062
僕が来ていたのは、市内にある高層マンション。
この地区の地価はとても高くて、裕福な住人が多い。
整備された区画に、海も駅も近い湾岸エリア。
大型ショッピングモールも近くにいくつもあって、人気のエリアを僕は歩いていた。
そんなマンションの一つに、立ち止まった僕と幽霊の少女。
夜の明かりがともされた高層マンションを、見上げながら僕はたっていた。
傍から見れば、一人だけど隣には僕にしか見えないロゼがそばにいる。
「ここなのか?」
「ええ、間違いない。
私ははっきり見たの、このマンションに入るのを」
「やはり間違いない。ここは僕が前に住んでいたマンションだ」
僕は難しい顔で、高層マンションの上を見上げていた。
このマンションは見た瞬間に、子供の記憶が蘇る。
おそらく記憶の片隅にあったものが、現実に近いものを見て呼び覚まされるのだろう。
間違いなく、ここは訪れたことがある場所なのだ。
しかも、それは中学に入った頃の離婚とは違う。
「本当にガチで妹だな」
「そうよ、あなたが兄なの……お兄ちゃん」
「真衣……という名前でいいのか?」
「うん、真衣」
ロゼは、胸に手を当てながら高層マンションを見上げていた。
僕が記憶しているのは中学の時にした離婚だ。
それは二度目の離婚なのだ。中学一年の時に、ここに住んでいた僕ら家族。
だけど、父は騙されていたのだ。
少し若いバツイチ同士の女と結婚をし、連れ子もいた。
父がまだ会社勤めだった頃の話だ。
だけど、その女が詐欺師だったのだ。父の金を持ち出しては、ほかの男に貢ぐ始末。
挙句には連れ子を押し付けて逃亡も謀った。
結局その母は捕まり、父はその連れ子を児童福祉施設にあずけたのだ。
生活が苦しかったからな。
だけど、詐欺師の母が残した莫大な借金が父にのしかかった。
結局、会社も追われ父と僕の二人で借金を背負いながらボロアパートに移り住むことになった。
それまで住んでいたマンションが、ここだから僕はよく覚えている。
でも、その前の妹ってことが真衣だよな。
つまり父は二度の離婚をしたことになる。
そんな父の代わりに、僕はロゼに向けて頭を下げた。
「結婚と離婚、父がすまないことをした」
「起きたことだから、仕方ないわ。
それにあたしたちも、小さいことでよく覚えていなかったわけだし」
「僕もあの手を振るシーンがなければ全く覚えていなかった。
そうか、この道路なんだよな」
僕はアスファルトの道路をじっと眺めた。
街灯に照らされていて、意外と暗くない。
「あたしと蒼一が兄と妹なら、わからないの。パパに聞いても?」
「わからないようだ。向こうの家庭と連絡もとっていない」
「そうなんだ」
「どうやら向こうの家族とは、連絡を取っていないってこと」
「なんだか、それはそれで悲しいわね」
ロゼがどこか悲しそうな表情を見せた。
「で、ここに来た目的は?」
「もしかして、なにかのヒントが落ちているんじゃないかって。
部屋の番号もでているのか?」
「701」
「七回の隅、間違いない。明かりはついていない……か」
反対側の窓のあたりに向かうが、明かりはついていないようだ。
「なあ、ロゼ。意外と住んでいる場所が、近いかもしれないな」
「それは、違うわ」
「そこは否定するんだ」
「だって、海が汚いもの」
ロゼははじめの画像の話を持ち出した。そこで、海が見えた。
このあたりの海も見たが、やはりはじめの画像で見た綺麗な海とは程遠い。
「では、今のロゼは家族と一緒にどこか別の場所に住んでいるというわけだな」
「うん」
「わかるのか?」
「わからないわ、お兄ちゃん」
上目遣いで言ってきた、ロゼ。
迫られると、兄妹であっても照れてしまう。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「僕だってこの時期の記憶が朧げだ、仕方ない。
僕とロゼが兄妹ということがわかっただけでも、大きな進展だ」
「あららっ、あれはソウくんじゃないですかぁ?」
そういいながら、おっとりとした喋り方で僕に声をかけてきた人物がいた。
それは、高級そうなセーターを着た生実さんだった。
バイト先で見せる生実さんと違って、手にエコバックを持っていた。




