094
バイエル公爵の庭は、騒然としていた。
空は夕暮れから夜に変わろうとしていた。
もうすぐ、バイスのライブの時間だろうか。だけどここは修羅場だった。
僕とロゼ、それからバイスとエリゴスが向き合っていた。
さらにそれを見守る群衆は、バイスのファンだ。僕らに向けられる視線は冷たい。
「エリゴス、なぜあなたが?」僕が口を開く。
「GMコールをされたから当然ですよ」
「嘘だ」鐘を鳴らさないと、GMは来ない。誰もGMを呼んだ形跡はない。
「ふむ、鋭いな」
「バイスとつながって僕らから盗んだよな。エンジェルフルーツポンチ」
「証拠は?」
「僕の家にバイスのログがあった。退出のログだ。
もちろん不自然な入室には、エリゴスが関わっている」
僕の言葉に、エリゴスは余裕の笑みを浮かべた。
バイスは否定しないようだ、どうやら認めているのだろうか。
「盗んだ?いや助けたのよ」
「何を助けたのよ?」バイスの言葉にロゼが反応した。
「あなたよ、不本意だけど」
「あたしはあんたに助けられた覚えはないわ」
「そうかしら?」バイスは腕を組みながらロゼを見ていた。
「助けるとかどうでもいい、僕はお前らが盗んだものを返して欲しい」
「それはできない。君らがやっていることは、保護対象のロゼを消し去ることだ。
アバター・インターフェイスを知っているな」
「知っている、僕も同化した。まさかあの呪いも?」
「そう、私だよ」
エリゴスは、じっと僕を見ていた。
「君には体験して欲しかった。ロゼ……真壁 真衣の身に起こる全てを。
君らの行動で、彼女がどうなるのかを」
「ロゼの体を元に戻す、僕らはそのために記憶を探していた。
クエストをこなして、ロゼの居場所を探してアバターにロゼを戻す」
「果たしてそれがうまくいくだろうか?」
「どういうことだ?」
「私はGMだ、この喧嘩のことを裁定しに来た。
マジック・クロニクルではGMの言うことは絶対だ。
いざとなったら今のアカウントを破棄させることができる」
エリゴスは含みを込めた笑みを浮かべた。
「まさか……」
「バイスとロゼの喧嘩の件についてだが、バイスには非がないと判断。
よってロゼの処置を下そうと思う、悪く思わないでくれブラウ」
「なによ、あたしは認めないわ」
「認めなければアカウントも消す。まあ、つまりはロゼ、君の保護として一ヶ月間の……」
「勝手に決めないでもらえるかしら?」
そう言いながら別の方から声が届いた。
声の主を見ると、僕の前には優雅にティーカップを持った女が現れた。
「私、GMゴモリも、裁定に意義を申し立てる」
その言葉は、とても凛としているように聞こえた。




