065
ゲーム内は、再び朝を迎えていた。
太陽が昇る頃、砂丘にいた僕は隣の釣り人に近づく。
ゴモリが言っていた言葉を思い出した。
『釣るだけが全てじゃない』その言葉の意味を、行動に移していた。
釣りをしている髭の男は、無言で再び釣り糸を垂らす。
他にも、少し離れたところに釣り人が点在していた。
見知らぬ人に話しかけるのは少し緊張したが、ネットゲーム慣れしている僕は自然と言葉が出た。
「あの……すいません」
「なんだ?」
「ぬし……『マツヤ』を釣ったんですね」
「そうだ」
僕の方に顔を向けないで、ずっと釣りをしている男。
周りを近づけさせないオーラが出ていた。
僕にも経験がある。ソロプレイをやっている人間は、基本あまり会話をしない。
ただ黙々と作業をして、釣りをしている。そこには会話は不要ということだ。
頭を下げた僕は、手持ちの墨と大きな紙を持っていた。
「魚拓を一枚とらせて……」
「なぜだ?」
「ぬし『マツヤ』の魚拓を取りたいんだ、お願いできますか?」
「それはできない」
いとも容易く断られた。
男は相手にしないようなふうに見せていた。
「どうしても必要なんだ、それを少し貸してもらえないか?」頭を下げて懇願する。
「こちらにはそれをやる理由がないからな。
それと、魚拓を取るとアイテム価値が落ちてしまう。絶対に嫌だ」
「ちょっと!あんたこれだけ頼んでいるのにちょっとぐらい、いいじゃない!」
僕と男の会話に、ロゼが割って入った。
怒りを持って、男に詰め寄るが男は動じない。
それをむしろ、周りの釣り人は怪訝そうに見ていた。ヒソヒソ話までしている始末だ。
「できぬものはできぬ、釣りの邪魔だ」
「なんでそこまで断るんだ?」
「釣りは、釣れるようになるまでそれだけ時間と手間をかけている。
急に来て、成果だけを横取りするのは筋近いだろう」
「だけど魚拓ぐらい……」
「これは俺のもので、ほかの誰のものでもない」
「あんたは、それを売り飛ばすんだけでしょ!」
「どう使おうが、俺の勝手だ」
「じゃあ、あたしに売って」
ロゼがいきなり提案をしてきた。ロゼのことを男はじっくり見ていた。
仁王立ちのロゼに、釣りをしている男がいとも容易く大物を釣り上げた。
「ふむ、その装備……ケルベロスか」
「いかにも、ケルベロス装備よ。
他にもあたしは強力な武器を持っているわ。
どうせオークションにかけるなら……」
「断る!」
「ちょ、なんでよ!」
「俺は直接交渉を信用しない、オークション以外ではやらない主義だ」
髭の釣り人は、再び黙って釣り始めた。




