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~~サタルカンド・イースト九番街~~
ゲーム内のここは、結婚式をやった場所だ。
大きな橋が掛かっていて、街が分かれていた。
僕はイースト側の街から、ゆっくり歩いていた。
しかしここは雨が振っていた。強く激しい雨だ。
橋の中央まで歩くと人がいた。
ロゼだ、彼女がウエスト側の橋の淵でクルクルと回っていた。
ピンク色のドレス姿で回るロゼは、壊れたように笑っていた。
「ロゼ、ここにいたのか?」
「うん、ここは楽しい魔法の国『モルゲンロート』よ」
「そんな魔法は存在しない」
僕が言うと、回るのをやめたロゼ。不思議そうな顔で僕を見ていた。
「するよ、だってリアルで起きていることは関係ないし」
「ロゼ……」
「あたしは、何も怖くない。恐れることは何もない。
だってゴモリが全部消してくれる。あたしのリアルを」
「そう、消すの」
ゴモリは優雅にロゼの後ろから現れた。
そして、ゴモリは一人の少女を抱き抱えた。ロゼだ。
だけどこちらのロゼは、いつもの真っ黒な鎧を着ていた。
黒くてセクシーで、激レアのケルベロスプレートだ。
「ゴモリ……どういうことだ?」
「君にはリアルを見せた、君はロゼの……真衣の地獄を見た。
彼女はもうすぐ一人になる、一人になったら誰も助けてくれない。
そんな彼女は自分の居場所を見つけたんだよ、君も嬉しいのじゃないのか?兄として」
「それはできない」
「なぜだ?君だって、リアルに対して嫌っていたではないか?」
「違うとわかったんだ!」
僕ははっきりと叫んだ。
すると、いつもの黒い鎧を着ていたロゼが顔を上げた。
眠りから目を覚ましたように、目をこすった。
「お兄……ちゃん」
「ネットゲームは楽しい、冒険は楽しい、マジック・クロニクルは楽しい。
オフゲーと違って人と出会い、いろんなことを経験もできる。
リアルで届かない自分になれる、なりたい自分になれるそんな魔法の場所だ。
だけど、僕たちはリアルで生きている人間だ人間である以上、生きなければいけない。
生きづらいリアルが、僕らの住む世界なんだ」
「でも……ママはもう死ぬの」
ピンク色のドレスを着たロゼは、悲しそうな顔を見せた。
「お兄ちゃんはパパがいて学校に行っていて、ひとりじゃない!
でも、あたしは一人。学校もいかないし、友達もいない。
ママの介護で、全部捨てたの。捨てたのに……あたしは捨てられる」
「僕がいる」
「お兄ちゃん……」
「僕はずっとロゼの家族なんだ。血を分けた」
「そうだね」ドレスを着たロゼが、ゆっくりと近づいてきた。
泣き出しそうな顔で、橋の真ん中、僕の前にやってきた。
「お兄ちゃんがいるからね」
「ああ」
「だめっ!」
その瞬間、ゴモリに抱かれた黒い鎧のロゼが立ち上がった。
そのまま離れて、ゴモリが僕の方に駆け寄った。
目の前のピンクドレスのロゼは、右手を後ろに伸ばす。
「お兄ちゃんは一人にしないよね」
「もちろんだ」
「じゃあ、死んで」
ピンクドレスのロゼは、右手でいきなり巨大な斧を振り上げた。
怪しく微笑んだロゼは、グランドアクスを片手で振り上げた。
「させないっ!」真っ黒な鎧のロゼは、ゲイボルグを突き出した。
そのまま、ピンクドレスのロゼは振り返って、ゲイボルグの槍先をグランドアクスで受け止めた。
「ロゼ……やはり本物は君か?」
「お兄ちゃん、会いに来てくれたのね。すごく嬉しい」
「ああ」僕は二人のロゼが、にらみ合うのを見ていた。
「お兄ちゃん、どうして?」ピンクドレスのロゼが、叫ぶ。
「僕も君と同じだからだ」
「嘘よっ!」
「ちょっと、だまんなさいよ。あたしの記憶」
黒い鎧のロゼは、じっと睨んでいた。
「だいたいゴモリも、趣味が悪いわよ。あたしはこんなに太っていないから」
「リアルにできていると思いますが」ゴモリはじっと直立で橋の端から見ていた。
「あたしは、もう嫌なの。
ここになら、永遠の命がある。あたしは何も怖くない」
「ゲームだけでは、お前を絶対に満たさない」僕が叫ぶ。
「満たすわよ、あたしは廃人だがら」
「黙りなさい、偽物のあたしっ!」黒い鎧のロゼは歯を食いしばって押し込もうとした。
「何を言っているの?アバターのあたしこそ、真実、真理、真の姿。
あなたの記憶と心の姿よ」
ピンクドレスのロゼは、黒い鎧のロゼの槍を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた黒い鎧のロゼは、険しい顔を見せていた。
「お前はどうなんだ、ロゼ?」
「あたしは、だって夢がないから」
「ロゼ……それは」
「リアルに夢がないから」
「それは違う!夢を見なかっただけだ」
僕の言葉に、二人のロゼが同時に僕の方を見た。
「僕もそうだった、夢は見るもんじゃないんだ。
探すものだよ。僕は探せなかった、いや探し方を忘れていた。
でもロゼ……君が教えてくれたんだ。夢の探し方を」
「お兄ちゃん」
「目を覚ませ、ロゼは一人しかいないんだ」
「うん」黒い鎧のロゼが、僕の話を聞いていた。
「邪魔をするな、君の問題ではない」
ゴモリが今までになく、冷たく言い放った。
「いいや、家族の問題は僕の問題だ」
「そうか、なら仕方ない。ロゼを統一化するしかないな」
そう言いながら、ゴモリは右手に小さな鐘を持っていた。
「この世界は、ロゼのいるべき居場所だ!」
そう叫んだとき、ピンクドレスのロゼは苦しみ始めた。
真っ黒な鎧のロゼは、ゲイボルグを身構えて苦しむロゼを見ていた。
「さあ喰らえ、ロゼを。アバターのロゼは、魂を喰らい尽くせ。
そして、ロゼは……真衣はここで永遠に暮らすのだ」
ゴモリがまるで悪役のごとく、高笑いをした。
「……もう苦しみたくないだろ」
最後に、ゴモリがそう言うと僕らの前に一匹のモンスターが現れた。




