これからのこと
カイルとセイディアがヴァーリアン家を訪れると、伯爵は怒りをあらわにしていた。
「アリアをどこに連れて行った!」
「アリア? いなくなったのですか?」
カイルが目を丸くして聞き返す。
「何を白を切って…」
「私は先ほどセイディアが失礼なことをしたそうなので謝罪しに参ったのです。アリアとは会ってませんよ」
「いなくなってどれほど経つんだ」
真剣に聞いてくる二人に、伯爵は「関わっていないのか…?」と考えたが、疑いを持ったまま「一時間ほど前のようです。私は気を失ってましたので」と答える。アリアを殴ろうとして反撃されたとは言えないが、どうも魔術師が絡んでいるとしか思えないことなので、じっとりとした視線をセイディアに向けた。
その間にもカイルが町を捜索させると言い出す。
もちろんこれはただの建前。
見つかることはないだろう。
アリアはすでに町から出している。信用している部下の一人に、自分の領地まで連れていくよう指示を与えたのだ。町を出るまで姿を消す魔法もかかっている。
関知していないという工作のため、カイルはもう数日「アリア探し」のためこの町に残ることにもしていた。
セイディアは「王にも報告し、王城の周りに捜索願を出すよう頼んでみよう」とそれらしく告げ、ヴァーリアン家を出た。実際行うのは、この町だけになるのだが。
そして城には戻らず、アリアの乗った馬車を追うのだった。
***
「主から言伝は受け取りました。しばらくはこの屋敷に滞在していただきますので」
「はい、お世話になります」
カイルさんの屋敷につくと、ここまで連れてきてくれた部下の方――オルトさんが使用人に説明して、カイルさん直筆の手紙を渡してくれた。どう説明づけて私をここにやったのかは知らないが、とりあえずは一息つく。
「じゃあお嬢さん、カイル様が来るまでいい子にしているんだぞ」
オルトさんはカイルさんより年上のようだったが、道がてら自分の上司のことを話す様子から、かなり尊敬しているとみた。顔は強面だが、話してみるとやさしい人だとわかる。
「送っていただいてありがとうございます」
「いや、大変だと思うが頑張れよ」
そういって、再び私のいた町へと馬車を引き返した。
私は客室を与えられ、ちょうど夕食時だったので広間へ案内された。するとセイディアさんが先に席についていた。
「よお。無事で何よりだ」
「そちらもスムーズに事が運んでいるようで」
「今町では、アリア嬢捜索部隊が壮大に組まれているだろうよ」
それはそれで複雑な気持ちになるのだが、まあ覚悟はしていたので苦笑いしておく。
とりあえずおなかがすいたので、二人で食事を始めた。
セイディアさんはこのあとゆっくりと城に戻り、王に状況を説明してくれるらしい。ゆっくりと、と断言したのが彼らしいところだ。これでも一応、王には一目置いているらしい。
「歴代の王の中で、頭の切れる男だ。師は王宮に仕えるのを嫌っていたし、俺もあの王でなければ今頃国を出ていた」
「セイディアさんの自由奔放さを受け入れたうえで更に放任している方ですものね」
「そういうことだ」
愉快そうに笑うと、また来る、と城へと向かった。
次に会ったときは五日ほど過ぎていて、カイルさんも戻ってきた時だった。
父はどうやらうまく誤魔化せたようで、定期的に町へ訪れることを約束したらしい。もちろん父は嫌な顔をしていたそうだが。
「何から何まで、ありがとうございました」
「私は大したことは何もしていないよ。 さて、と。アリア、そろそろ今後のことを話そうか」
メイドが紅茶を出してくれたので、それを飲みながら三人で話を始める。
「君の身柄は、伯爵のこともあるので表に出すことはできない。けれど、王にはセイディアが弟子をとったことを報告する義務がある」
「すでに伝えてはある。まあ、アリア嬢だとは告げていないが、恐らくは勘付いているだろう。何も言ってはこなかったので、勝手にやってよしという事だ」
さすが国王陛下。懐が深い。
カイルさんは、私に自分の姓を与えて生活を保護するといってくれたが、私はもう決めていた。
「お心遣い大変ありがたく思います。ですがカイルさん、私にはそのような待遇不要です」
「アリア…」
「遠慮しているのではありません。私が父に似て強欲なのは、すでにわかっているでしょう?」
自分の人生を得るために家族を捨ててきた人間だ。
これを強欲と言わず、なんと呼べばいい。
「私は今まで冷遇されながらも、どこかで伯爵の娘であることに甘えていたのだと思います。実際、偉そうなことを言ってきましたが、父の仕事も町の様子さえもちゃんとは知らないのです」
屋敷の中で生きていたことに甘んじていたのだ。
「カイルさんの庇護の元なら幸せな生活を送れるでしょう。……でも、私は、もっと世界を知らなきゃって、そう思うんです。ヴァーリアン家を潰すと決めたのは私です。自身で社会の厳しさや物事の難しさを学ばなければ、私は私の嫌っている"形だけの権力者"になってしまいます」
どうせならば、誰も文句を言えない立場まで実力で這い上がりたい。
女で、子供で、平凡な自分にどこまでできるかわからない。
けど、こうやって前世の記憶を持っていることに何か意味があるのなら、私はそれを一つの希望として見出したい。
「それに、私はセイディアさんの弟子なんですから。屋敷で暮らして、いつ修行してもらえというんですか?」
「…セイディアのそばに置くのは不安だが、君がそう決めているのなら私が口を出すことでもないな」
苦笑するカイルさんに「不安ってなんだ」とセイディアさんが不満げに言う。
「君の悪影響を受けないかという話だ。間違ってもアリアが怠慢魔術師にならないことを願う」
「失礼な、俺はちゃんと働いている。ただ、すべてにおいて面倒なだけだ」
「それを言ってるんだよ…」
セイディアさんはまだ納得していなかったが、私に向かって「アリア」と名前を呼ぶ。
「俺は王宮にも部屋を持っているが、そちらにはほとんど帰っていない。城の近くに家を持っていて、普段はそこで生活をしている。お前がいいのなら一緒に来たらいい。物置代わりにしている部屋がひとつ空いている」
「お邪魔させていただきます、師匠」
「ではすぐに出発する」
「もう行くのか」
カイルさんがそう聞くと「掃除から始めんとならんからな」と席を立った。
私は部屋からバッグを持ってきて、セイディアさん――師匠と並び、カイルさんに再び礼を言って屋敷を出る。
「言っておくが、俺は修行には手抜きしない。それに魔術師だからといって魔法にばかり頼るのも好かん。武術はなんでもやらせるから、得意なものをひとつでも極めろ」
「がんばります」
これから始まる、予想もできない日々に、私は密かに胸を躍らすのだった。