001
~~キュベリオン・トウガキ山脈~~
僕たちは剣を持って戦っていた。
戦うといっても、ネットワークの世界だ。
『マジカル・クロニクル』このゲームの名前、ファンタジーなので剣と魔法の世界だ。
周囲をぐるりと取り囲む岩山も、ネトゲの視界。
長い剣を構えて、魔法を詠唱するのが僕『ブラウ』だ。
短い髪で、青い背広のようなスーツを着てキャスパルは『妖術師』、魔法使いの一種だ。
キャスパルというのは、RPGで言うところの職業みたいなもの。
武器は普通の魔法使いのような杖を使わないで、『魔法剣』という魔法の力を宿した剣を用いる。
そんな僕たちは今、パーティを組んで戦っていたのだ。
グオオオッと上空から雄叫びが聞こえた。
相手にしているのは、大型モンスターの大型ドラゴン『リンドブルム』だ。
大きな翼で、上空を自由に飛んでくる。
風圧だけでも巨大な突風が吹いて、飛ばされそうだ。
「そっちに向かったぞ!」
魔法使い風の男が叫ぶ。黒マントをなびかせたローブを着た長髪の男は、オランジュだ。
杖を持って魔法の詠唱をしていた。
オランジュは、攻撃魔法が得意なキャスパル『魔術師』だ。
「狙った獲物は逃さないよ!」
弓を構えた、小さな女の子が上を見上げた。
彼女の名は、ロート。弓を構えて凛としていたが、アバターとしては最小の背丈だ。
ロートのキャスパルは『射手』、遠距離攻撃ができる弓矢を得意とする。
「こっちに来なさいですぅ」
岩山の反対方向に、猫耳な女騎士。
全身フルプレートを身にまとい、剣と大きな盾を装備していた。
少し間延びした彼女は、ゲルプ。キャスパルは『騎士』だ。
ゲルプが惹きつけると、リンドブルムが急降下をしてゲルプに襲いかかった。
巨体の体当たりを、ゲルプが大きな盾で必死に防ぐが、
「きゃあっ!!」
ゲルプは吹き飛ばされた。
それでも、翼竜リンドブルムは高度を下げてきた。
「攻撃可能範囲に降りたな」
僕の言葉と同時に、魔法を完成させたオランジュが魔法で完成させた火弾を叩き込む。
さらにロートが矢を放つと、リンドブルムの体力が削られた。
オンラインゲームなので、リンドブルムのHPゲージが減っているのがわかる。
「ゲルプさんも攻撃行けるか?」
「だけどブラウの弱体頼りですぅ」
「あと二つ、『麻痺』と、『火毒』を入れて……オッケ」
「じゃあ、行きますよぉ」
「ゲルプさん、翼狙って。飛ばれると厄介だから」
「わかりましたっ、いきますぅ」
重そうな鎧を着たまま、ジャンプをするゲルプ。
ジャンプ攻撃で、リンドブルムの右翼を思いっきり剣で斬りかかった。
「フライングスラストっ!」
しかし位置がずれたのか狙いが悪いのか、リンドブルムの竜頭に大剣が命中した。
剣のダメージが大きく、クリティカルヒットだ。
「もう、ゲルプったら」ロートが叫ぶ。
「さすが、安定のゲルプさんですね」オランジュも苦笑い。
「ごめんなさいですぅ」
「覚醒した!」
ゲルプが謝ると同時に僕は叫んだ。
それと同時に僕は、魔法の詠唱を始めた。
頭に大きな傷を受けたリンドブルムは、大きな声を上げて叫んだ。
痛みによるものじゃない。それは仲間を呼ぶ咆哮だ。
咆哮と同時に、周囲には敵が小さい竜が見えた。
「くそっ、来たか。数多いな」
「ロート、足止めを」
「うん!」
僕たちの周りはあっという間に、子竜に取り囲まれた。
数にして十匹ほどだ。ゲルプは周囲を見回す。
だけど、僕は慌てることはない。
「問題ない、子竜は全部、僕が相手する。『眠り霧』!」
『眠り霧』を既に詠唱完了させていた僕は、すぐさま近くの子竜を寝かせた。
魔法は成功、子竜が眠りについた。
「さすがリーダー」
僕は弱体のスペシャリスト、相手に弱体をかけるのは得意だ。
『深い眠り』と『眠り霧』を交互に使いながら子竜を無力化していく。
「漏れた分は……」
「ロート、痺れの矢だ!」叫んだのはオランジュ。
「わかっているけど、数が」
ロートは、子竜あまりの数に混乱しているようだ。
十匹も同時に現れた子竜で、魔法範囲外にいる奴が僕に襲って来る。
体当たりで僕のHPを削り、魔法の詠唱を阻む。
ロートが狙いを定め、ようやく『痺れの矢』を放つが子竜によけられた。
「くううっ!」
「落ち着いて狙って!」
「しょうがない、俺もやる」
オランジュが攻撃の手を止めて、反転能力で妖術師に変わった。
プレイヤーは一般的に二つのキャスパルになれる。メインとサブだ。
メインのキャスパルから、サブのキャスパルに変わる時にレヴェラッソするわけだ。
妖術師の正装である青いスーツに着替え、剣を持つ。
「俺の弱体で寝かせて……」
「ダメだ、オランジュ。リンドブルムに攻撃に入って」
「けど……」
オランジュが『眠り霧』を使うが、子竜にレジストされてしまった。
魔法をかけられた子竜は当然のことながら、オランジュに襲いかかってきた。
「オランジュの魔法は、リンドブルム本体を沈めるのに必要だ!」
子竜に殴られながらも、僕は強気に言い返した。
攻撃を喰らいながらもそれでも、襲って来る子竜を一匹寝かせた。
「けど、これじゃあ……」
「それより、本体の方を誰か攻撃して~」
遠くでゲルプの悲痛な叫びが聞こえた。
リンドブルムと一人で戦うゲルプは、リンドブルムの攻撃を食らって地面に叩きつけられた。
騎士なので攻撃力は低く、リンドブルムを倒すのは無理だ。
はっきり言って、戦闘はグダグダだ。
ある程度予想はしていたが、このパターンは負けパターンだ。
リンドブルムの体力が覚醒後から減っていない、戦力が分散されていた。
「これはまずい、エリア撤退する?」
「リーダー、どうする?」
オランジュとロートが僕に促してきたが、僕はチャットできる余裕がない。
子竜が次々と襲ってくるので、逃げながら魔法を唱えていたからだ。
「リーダー、もうだめぇ」
「ゲルプ、だけど……」
「しょうがないわね」
そう言いながら、僕たちの背後からなぜか声が聞こえた。
そして後ろから出てきたのは、黒い鎧を着た一人の女性。
ロングのストレートヘアーに、鋭い目。見た目は戦士風だ。
それからアバターなのか強調された豊満な胸。
長い槍を構え、リンドブルムの方に走り込んできた。
乱入者に気づいて子竜の一匹が、女戦士に体当りするが槍で一突き。
「どいて!」
子竜はそのまま即死した。
女の目の前ではリンドブルムに、盾を持ったままのゲルプが吹き飛ばされた。
「きゃああっ!!」
それをよそ目に、女はリンドブルムの前で飛び上がった。
華麗にリンドブルムに飛びかかっては、巨大な槍で突き出す。
「くらえっ!奥義、『カオスストライク』!」
槍先がリンドブルムの頭を貫く。
リンドブルムの竜頭を、黒い槍が貫通した。
それと同時に、リンドブルムが叫ぶ。咆哮じゃない、明らかに苦しんでいた。
そのまま、リンドブルムは一撃で地面に倒れた。
同時に、僕らの周りに群がった子竜たちが姿を消した。
その声を見て、僕はハッとした。
リンドブルムのHPは0になったのを知った。
「一撃……」
「スゲェ」オランジュも驚いた声を見せた。
漆黒の鎧を着た女は、すました顔で倒れたリンドブルムの上に立っていた。
「ありがとう、助かったよ」僕が手を差し出すが、女戦士は無言だ。
僕らの後ろでは、オランジュとゲルプ、ロートの三人が揃っていた。
「すごいですぅ、あの人は?」
「ロゼです、あの伝説の戦士!」
ロートが一言言うと、女は長い髪を優雅にかきあげて、僕たち四人パーティを見ていた。
「残念だけど、伝説の戦士という言葉は嫌いなの。
人を無理やり美化している言葉だから、価値のないものを価値あるように言われるのが嫌い」
「じゃあ、お前は何だ?」
僕は当然口にした。
「そうね、あたしは廃人よ。廃人ロゼ」
自らを廃人と名乗りながら、リンドブルムを突き刺した巨大な槍を引っこ抜く。
そのまま背に担いで僕らに背を向けたロゼは、歩き出していた。




