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マジック・クロニクルのシティエリアに、モンスターは出ない。
当然戦闘はできない、相手に魔法をかけることも攻撃することもできない。
ここは他にプレイヤーもいないようだ。
巨大な橋の真ん中に、ピンクドレスのスカートを破ったロゼがいた。
あきらかな殺意を放ちながら、僕らの方を見ていた。
だけどピンクドレスのロゼこそ、モンスターだ。そしてロゼの分身でもある。
目が赤く光っていた。それと同時に、どうやら戦闘が解禁されたようだ。
「ロゼ?」
「違うよ、これは偽物?」黒い鎧のロゼが答えた。
「いいや、本物だよ」
ゴモリが無表情で続けた。
「さっきも言ったとおり、これは君のアバターだ。
君がクエストをクリアすることで記憶が現れた。紛れもない記憶だ。
その記憶をなぜクエストの報酬にしたと思う?」
「そのアバターなの?」
「正解。真衣の負の感情がこのアバターを作り出した。
全て悲しい記憶、全て辛い記憶、残酷なリアルだ」
「そっか」黒い鎧のロゼが険しい顔で、もうひとりのロゼを見た。
ドレスのスカートを破いて、じっと睨む。
その感情は悲しげだ。
「このアバター・インターフェイスは欠陥だらけだ。
実現するには何年もかかる、実験は失敗作だ。
でも失敗作で、危険があってもいい。真衣の魂をアバターごと封じ込められるのだから」
「そんなことをしていいと思っているのか?」
「思っている」ゴモリがそう言うと、ボロボロに破いたドレスのロゼが突進してきた。
それを阻むのが、黒い鎧のロゼ。
僕を吹き飛ばして、前に立ちふさがった。
「くうっ!」
「ロゼっ!」僕が叫ぶ。
それでもボロボロドレスのロゼは、巨大な斧を右手に持ちながら左手にゲイボルグを持つ。
そのまま、黒い鎧のロゼの脇腹を突き刺す。
「いやあああっ!」ロゼの鎧を貫通したゲイボルグ。
ゲームなので、血は出ないがロゼは苦しそうだ。
アバター化したロゼの痛覚は、そのまま残っているのだ。
「ロゼ!」
黒い鎧のロゼの体力が、みるみる減っていく。
さすがゲイボルク、一撃のダメージが高い。黒い鎧のロゼの顔が歪んだ。
ボロボロドレスのロゼは、不敵に笑う。
「くそっ、魔法を」
僕は急いで魔法を止めようとしたが、僕の周りにいきなり火の玉が飛び出た。
その火の玉がいきなり爆発をして、僕は吹き飛ばされた。
「させたりしない、爆破魔法っ」
ゴモリは、既に次の魔法の詠唱に入っていた。
持っていたロッドを構えて、青ざめた顔で僕を見ていた。
「詠唱できないっ!」
「ロゼとロゼの戦いは、タイマンで戦うことに意味がある。
君は邪魔だ!自由にさせるわけにはいかない」
「そんなこと、僕が許すと……」
「爆破魔法っ!」
ゴモリは魔法の詠唱を完了させて、僕の周りに火の玉が突然現れた。
火の玉が、爆発して僕のHPを削っていく。
何より厄介なのは、僕の体を吹き飛ばすのだ。
「くそっ、厄介だな爆破魔法」
「ダメージは高くないけど、吹き飛ばす。ブラウの弱体は効果的だ。
魔法は失敗しないと一番厄介だからね」
「やめてくれないか?」僕はヨロヨロと立ち上がった。
顔はススだらけで、ゴモリを睨む。
爆破魔法は詠唱が早い魔法だ。
この魔法は魔術師の弱点たる詠唱の長さをカバーする魔法で、相手を吹き飛ばせる効果がある。
「ネットの中に閉じ込められた美少女、素敵だろう」
「あなたは間違っている。リアルに目を背けてはいけないっ」
「君なら理解できると思ったのだけど、残念だ。
ロゼ、さっさと魂を喰らえ。お前はアバターとしてここで暮らすのだ」
ゴモリの言うとおり、ボロボロのドレスのロゼが右手で斧、左手に槍を構えて佇む。
肩で息を切らした黒い鎧のロゼは、両手で槍を持つ。
動きの速さも、攻撃もほぼ互角だ。HPの残りもほぼ同じ。
同じアバターだから、実力拮抗といったところか。
「なのであなたには邪魔をされたくないんです」
「足止めっていうわけか?」
ゴモリもまた僕に魔法をかけてきた。火の玉が僕の周りに湧き出す。
僕はゴモリの使う爆破魔法を、僕は走り回りながら避けるしかなかった。




