021
~~サタナカンド共和国・イースト六番街~~
オークションを一通り覗いた後、僕はオークション会場を後にして家に戻ろうとした。
サタナカンドから、家のあるバイエル公国に帰る方法は二つ。
一つは、歩いて帰る。なれていても、広いフィールドを歩くので三十分かかる。
もう一つは、六番外にいる転移の魔法で帰る、こっちは一瞬だ。
NPCなのでお金は固定で300ゴルダだ。
イースト六番街は、大きなレンガの通りに住宅街が立ち並ぶ。
中世ヨーロッパ風の家々は、クエストが受けられる場所だ。
転移の魔術師のいる館を目指して、僕とロゼは歩いていた。
「本当に7000万でいいのか?」
「ああいうのは、絶対に早く売ったほうがいいわ。
アイテム関係は、徐々に運営が出やすくしていくだろうし。
ケルベロス装備でも使うから」
ロゼの持っている黒い鎧が、怪しく光る。
このケルベロスプレートも、そういえばブラックダイヤモンドを使うんだっけ。
「それじゃあ、まるでアイテムが飽和状態に……」
「いつまでも手が届かなかったら、ユーザーがゲームから離れるじゃない。
ある程度相場を見て、開発がアイテムの出現率を上限させるのは基本よ。
あんた、何年このゲームをやっているのよ?」
ちょっとシャクに触る言い方だが、ロゼの言っていることは正論だ。
「そうですね、その通りだと思います」
そう言いながら、僕たちの目の前にはいきなりゴモリが現れた。
すまし顔のシスター服は、どこにいても目立つ。
長い髪をかき分けて、僕たちの前に立ちふさがる。
相変わらず、ティーカップを片手に佇む。
「あら、趣味の悪いこと。天下のGM様がプレイヤーの話を立ち聞き?」
「ええ、新しいクエストのほうはどうかと思って感想を知りたくて訪ねに来ました」
「うるさいわね、今攻略中よ!」
「そうでしたか、お金のクエストでしたわね。なかなか難しいですよ。
でも見返りも大きいです、あなたのことを知るためにも」
「また変な画像だったら承知しないわよ」
「さあ、それは私が決めることではありませんから。
あの報酬もあなたが決めていることよ」
どこか冷めた笑顔を見せていたゴモリ。
ロゼはずっとゴモリに対して、険しい目つきで見ていた。
「ふざけないで!」
「ふざけてはいません、あなたは望んだのですよ。
あなた自身が、こうなりたいと……」
「望んでなんかいない」
「ゴモリ、ロゼが望んだとは?」
「そのままの意味です。まあ、私一人で開発をしたわけではないので
そんなことよりロゼさん、大事な忠告があってこちらに来たのです。
前回は忙しかったので、話す時間がありませんから」
「なによ?さっさと話しなさい。あたしたちは戻って……」
「あなたの体についてです」
「あたしの体?」
胸に手を当ててロゼがゴモリを見ていた。
それを見て、満足そうな顔でゴモリがゆっくりと僕たちの方に歩み寄る。
「『マジカル・クロニクル』ではHPがなくなり、死ぬとクリスタルになるのはご存知ですわね」
「確かにそうよ」
「クリスタルになると、そのエリアで時間が経過した段階で強制帰還するアレか?」
「ええ、ですが、あなたは今、アバターと同化しています」
「なによ、それ!どういう意味?」
「つまり、あなたのHPがなくなって、クリスタルになった瞬間……」
「瞬間に?」ロゼが聞くと、ゴモリが目の前に来ていた。
「死ぬ。リアルで死んでクリスタルになることもなくアバターが消滅。
その瞬間にミッションが終わり、あなたの人生も終わるわ」
怪しく言うゴモリの顔に影ができた。
それを見た瞬間、動揺したロゼの顔が見えた。
だけどすぐにロゼは余裕の顔を見せていた。
「な、何を言っているの?死ななければいいんでしょ、それだけじゃない!」
「ええ、その通りです。ですが念のためです。
ゲームを安全に楽しんでいただくための諸注意です。
それでは、よい旅を……」
ゴモリはにこやかな顔で、僕たちとすれ違った。
僕は言われてうつむくロゼに、声をどうかけようかと悩んでいた。
だけどすぐに、振り返ったロゼは笑顔だ。
「大丈夫よ、負けない自信はあるんだから」
だけどロゼは顔がこわばって、震えているのが見えた。




