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あれから二日後、僕は病院の廊下を早歩きしていた。
病院の廊下を、学校の制服のまま歩いていた。
僕の隣には、伯父さんだ。目指す病室の前に、まもなくたどり着いた。
伯父さんも急なのだろうか、背広姿で着ていた。ネクタイが曲がっているし。
「覚悟はいいかい?」
「うん」病室のドアを開けると、既に真衣が寄り添っていた。
ベッドの上には、縛られた母親だ。
僕の生みの親で、真衣の母が危篤状態になっていた。
母の病気はアルツハイマー病、しかも末期だ。こうなることは予測されていた。
だけど、その出会いは突然過ぎて急だった。
仙台から千葉に戻ったのは、前日。
だけど次の日、学校に行っていた僕の携帯に着信があった。
伯父さんがかけた電話は、母の急変だ。
「お兄ちゃんも、はるばる来てくれたんだ」
「ああ」真衣は母親の手を握りながら、少しだけ笑みを浮かべた。
長い髪の少女だ。
ロゼに少し顔が似ているが、シワシワのセーターを着ていた。
カジュアルなダメージジーンズを着て、ベッドのとなりの椅子に座っていた。
「ほら、こんなにいい顔しているよ」
真衣に促されてみた母の顔は、安らかだ。全く動いていない。
「真衣まさか……」
「ううん」
「そっか」僕は全てを理解した。
だけど、僕の隣の伯父さんが必死に声をかけた。
「起きてくれ、起きてくれ!」
伯父さんの言葉に、全く反応しない。
だけど伯父さんは、全然諦めない。
「頼む、頼むから!自分の支えになってくれ」
「真壁さん……」
僕らの少し離れたところに、小太りの医者がいた。
白衣を着ていて、経験豊富そうな医師。
そして、医師が残酷な結果を伝えた。
「残念ですが、もう……」
「そう……ですか」
伯父さんは、力なく床に膝をついて泣き出した。
それを見るなり、真衣も泣き出した。
そう、それは母を失ったという事実だ。
僕と真衣が産んだ母が、この世を去った事実が突きつけられた。
「伯父さん、泣いちゃうなんてあたしも……我慢していたんだよ」
真衣も大声で泣いていた、伯父さんも泣いていた。
僕は、立ち止まってふたりを見ていた。
泣いている二人を見ながら、僕は固まっていた。
泣き崩れる真衣、それを僕はどうすることもできない無力感があった。
そんな立ち尽くす僕に、看護婦さんがそっとハンカチを差し出した。
「あなたも、泣いているのね」
「僕が……」だけど、頬をつたるものがあった。
いつの間にか僕は泣いていたのだ。
「なんで、泣いているんだろう」
震えた声で僕は涙が止まらなかった。
会ったことも、ちゃんとまともに会話をしたこともない母。
それでも僕は、涙を止めることができなかった。




