魔法のお時間
屋敷の者の反応は各々だった。
セイディアさんとの一部始終を見せつけられた義母と義姉の態度は悪いが、私に何かあったら彼らに伝わると思ったのだろう。父が下手なことをするなと二人に注意をしていた。
ローザは最初こそ心配していたが、私が楽しそうにしているのが伝わったのか、二人と何を話したのか聞きたがった。
「すごいことなんですよ、アリア様。なんて言ったって、王城からいらっしゃる魔術師様なんですから。その彼に気に入られたとなれば、国中が驚きます。特にあの方は、自分の好かない相手には容赦がないとの噂ですもの」
うん、ものすごくわかるよそれ。
夜、セイディアさんからもらった魔法石を取り出す。
淡い緑色の石だ。
セイディアさんの防衛魔法がこもっているというのだから、かなりの力がこめられているのだろう。そう思うと少し恐れ多くて、ポケットに入れたままにできない。私は枕もとにそっと石を置いて目を閉じた。
本番はこれからだ。
正直なところ、少しだけ不安。
頭の中は大人だけれど、結局のところ私は子供でしかない。
カイルさんの言う通り、無理して一人で突っ走る癖もある。それも自覚しているのだけれど、なかなか治らないのは前世の性格が優っているかだろう。でも、"アリア"としての消極的な自分もいるからこそ、バランスが取れているのだ。
そう考えると、私はなかなかについているのかもしれない。
全部うまくいきますようにと、眠りについた。
近々、と言ったくせに、次の日になってセイディアさんが屋敷を訪れた。
父は仕事で屋敷を出ており、義母が慌てて対応したが「アリア嬢がいればいい」と言って応接間に一人通されていた。
「セイディアさん、ごきげんよう」
「よお、アリア嬢。よく眠れたか?」
「ええ、おかげさまで」
私は彼の向かいに腰を下ろして苦笑いする。
「セイディアさんは、ロリコン疑惑を深めたいのですか?」
「…なんだそれは」
「昨日のことといい、さっきの義母に対しての言葉といい、どうもそれを狙っているようにしか聞こえませんよ」
「思いたい奴にはそう思わせておけばいい。それに、ある意味ではその方がお前も変に狙われないだろう」
国内最強の魔術師のお気に入りの娘。
確かに下手に暗殺だのなんだのと手を出すものがいるとは思えない。
うわ、考えただけで鳥肌が立つ。色々な意味で。
セイディアさんは「失礼な顔をするな」と愉快そうに言う。
「ところでカイルさんは?」
「あいつは町のギルドにいる。視察も兼ねて情報収集だ」
「セイディアさんは行かなくていいんですか?」
「俺は顔が売れすぎているからな。面倒な依頼を押し付けられても困る」
まったくもって、国に尽くす魔術師のいうことではない。
ふと、「昨日の石は持っているか?」と聞かれたので包んでいたハンカチを開いて見せる。
「昨日はちゃんと説明できなかったからな。本格的に魔法を教えるまでに基礎くらいは身につけてもらう」
「いま教えてくれるんですか?」
少しだけな、と言ってセイディアさんは魔法石の説明をしてくれた。
魔法石はその名の通り、魔力を帯びた石のこと。自然界からその根源となる力を吸収し、物質として形成されたものだ。その石自体に相性のいい魔法をかけることができるし、また精霊との契約の際も石を用いることが多い。
「その石は風の魔力がこもっている」
「じゃあ風の精霊との契約ができるんですね」
「ああ、ちょうどいい。実践だ」
そういってベランダに移動するので、私も石を持ってついていく。
窓を開けると振り返った。
「屋敷の庭の精霊と契約を結ぶ。石に自分の魔力をこめてみろ」
「…魔力を」
「手のひらから、自分の中にあるエネルギーを流すイメージを持て。それと同時に精霊に話しかけるんだ」
いきなり言われても難しいのだが。
私は目を閉じて、手のひらに集中する。
魔力なんて、今まで感じたことがないけれど、セイディアさんにもらった石だと意識しているからか、風の音がやけに聴覚を刺激する。そのうち、ふわりと温かくて心地よい風に包まれた。次第に、風の音以外にだれかのひそひそ話が聞こえてくる。
『だぁれ?』
『契約をむすぶの?』
『ひとの子だ』
『変わった魔力のにおいがするよ』
『きらいな魔力じゃないね』
『では、私が』
ひときわ大きくなった声に、私は思わず目を開ける。
「驚いたな…」とセイディアさんが珍しく目を丸くしている。
私の目の前に女性がいた。けれど、ただの女性ではなくて耳はとんがっていて、全体的にうすい緑の光を帯びている。
『私の名は、フィナンシュ。あなたの力となりましょう』
「―よろしく、フィナンシュ。私はアリアです」
自然と受け入れてしまった。
するとフィナンシュは本当に光となって石の中に吸い込まれていく。
「…今のは上位クラスの精霊だ」
「そうなんですか? 私、運がよかったですね」
「いいどころの問題ではない」
どこか呆れたように言う。
「上位の精霊は珍しくはないが、こちらから契約を願い出るのがほとんど。今のように、いくら契約を望むものがいたとしても、自ら名乗り出ることはまずない。人間から名を告げ、契約をしてほしいと頼むんだ」
「…気まぐれさんなんですかね?」
「お前にそうするだけの価値を見出したということだろう」
やはり教えかいがありそうだ。
…本格的に教えが始まったら、しごかれるような気がしてきた。
そうはいっても、自分に魔力があって、精霊と契約できたのが素直にうれしい。
セイディアさんは石を加工して皮のひもにくくりつけると、「腕にはめなさい」と渡した。私はそれを左手首にはめる。ブレスレットとなった風の石は、今までもそうしてきたかのようにぴったりとなじんでいた。
それから簡単な風の魔法を教えてもらう。
使ったことがない魔法は、やはり体力を消費するらしく続けて練習しようとした私を止めた。あまりに魔力を使いすぎると気絶するか、最悪死に至る場合もあるからだ。それくらいは知っていたのだが、楽しすぎて頭から飛んでしまっていたようだ。
それから父が血相を変えて帰ってくるまで、私はセイディアさんと楽しくお茶をするのだった。