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「いったいどういうおつもりですかな、セイディア殿」


駆けてきたのか、父の額には汗が浮かんでいた。

問われた本人は「…というと?」としれっとしている。


「私のいない間に娘に会うとは、あらぬ誤解を招いても文句は言えませんぞ」

「ずいぶん過保護な父上だ――私は国の名を背負っている。それに恥じる真似をするとでも?」


目つきの悪いセイディアさんに冷たく一瞥され、父は「ぐっ」と言葉に詰まる。

私は「セイディアさん」と口を開く。


「私を心配してのことなのです。あまり父を責めないであげてください」

「ああ…そうだったな、アリア嬢は病弱であったか」

「そろそろベッドに戻ります。楽しいお話、ありがとうございました」


このまま父を煽ってもきりがないので、こちらからそう告げるとセイディアさんは頷いた。

彼が出ていくと、父は私を睨みつける。


「ずいぶんと親しくなったものだな、アリア」

「気を使ってくださっているのです」

「ガキのくせに…母親そっくりだ」


吐き捨てるような言葉に、私は父と目を合わせる。

だが父は怒りが優っているのか、そのまま続けた。


「お前の母親もそうだった。男たちを誑かしていいように使っていた」

「…母はそのようなことをいたしません」

「お前を産んですぐに死んだ女のことなど、何がわかる! 本来であればお前など屋敷に置くはずではなかった。同情して置いてやっていたのだ。お前は恩を仇で返すのか!」


真正面から言われるが、私の感情は一切動かない。

逆に冷静になっていた。

父は、なぜここまで私を憎むようになったのだろうか。

そして娶ったはずの母を、なぜそこまで蔑むのか。


「お前が城の連中とつるんで、何かを探っていることくらい知っているぞ。そんなこと、させるものか」


父は、近くのテーブルに一枚の紙を叩き付ける。

私は顔をしかめた。


「なんです、それは」

「お前の"結婚相手"の承諾書だ」

「……私はまだ十になったばかりですが」


この世界でも、結婚するには女性は16歳、男性は15歳と年齢が決められている。

父は「わかっている」と言って、下品な笑みを浮かべた。


「相手はアーノルド侯爵、五十になる爺だ。適齢期までは養子縁組を組むことになった。いつ死ぬかわからんが、相手に付け入るのはお前のお得意とすることだろう。せいぜい媚を売って遺産をもらえばいい」


はあ、と私は心底呆れて溜息を吐いた。

まったく、この父親は。


「どうした、絶望で声も出ないか」

「――…よ」

「なに?」

「馬鹿馬鹿しくて、コメントも出ないつったんですよ」


おしとやかで控えめな態度を投げ捨て、素で言い返すと父は口をぽかんと開けた。

私は椅子に腰を下ろし、テーブルにひじをついて父を見上げる。子供がする動作ではないだろうが、それを気にするほど私の機嫌は良くない。


「せめてこの屋敷を出る時まで我慢しようかと思っていたけれど、無駄な努力みたいだしね。ガキ相手に大人が、なにを権力出してきてるんだか。それで私が縮こまって泣き叫ぶとでも?」


ふ、と嘲るように笑いを漏らすと「貴様…」と青筋を立てる。

養子縁組なんてものは、ある意味での人身売買だ。特に、噂がたっているヴァーリアン家が娘を養子に出したともなれば、何かしら背景を想像するだろう。それはもう、下世話なことまで。


「それが本性か…!」

「本性とは失礼ですね。私はあなたの理想の娘になろうと努力していましたよ? "決して自分に逆らわない都合のいい娘"をね」


楽しかったですか?

にっこり聞くと、口をぱくぱくさせている。感情が先にいき、頭が追いついていないのだろう。

だが、私は心底がっかりしていた。


「父上を過大評価していたようです。こんなつまらない結果になるのなら、もっと早く決断していれば良かった。――私は養子にはならないし、好色な爺さんとは結婚いたしません」

「お前に、拒否権などあるはずがないだろう」

「ええ、ですから手の届かない所へ行かせて頂きます」


私が立ち上がると父が殴りかかって来る。しかし私に触れる前に、見えない何かに弾き飛ばされた。


「ぐえっ…!」

「セイディアさんの防御魔法、すごいな…」


ぐえって、まるで蛙だ。いや、そんなかわいらしいものではないので蛙に失礼か。そんなことを考えながら、気絶した父を無視してそのまま部屋を飛び出し階段を駆け上る。

自分の部屋に飛び込んで、ベッドの下の床板を一枚はずして、その中から小さなバッグを取り出した。いつここを出てもいいように、ずいぶん前から用意していたものである。それを肩に担いだところで、騒ぎを聞きつけたのか義母と義姉、それからローザが部屋の入り口に集まっていた。


「アリア! お前はいったい何をしようと…!」

「義母上、義姉上。応接室で父が倒れてますので、介抱しに行ってはいかがですか?」


にこりと言い放てば真っ青になる。


「ローザ、勝手をしてごめんなさいね。どうやら私には、もうこの屋敷にいる理由がなくなってしまったようです」

「アリア様…」

「決して遠くない未来、また再会しましょう。その時はちゃんと、玄関から出入りするわ」


小さくウィンクをして、そのまま窓から飛び出した。女性陣の悲鳴がしたが、大丈夫、自暴自棄になったわけではない。

私はブレスレットをしている左腕を突き出す。


「"フィナンシュ! 取り巻く疾風よ 我が道を護り防御せよ!"」


石から緑色の光が出て、私を包むと落下速度を緩めた。私は、すたん と軽く着地する。

ちょうどベランダから父がまだ倒れているのが見え、上を見上げるとぽかんとした表情で義母たちが私を見ている。

習いたてで上手くいくか不安だったが、万事解決。

私は優雅にワンピースの裾をつまんで、「それではみなさま、ごきげんよう」とそのまま身をひるがえし屋敷を飛び出した。






町に向かって走り続けていると、途中でセイディアさんの背中を見つけた。「セイディアさん!」と名を呼べば、彼はぎょっとしたように振り返る。


「アリア嬢? 先ほど別れたはずだが?」

「事情が変わりました。私を匿ってください」

「…とりあえずカイルのところへ行こう。話はそれからだ」


そういって杖を取り出すと、私に魔法をかけて姿が見えないようにした。

セイディアさんに続いて町のギルドに向かう。その途中で、父が爺さん相手へ養子を出して結婚させようとしたことを説明した。話の内容に、彼の眉間のしわが深くなる。カイルさんと落ち合った頃には、すっかり不機嫌になっていた。


「セイ? ここには来ないと思っていたが」

「カイル、俺がヴァーリアン家を後にしてすぐアリア嬢が屋敷から投げ出した」

「なっ…!」

「いいか、俺は"会っていない"し、彼女は"ここにもいない"」


それでピン、と来たのか、カイルさんは視線を私のいるであろう場所にちらりと向けると「わかった」と頷く。それから二人が滞在している宿へと向かった。部屋に入り、セイディアさんは私の魔法を解く。

姿が見えるようになり、「アリア…」とカイルさんに声をかけられたので頭を下げる。


「申し訳ありません。感情に任せて事を急いでしまいました」

「頭を上げてくれ、アリア。君が怒るのは仕方のないこと――私でさえ怒りを感じている」


父のことを考えているのか、カイルさんの目が冷たく据わっている。

まあ、私の場合怒っているよりは呆れが先だったのだが、それは黙っておこう。


「お二人にお願いがあります」

「…なんだね?」

「父……いえ、ヴァーリアン家のことは、私にいったん預けてはくれないでしょうか?」


そう告げると、二人は私を見据える。


「今回、お二人が見た町の様子を王に伝え注意をしてくれれば、しばらくは父も大人しくなるでしょう。けれど、すぐにまた悪事を始めると思います。その時は、私の手で全てを終わらせてください」

「…屋敷を出た今、お前はただの一般人だ。伯爵家を処することはできんぞ?」

「あら、私はこれからあなたの弟子になるんですよ、"お師匠さま"」


つまり、それなりの身分になれば問題はないんでしょう?


「……やはり、根性は十人並みだな」

「お褒めの言葉、光栄に思います」



ようやく今、私の人生は始まったのだ。





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