027
学校に行ったこの日、冷たい空気がその場を支配した。
木々が赤く色づき始め、その木々が窓から見えた。
『打墨 蒼一』、どこにでもいる普通の高校生になった僕がいた教室。
それはいつもの教室だけど、静かな教室。
三つの机をつけて、僕は一人の男と向き合っていた。
目の前の男は、僕のクラスの担任教師の佐藤先生だ。
現在独身のアラサーだ。それ以外はよく知らない。
背広姿で眼鏡をかけた中年男性は、ファイルを見たまま難しそうな顔を見せた。
「というわけで、第一志望はなしと」
「はい」
「あのなあ、高三になって第一志望無しとかまずいだろう。
何かないのか、やりたいこととか?もう秋なんだぞ」
「ありません」
僕はそう答えるしかなかった。教室の窓の外の紅葉の葉が一枚ひらりと落ちていく。
僕の言葉に佐藤先生は、乱暴に頭をかく。
「進学もしないと……」
「進学はしません」
「そこだけははっきりしているんだな、ならば何をしたい?」
「わかりません。夢なんか考えたことないですから」
僕の言葉に落胆の色を見せた佐藤先生。
僕と担当教師の間には、白紙の進路希望が置いてあった。
「困ったなぁ、何か出してもらえないとアドバイスも何もない」
「僕の家庭環境なら、選択肢は働くしかない」
「じゃあ就職でいいのか?」と、投げやりの佐藤先生。
どうやら就職という選択肢は、教師としては不本意のようだ。
険しい表情で足を組んで、持っているペン先をカチカチと机につついていた。
「はい」
「本当にいいのだな?」
「仕方ないです」
「頼むから、仕方ないとか言わないでくれ。
お前の人生なんだぞ、打墨!進路というのは、お前の一生を左右するんだ」
教師が首を横に振った。
「それでもいいんです、僕の人生には、選べる権利がないですから」
「それは違う。お前は、選ぶのも考えるのもやめただけだ。
流れに身を任せて、他人のせいにしているだけなんだ」
「そうかもしれないですね、考えるだけ無駄だと知ったんです」
「お前のような生徒は初めてだ。打墨」
佐藤先生があきらめ顔でサラサラと書こうとしたとき、突然教室のドアが開いた。
僕がドアの方に視線を移すと、そこには意外な人物が出てきた。
ジャージ姿で髪がボサボサな男だ。
「蒼一、お前は大学に行け」
「なんで親父が……」
「金は何とかする!だから前を進め!」
それは僕の父が息を切らしながら現れたのだ。
父の登場に、慌てて立ち上がった佐藤先生。
「打墨さん、やっと来ていただいたんですね」
「本当に遅れて申し訳ない」
「……来なくてよかったのに」
僕は冷たい目線でそうつぶやいた。




