029
~~バイエル公国・小黒鷲旅団の家~~
ゲームの中に入ると、僕は打墨 蒼一ではなくなる。
ブラウになった僕は、背がリアルと違って高く美形になった立派な男だ。
ゲームのアバターは、全部美男美女で描かれるからだ。
豪邸のソファーで僕は、足を組んで書類を読んでいた。
そんな僕には、リアルでとりついたロゼがいた。
「あらぁ、ブラウはなんだか不機嫌そうね」
「知っているんだろ、不機嫌の原因」
「まあね、あたしとあんたは一心同体だからね」
ロゼの言葉に、僕は身震いをして顔を歪めた。
「最悪だ。プライバシーもへったくれもない」
「なんでそんなに嫌そうな顔をするのよ、あたしは美少女よ」
「美少女ねぇ、信用できないな。アバターは全部を美化するし」
「なんなら脱いでみる?体に自信があるわ」
「露出狂か?」
「ウソに決まっているでしょ、バーカ」
ロゼに茶化されて僕は、ふてくされたまま書類に視線を落とす。
「だいたい、ここで何を読んでいるのよ」
「攻略本だ」
「ふーん、攻略本ねぇ」
「自作だけどな、一応ここにデータ転送している」
「このゲームの攻略って、ネットでアチコチに落ちているからな」
「そうだな、まとめサイトもあるけど、あまりまとまっていないし。
なによりこの前バージョンアップあったから、戦い方の変更点を知らないといけない」
僕はロゼを無視して書類を見ていた。
僕が無視したのを見てロゼは、僕のほっぺをつねったり、髪をかきむしったりしていた。
どうやらロゼは僕にかまって欲しいらしい。
だけどロゼを相手する程機嫌が良くない僕は、パソコンから書類を出してみていた。
飽きたロゼがソファーに転がって、足をバタバタさせていた。
「タイクツぅ~」
「ロゼもパソコンで情報見たら?」
「出来るわけないじゃない。ねえ、何か変わったの?」
「ん~、ウルトラモンスターの能力が変化したってことぐらいかな。
僕らにはあまり関係ないな」
「なんだ、それね」
「やったことあるのか?」
「あるに決まっているでしょ、レッドドレイクにキマイラキングは倒したわよ」
「なんだ、自慢か」
「そうよ、自慢。あなたには自慢してあげてもいいわよ」
「そこの記憶はあるんだな」
僕の言葉に、ソファーから起き上がってじっと見ていた。
「記憶じゃないわ、称号があるの」
「ウルトラモンスターっていうぐらいだから、ソロでは倒していないよな。
パーティでも組んでいたのか?」
「多分……ね。だけどゲームの中の記憶も曖昧なの」
「そこがわかれば……もしかしたらロゼのこともわかるかも知れない」
「ただ、別れたから」
「別れた?」
「あたしは、前のパーティを抜けたのよ」
しゃがみながら、ロゼが僕に体を向けた。
「なんで?」
「アイテムのことでもめたと思う。
アイテム獲得権のことでもめて……抜けざるを得なかった」
「なにかの活動をしていたのか?メンバーは?」
「覚えていない」
「そっか。まあこの小黒鷲旅団はレアモンスターやウルトラモンスター討伐とかやらないから。
ロゼも廃人なら、規模は大きそうだな」
「そういえば、なんか静かだと思ったけどほかの人は?」
「ああ、ロートはログインが夜からだよ、ゲルプさんは夜からログインだと思う。
それからオランジュは……」
「おい、夫婦二人何騒いでいるんだ?」
そう言うと、言葉の主たるオランジュが姿を見せた。
「夫婦じゃないって!」
「違うに決まっているでしょ!」
僕とロゼは、ほぼ同時に否定した。
それを派手なスーツのオランジュは笑っていた。
相変わらずの金ピカに光るスーツがオランジュの私服だ。
スーツが古臭くダサい、昭和のスターではないのだろうか。
「オランジュ、相変わらずその格好なんとかならないか?」
「いいんだよ、かっこいいんだし。正義のヒーローはこうでないとな」
「その割に、ジョブは魔術師だろ」
「魔法を使える火力役、派手好きな俺にはぴったりだ」
なんだか矛盾しているぞ、オランジュよ。
「へえ、なかなかかっこいいわよ」
「おお、さすがロゼ様。お目が高い」かしこまったように膝まずくオランジュ。
「ふふん」
ロゼとオランジュは、変な感性同士なのか意気投合していた。
この二人の変なテンションに、僕はついていけそうもないな。
僕は立ち上がって、オランジュのそばで小さな声で囁いた。
「オランジュ、そんなことより今日はあったんだろ」
「何がだ?」
「お前はどうなんだ?進路指導」
僕の言葉に、オランジュの顔が一瞬にして曇った。
「ブラウはまだ決まっていないのか?この時期に」
「今日呼ばれた、親父と一緒に。最悪な一日だ」
「そうか……佐藤先生も相当苦労しているんだな」
「なになに、佐藤先生がどうしたの?」
オランジュの言葉に、ロゼがなぜか反応した。
こっちの方に顔を覗かせていた。
「ロゼ……」僕は一瞬にして固まった。
「なんでオランジュが佐藤先生を知っているの?」
「ええっ、なんでロゼが……」
ロゼの言葉にオランジュもまた驚く。
二人の事情を知っているだけに、ここは僕が言うしかないか。
「ロゼとは僕のリアルの知り合いなんだよ」
「へえ、なら俺と同じか。まさかロゼさんと同じ知り合いだったとは」
「全くだ、猿楽場。この会話はあまりするのは禁止だろ」
「そうだった、ゴメン」
オランジュこそ猿楽場は、素直に僕に平謝りをした。
逆にロゼは、さらに驚いてオランジュを見ていた。
「猿楽場ってあの……」
「ロゼ、落ち着け」言いたそうなことがわかったのでロゼの口を僕は防ぐ。
「あの……なんだよ?」
「いや、なんでもない」僕は苦笑いで誤魔化す。
きっとロゼは生実さんの事を言うだろう、そしたらますますややこしくなる。
「でもまあいいか、オランジュ。じゃなくて猿楽場、お前は進路指導どうしたんだ?
まさか、魔術師なんて書いていないだろうな」
「もちろん、決まっているさ。まあ魔術師が選択可能なら、是非やってみたいが」
「できない、非科学的だ」
「ウチのリーダーは本当に夢がないなぁ」
「うるさい」似たようなことを言われて僕はムッとしていた。
「まあ、俺の進路は……リアルの方は弁護士志望だ。
東京の有名大学を受験する、法学部な。どうだ、かっこいいだろ」
オランジュの言葉に、反応したのはロゼだ。
「弁護士?もしかして、頭いいの?」
「俺たちの学校は、千葉……いやいや周辺でも名の知れた進学校だ。
もちろん蒼一……いやいやリーダーも本当は頭がいいんだぞ」
「そんなことはない」
「そういえば……つかぬこと聞くけどロゼさんのリアルはどうなの?」
「う~ん、あたしもよくわからない」
ロゼはなぜか笑顔で、オランジュの質問を濁した。
それはそうだ。僕がロゼと一緒にいるのは、ロゼのリアル探しだ。
ロゼのリアルの体がどこにあるか、それを探さないとこの幽霊は永遠に離れない。
まったくもって迷惑な話だ。
「こんちわですぅ」
と、部屋のドアがあいて声が聞こえた。
そして出てきたのはゲルプだった。いつもどおりのネコミミと真っ白な鎧を着ていた。
すると、オランジュがロゼの方に近づいて何かコソコソ話していた。
だけど僕には聞こえない喋りで話していた。だから僕がゲルプを出迎えた。
「ゲルプさん、今日はやたら早いインですね。
いつもは、夕方五時半以降にインするはずですが……」
「今日はブラウさんにお渡ししたいものが、ありましてきたの」
「渡したいもの?」
「はい、そのまえにオランジュさん」
「ゲルプさん?」オランジュが名前を呼ばれて、ゲルプの方を見る。
「ちょっと席を外してもらえます?」
「どうしたんだい?」
「外してください、でないとロゼが困りますよ」
「え、おう。分かった」少し戸惑ったが、オランジュはリビングを出ていこうとした。
「なんかおかしくないか?」
「ああ、任せろ」
オランジュが一言、そう残して家から出て行った。
ロゼもそれに気づいたのか、立ち上がって警戒をしていた。
「お前はゴモリか?」
「正解です」
そう言いながら、ゲルプの体が突然包まれて出てきたのがゴモリ。
真っ白なシスター服に、尖った耳の女だ。手には何やら枯葉がついた杖を右手に持っていた。
「いかがかしら?今回の出現方法?」
「最低の演出だわ」ロゼが明らかに怒っていた。
「そう、それは残念」
「新しい武器か?」
「そう、ポリモルフスタッフよ。実装されたけど、まだあまり取れる人はいないみたい。
それもそうね、キマイラキングが落とすのだから」
「なんの自慢だ?自慢ならロゼだけで間に合っている」
「ちょっと!」僕の言葉に、ロゼが叫んだ。
「あらあら、それは残念ね。
次回は、ロートやオランジュに変身して登場してあげようかしら?」
「そんなことするな!」僕は魔法剣の柄に手をかけた。
「ブラウ、やる気じゃない」
「当たり前だ!僕には構わないけど、パーティメンバーの迷惑になることはするな」
「なにか勘違いしていませんか?そんなに彼女に迷惑をかけていませんよ」
「それでもだ!この件は僕とロゼの間の話にしてくれ。
ほかのパーティメンバーは何も関係ない!」
「だから彼を追い払ったのでしょう。
そろそろ本題を話さないといけませんから。あなた方は『騎士』クエストを覚えていますか?」
その言葉に、僕とロゼは懐かしさと同時に思い出した。




