016
結局、バイトはいつもどおり夜十時まで続いた。
二年から始めたバイトは、わずか一年でチーフ。
今のシフト内のメンバーで気づけば、一番偉くなっていた。
それでも時給は高校生料金のままだが。
そんな僕の足は、車じゃなくて自転車だ。
自転車なので、家に帰る前に立ち寄る場所がある。
それが遠回りしていく夜の海だ。幽霊を連れていく海は、なれても嬉しくないものだ。
しかもそれが口うるさい幽霊だとなおさらだ。
「意外ね、あんたがバイトをしているって」
「意外って、まだそんなに経っていないだろ。
お前はただ取りついているだけで、邪魔ばかりだし」
「そうよ、あんたがいないとログインもできないからつまらない」
ロゼと夜の海がみえる道を、自転車を降りてこぎながら歩いていた。
見える夜の海は、工場の明かりと街灯の明かりが光っていた。
「意外と綺麗ね、多分初めてだと思う」
「そうか、何も思い出せそうにないな」
「ええ、そうね」
ロゼの顔が落ち込んでいるように見えた。
これが実際の女と一緒なら、なんとロマンチックな光景だろうか。
リアルでそれを体験したことがない、悲しいことに。
「やっぱり次のクエスト、起きないとしょうがないよな。
今日のバージョンアップで追加されるといいけど」
「ブラウ……」
「どうした?」
「あんたは結構苦労しているのね」
「苦労……か。そう思っていれば、きっとそうだろうな」
「そう思わないの?」
「バイトが好きというわけじゃない。知ったときは怒りもしたさ。
だけど親父に起きたことは、子供の僕じゃどうしようもない。
しょうがないと受け止めるしかない。
僕にとって今が全てだし、それ以上は何もない」
僕は海を見ながら、押している自転車を止めた。
「そう……ね」
「どうした?」
「なんか前にね、どこかで誰かに似たようなことを言われた気がするの」
「海でか?」
「うん」ロゼはそこだけ自信を持って言ってきた。
「あれ、蒼一じゃないか」
そんな時、僕は背中越しに男の声が聞こえた。
それは、制服姿の猿楽場だ。カバンを背負っていた。
時間的に塾帰りか、一緒にいた女子と別れて僕のほうに歩いてきた。
「猿楽場、今日は予備校か?」
「予備校よりは塾だ、俺たちは現役の受験生だぜ」
「まあ、そうだけど」
猿楽場が手を挙げて、僕を見てきた。
なぜかロゼがじーっと猿楽場のことを見ているが、猿楽場にはロゼが見えていない。
まあ、知らなくてもいいことだってあるからな。
「蒼一はバイトか?」
「ああ、今日は四時間だ」
「その……なんだ」と急に顔が赤くなる猿楽場。
こういうことを見ると、だいたい猿楽場の考えることが分かる。
「生実さんのことか?」
「な、なぜわかった?」
僕に言われて猿楽場は、はっきりと顔を赤くしていた。
「わかりやすい顔の色をしているからな」
「そ、そんなことはない」
「言っておくが、生実さんと付き合うのは大変だぞ」
「何を言っている、大人の魅力があるんだよ。同じ年にはない魅力だ」
僕の言葉に、猿楽場がさっきいた女子のことを思い出した。
猿楽場はなぜか僕のバイト先にいる生実の話になると、熱の入り方が違う。
「ねえ、生実ってあのレジ打ちドジッた子でしょ」ロゼが僕に耳打ちしてきた。
「まあ、ドジっ子というか、大人なんだけどな。元は主婦だし」
ロゼの言葉に、僕が反応すると猿楽場は何故か口を尖らせた。
「今はフリーだよな!」
「まあ、否定はしない。バツイチってそういう意味だし」
「俺、アタックしようかな。受験終わったら」
「マジでか?」
「マジに決まっているだろ!だいたい、俺は高校卒業したら仕事も忙しくなるし」
猿楽場の決意は硬かった。だからこれ以上僕は食い下がるのをやめた。
当然否定するつもりもないので、僕はあえてこう言う。
「がんばれ」
「そうね、がんばりなさいよ」
僕の言葉に、なぜかロゼがやる気ない声で続けていた。




