡があった。

そこから当然カコが犯人に疑われた。亜弓は対戦する前、カコにコーラを預けていたのだから、そのとき毒を飲み口に塗った可能性が高い。

森田は多くのものの証言からそう結論をつけた。そしてカコを事情聴取する為に拘留しようとした。

しかしあたしは納得いかなかった。







「ちょっと待ってくれないか健…森田刑事。あたしはカウンターで電話しながらその子を見てたけど、その子もコーラを飲んでいたよ。

コーラの中に毒が入っていたらその子も只じゃ済まないだろう?」

カコも亜弓のコーラに口をつけていたのをあたしは思い出す。

しかし森田は渋面を浮かべ論破するように

「しかしアヤ…泉田。まだ毒の塗っていない時口をつけただけで返す時に毒を入れたんだろう?そうやってお前が証言するのも計算ずくなんだよ」

とカコに視線をやりながら云った。

あたしはそのときの事を思い出すが、カコに怪しい動きは何も無かった。毒を入れるような気配は何も無かった。

しかし飲み口には毒が付着していた…どういうことだ?

カコに殺意があり缶に毒を入れて亜弓を殺したとしても、渡されたコーラに毒を入れるなんてリスクの高い事をするだろうか?

真っ先に疑われるに決まっている。毒殺と言う極めて巧妙な手段を打つにしては余りにおざなりすぎる。

詰まりコーラの中に毒は無かった…?と思ったときあたしは閃いた。

そして未だにフロアに倒れている亜弓の死体をあたしは調べた。そして亜弓の手にはあたしの予想したものがあった。

…間違いない。森田に確かめなければ、と思いあたしは尋ねる。

「健。コーラの飲み口に毒が塗ってあると言ったが、中には入っていたのか?毒は?」

森田はやや苦笑いを浮かべて「健は止せ」と眉根を寄せると「いや、中には入っていなかった。飲み口に塗られていただけだ」と云った。

「それでも致死量ではあったがね。因みに毒自体は遅効性で、青酸カリの様な即効性は無い」と説明した。

あたしの予想どうりだった。

そんなあたしを尻目に森田はカコに迫る様に「君がやったんだろ?いま自白しなくても君には警察に来てもらう事になるがね」と云った。

カコは首を横に振ると「いや、私はコーラに毒なんて入れていない」ときっぱりと否定した。

「まあいい。言い訳は署で聞こう」と手錠を出した森田をあたしは遮ぎり「確かにその子はコーラに毒なんて入れてないよ」と云った。

我ながら決まった。

森田は戸惑いながら「泉田。どういうことだ?場合によっては操作撹乱で逮捕するぞ?同級生のよしみで云うが素人がしゃしゃり出るな」と目を瞬かせた。

そんな森田の目をあたしは真面目に見つめ返した。森田もあたしが冗談で言っているわけでは無いと分かったらしい。目が鋭くなった。

「…そうか。では聞こうか。お前の考えを」森田は静かに言った。

あたしは頷くと「これは実に巧妙に仕組まれたトリックだ」と無機質に云った。

そうだ。実に巧妙。そして狡猾だった。

日高、リアルブランカ、オセガミ、カコ、そして亜弓自身、その何れかが犯人だ。

そしてこのトリックを使ったものは…多分…。しかし何故…そんな事をしなければ…。

あたしは暗い気持になった。

そしてトリックの説明を始めた。




あたし達は亜弓の遺体を前にして、やや大きめの円を作って向かい合っている。

その中で、森田が先ず先陣を切ってあたしに質問を投げかけた。

「あのコーラに毒を塗ったのは犯人ではないと言ったな泉田?じゃあ一体あれは誰の仕業なんだ?」

と言った、その声には疑わしいと言うような響きがありありと伺えた。

あたしは率直に「それは彼女だよ」と言って亜弓を指差した。いや嘗て亜弓だったものといったほうがいいだろう。

周りの者達はざわざわと騒ぎ立てはじめたがそれを森田が手で制した。

そして皆の疑問を代弁する様に「じゃあ何だ?自殺とでも云いたいのか?」と眉根を寄せて云った。

あたしは首を横に振ると「まさか。誰がこんなメンドクサイ死に方するんだ?あれは飲み口を手で拭いたんだよ」

と言ってカコに目を向けると「相馬さんが飲んだ後の飲み口をね。そのとき毒が付いたんだ。亜弓の指についていた毒がね」

云われたカコはただ無表情に「そういえば拭いていたような気がする」と云った。

森田はしかしまだ納得できないと言った表情で「泉田。だから何なんだ?

ガイシャが手で拭いたから毒が付いたってそれじゃ自殺だろう?本人以外のどこから毒が出てきたって云うんだ?」

と素っ頓狂な事を言う。まだ気付かないのか、警察に向かないんじゃないか?といらぬ事を考えながら

「詰まり、毒はあのゲームの筐体に塗られていた。それもほぼ確実にレバーの方だ」と筐体を指差して云った。

そのときザワメキは驚きに変り、ゲームをやっていた者は全員自分の手をごしごしと服になすりつけ始めた。

あたしはそのとき目ざとく全員の動作を見ていたが誰も一応に最初は驚き、

次に手を服やハンカチで拭くといった当然と思われる反応で特に怪しいものは居なかった。

森田は検視官に筐体のレバーを調べさせた。

暫くして検視官が森田に耳打ちすると、森田は頷き検視官を下がらせた。

そして暫く考えてから「確かに、微量ではあるがコーラの缶に付いた毒と同じ成分が発見された。

しかし微量で、犯人がふき取った形跡が見られると言う事だ」と報告する。

日高が恐る恐る口を開いた。

「じゃ、じゃあ僕達は大丈夫なんですね!遅効性とか何とか云ってたけど…大丈夫なんですか!?」と脅えていた。

森田は頷くと「まあ、手に傷が無い場合は毒が体内に入る事は無い。今生きていると言う事は大丈夫」と安心させたが

近くに居たあたしはその後小さな声で「と思う」と云ったのが聞こえたが、まあそれは言わなかった。

混乱を起したくなかったしあたしの考えが正しかったらまず大丈夫なはずだと思ったからだ。

一同に安堵の空気が流れようとした時再び森田が厳しい口調で口を開く。

「なんにしてもこれで手口が分かった。

犯人はレバーに毒を塗って誰かを殺そうとした。それは誰を狙ったわけでもなく

ただ偶々手に傷があった八州亜弓が、毒に感染した。しかしそれは遅効性の毒で効果が出るまでには時間が掛かる。

八州亜弓はその後もまだ無事で、相馬に渡したコーラを受け取ると飲まれたコーラの飲み口を毒の付着した指で拭った。

その後数十分ご毒の発作により死亡した。

八州の毒の症状が出ない間にも犯人はさり気なくゲームをやりながら毒をふき取ったと言うわけだ。

これは誰が死のうと関係ない無差別殺人だと言う事か」と云うと鋭く周りの者達をいちべつする。

そして一段と大きく厳しいドウマ声で「日高、相馬カコリー(リアルブランカ。本名リー・R・B・ランカ)向峠、

そして違う筐体だったがオセガミの中に犯人がいるという事だな」と威嚇するように叫んだ。

対照的に冷静な声であたしは云った。

「これは無差別ではないよ。犯人は狙って亜弓を殺したんだ」そう。間違い無い。

森田は又も自分の意見が退けられて不満げに

「どうやって?無差別じゃないとすると…」と言うと森田は腕を組んで唸りながら頭を捻ったがやがて当を得たと言う風に手を打って

「そうか。亜弓の前にゲームをしたものと言う事になるのか?そいつがレバーに毒を塗り、

その後亜弓がプレイして毒を感染させる、次にまたそいつがゲームをして塗った毒を拭く。ふむ。亜弓は死ぬ前に何度プレイしたんだ?」

森田は誰ともなしに聞いた。

あたしは完全に森田は刑事に向かない事を確信した。そんな事を聞いても無駄なんだ。

あたしがそういおうとした時、

隣のカコが「亜弓は一度しかプレイしていない。亜弓の前にプレイしていたのは確かこの男だった」と云って向峠を指差した。

向峠は行き成りの事に動揺したらしくかなりしどもどして「まま、待って俺じゃない!何で俺なんだ?そんな事できるわけ無いだろ!

大体後ろに人が居るのにそんな毒なんて塗ってたら怪しすぎるじゃないか!!?大体俺はその子に今日始めて会ったんだ。動機が無い!」と挙動不審に云った。

日高も向峠を弁護するように「それにその子(亜弓)の次にプレイしたのは向峠じゃない。リアルブランカだ。まさか二人が共犯って事は無いだろう?」と云った。

リアルブランカは奇声を発して「フイィアー!!じゃあ俺の手にドドドド毒が嗚呼嗚呼!!」と叫んだ。

森田は俄かにざわつき始めた場を沈めると最早困り果てた表情で懇願するようにあたしを見ると

「泉田。無差別じゃなく、自殺でもなく、亜弓を狙って毒殺した犯人とその手口、お前には分かっているのか?」

あたしは頷く。もう間違いない。全てお膳立てはそろった。犯人は…。

「犯人はキミだよ。相馬香湖さん」あたしは確信を持ってそう云った。

カコはあたしの瞳を見つめ返すとその瞳には怜悧な輝きが宿った。

そして恐ろしいほど冷たく冷静に言葉を切り出した。

「亜弓が死ぬまでに、私がここでサードをした回数は一回きり。その私がレバーに毒を塗ったのなら、その後にプレイした日高も向峠も

只では済まないのではないのか?またその毒を拭う事も出来ないからプレイしたものは何度も何度も感染の恐れがあった筈だ。

しかし誰も感染せず運悪く亜弓だけが感染した。いや運良くと言うべきかな」云った表情には感情らしきものは微塵も無い。

「そう。あたしもカウンターで見ていたけど確かにキミは怪しい事は何もしていない。だけどそれでキミがやっていないと言う証拠にはならない。

何故ならその毒は今日塗られたものではないからだ」

森田が「オイオイ…それは幾らなんでも」と呆れた声をあげたがあたしは睨んで黙らせると

「キミは恐らく前日に毒を塗ったんだ」

それを聞いた日高も呆れて「おい案山子。それはあんまり無茶な意見だよ。

仮にそれが本当なら殆ど無差別じゃないか?誰がどれくらいレバーに触るか分かったもんじゃないんだぞ?」と云った。

「そうだな。確かに無差別ともいえる。しかし例えば昨日の閉店間際、誰もプレイしていない時に塗ればそのリスクは押さえられる」

「それにしてもだよ!今日だってこの子達が来る前に俺達はどれくらいプレイしてた?まさか皆手に傷が無かった事まで考えたなんて事言わないだろうね?」

日高の言う疑問も最もだ。しかし一つだけ考え違いをしている。

「日高。この筐体のゲームは何だ?」あたしは殺人の行われた今は誰も座って居ない筐体を指差して聞いた。

日高は疑問をあらわにした表情で「え…?サードだけど…?それが…?」と躊躇いながら答える。

「それが答えだ。全ての答えだ。狙ったものを毒殺する狡猾な手口の答え」あたしは冷たく言い放った。

日高はおろかその場に居る全員が訝しげに首を捻る。ただ一人相馬香湖を除いて。

「レバーの握り方だよ。日高。キミはレバーをどう握る?」と言うとあたしはサードの隣の筐体に向って歩いた。

そしてレバーを握ると日高はアッと叫び声を上げた。

あたしは微笑を浮かべ頷いた。

「キミは俗に言う摘まみ持ちと言う握り方だ。そして向峠とリアルブランカは被せ持ち」

そういいながらあたしはレバーを摘まみ持ちと被せ持ちを交互に実演して見せた。

森田は目を瞬かせながら「それが毒殺と何の関係がある?」と尋ねる。

「あたしが思うにこの二つが格闘ゲームにおいてレバーの主流の持ち方と思う。

操作がし易い。正確なコマンド入力が出来る。肩に力が入らず自然に動かせる。とね。

従ってこの持ち方を好む格ゲープレイヤーが大半だ」

森田は最早我慢ならないという風に「勿体つけず結論だけを言えアヤコ!」と声を張り上げて云った。

「あたしが亜弓の手を見たのを覚えているかい?あれは亜弓の握り方を調べるためにあるものを探していたのさ。

そしてそれはあった。この左手の甲。小指の間接にあったんだよ。タコが」

「タコ?」森田は素っ頓狂な声をあげた。

「タコがあるということは、亜弓は可也のゲーマーだ。そしてその場所にあると言うことは詰まり…」

と言ってあたしはレバーをワイングラスを持つように握った。

森田も漸く気が付いたのかアッと驚きの声をあげた。

「ワイングラス持ちや俗にブッサシと呼ばれる持ちかただ。この持ち方は少々癖があってね、あまり子の持ち方をするプレイヤーは居ない。

キャラが左に居る時に技が出しにくかったり、同じ方向に二回入れるダッシュを入れにくかったり

肩に力が入ると言う意見が多いんだ。しかしこの持ち方を好むものもいる事はいる。数は少ないがね…」

皆黙った。あたしは話を核心に向い進める。

「亜弓はブッサシだった。そしてブッサシでもつプレイヤーは極めて少ない…摘まみ、被せとブッサシの徹底的な違いはつまり…」

摘まみと被せは、弾の部分を持つ。そしてブッサシは棒の部分に触れる…。

森田は小さく納得すしたように「…そうか」と呟いた。

あたしは同意するように頷くと「そう。毒は棒の部分だけに塗られていた」

あたしがそう言うと一同の視線は全てカコの方に向けられた。

「亜弓がブッサシと知っていたのはキミだけだ。そしてあまり居ない持ち方だと言う事も…」

カコはしかし無言であった。そしてその表情も相変わらず落ち着いていた。

「…穴だらけだな。仮に今言われたトリックで亜弓が殺されたとして何故それが私がやったと言える?

亜弓が偶々ブッサシで、その犯人が偶々そういう風に毒を塗ったとも考えられるだろう?

犯人はこの仲の誰でもなく、今も何処か安全な場所でほくそえんでいるのかもしれないではないか?」

滔滔とそう言っているカコにあたしは悲しげに首を横に振った。

「いや。やっぱりキミが犯人だと言う事に変りは無いんだ。キミは最初にここに来た時オセガミと闘った。

その時キミはオセガミを追い詰めたが最後にミスをして負けた。

キミみたいな冷静で強いプレイヤーがあまりに単純なミスで負けたから印象に残っているんだ」

カコは黙って聞いている。あたしは先を続けた。

「…キミはあの時、レバーを被せで持っていた。本来の持ち方を変えてだ!」

そう言うとあたしはカコの左腕を掴んだ。その手の甲の小指の付け根には亜弓と同じようにブッサシで付いたと思われるタコがあった。

そのカコの手は弱弱しく震えていた。

「キミはあのレバーのステックに毒が塗られていたのを知っていたんだ。だから本来の持ち方をしなかった!」

カコは観念したように俯くと「…よく見ていたな…恐れ入った」と今までの冷たさとは打って変わった優しげな声で呟いた。

「…キミの戦いがあまりに華麗過ぎたんだ。それで少しの違和感があたしには途轍もなく不自然に見えた。

それが亜弓の死によって奇妙なほど符号が一致した。それだけさ…」

「…亜弓。亜弓のコーラに口さえつけなければよかったのかもしれないな。ただ…あの時は酷く喉が渇いたんだ」

「…。あの時喉が渇いたと言ったのは…」

「そうだよ。私がプレイした後直ぐ亜弓では、レバーに毒を塗ったのが私と疑われるかも知れなかったからな。

一人二人間に入ってもらう必要があった。皮肉にもその時買って来たコーラが亜弓の手に毒が付いている事のヒントになってしまったが」

私達の会話に森田が割り込んでくる。手には手錠が握られていた。

カコはなんら抵抗する事も無く二つの手を森田に突き出す。

「何故亜弓を殺したんだい?」あたしは聞いても仕方ない事を聞いた。あたしには二人の事は何も知らないのだ。

聞いてどうなると言うんだ。

カコは初めて微笑を浮かべ「…さあ。私も好きになっていたのかもしれない…そうなっていく自分が怖かったのかもしれない。

でも亜弓は只の浮薄な好奇心か飯事みたいなものだったのかも知れないな…飲み口を拭く。私は滑稽だ」

森田があたしの目を見つめた。その目には感謝とともに何か知らない複雑な思いが見て取れたがあたしは気付かない振りをした。

森田は何も言わず踝を返すとカコを引いてどきどきランドを後にしようとした。

あたしは最後にカコの背中に聞いた。

「…どうしてあの時サードでオセガミと対戦したんだい?あんな事をしなければキミの計画は完璧だったはずだ」

カコの背中は小さく揺れた。まるで笑っている見たいだった。

「強い相手を見たら戦いたくなるのがサードプレイヤーの本能見たいなモノじゃないか」

その背中はそう言っていた。


楔はあたしに云った。

「しかし本当かい?あの子の負け方から握り方を変えたのが分かったなんて?」

あたしは平然と「まさか。分かるわけ無いだろそんなの。勘だよ。あの子が本当に元来の被せだったらお手上げさ。

暴発なんて誰にでもあることだし。カマをかけただけさ」

「何て行き当たりばったりだ」

「でも弟子は師匠に似ると言うし多分、あたしの勘もそう間違いでもないと思うよ」

「亜弓が弟子でカコが師匠て決めつけか?」

「逆でも一向に構わないよ」

「なるほど…しかしあの子達とはこんな形で出会いたくはなかったな。また他の形で出会えたらどんなに幸せだろうか」

あたしも頷くと「しかしこれが運命なんだ。キミが2p側に座り相馬と闘ったのは」

楔はそれには何もこたえなかった。あたしも最早その事は何も云わなかった。


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