怖いもの知らず
屋敷に戻る前に、町で食事をしようという流れになり、三人は結界の地から離れた。
まだ後を追ってくる者たちはいるそうだが、こちらは今のところ表だって探る気はない。
理由をつけてしばらくは滞在する、とカイルさんが言ったからだ。
にぎわう町中の、入りやすそうな食事処の扉をくぐる。
この世界での外食は初めてだったのでどんなものかと思っていたが、野菜たっぷりのシチューや柔らかく煮込んだ牛肉のソテーなど、割となじみのある料理がでてきてうれしかった。屋敷ではあまり豪華な食事は与えられなかったし、正直なところ味も好きではなかったがこの店の料理は気に入った。
「アリア嬢、たくさん食え。思っていたが少し痩せすぎだ」
「セイディアさん、こんなには食べられません…」
皿にこんもりと盛られた食事に苦笑する。
この年頃は食べても食べても太らないのだが、これからさらなる成長期が来た時に油断しないようにしようと心に決める。女性の体重問題については、前世でいやというほど経験してきた。
しばらく楽しく食事をしていたのだが、がやがやと店内がうるさくなってきた。
なんだろうかと耳を傾けると、どうやら客が店に難癖をつけているらしい。柄の悪い男が数人、店主らしき年配の男性に絡んでいた。
「こんなまずい料理を客に出して、許されると思ってんのかぁ!?」
「金なんか払えるかっつーの!」
「うわぁ…いい大人がタダ食いせびってる…」
思わず声に出た本音が意外と店内に響いてしまった。
男たちがそれはもうこわい顔で私を振り向く。
「あ、私いま声に出ていましたか?」
「かなりはっきりとな」セイディアさんが呆れている。
「嬢ちゃん、俺らに何か文句でもあるのか?」
腹のでかい大男が聞いてきたので、「文句は別にありませんが」と口を開く。
「見苦しいなぁ、と」
「あぁん!?」
「さんざん食い荒らしておいてその態度は、大人っていうより人間として恥ずかしい行為だと思いますけどねー。ま、モラルっていうものを持ち合わせていないのだからそういうふざけたことを言えるんですけど。ていうかこんなにおいしいのにまずいって大丈夫ですか? え、もしかして味覚障害? お医者さんにかかったほうがよろしいのでは?」
笑顔で一気に捲し上げると、男たちだけではなく店内の客もぽかんとした。だが、ぽつりぽつりと「確かにうまいよな、ここ」「俺なんか週二で通ってるよ」などと漏らす客もいる。
男たちは怒りで顔を真っ赤にさせる。
「ふざけるなよこのクソガキが…!」
男の一人が私にむかって拳を振り落してきた。
子供に拳って最低じゃない?
だが私が避けることはなかった。なぜなら男の手は私の顔面に当たる直前で止まってしまったのだ。その状況に、彼自身が驚いている。拳を引っ込めることもできず、ただその位置で腕が固まってしまっているのだ。
「ストレスでも溜まっているのか?」
「ストレスはかなり溜まってますけどね。"取引"はもう始まってるんですよ」
そういえば「なるほど」とセイディアさんは魔法をといて男の腕を自由にする。
魔術師だ、と周りがさわざわし始める。
私はわざとらしく小首を傾げる。
「昼間からこういうことが起きるなんて、この町も物騒なんですね」
「確かに。"報告する"のに値すると思うがどうだ?」
「……"城に帰ったら"、それなりの対応はとらせてらおう」
わざと言葉を強調すると、何か心当たりでもあったのか、男たちは一気に青ざめて「払えばいいんだろ!」と金を叩き付けると店から逃げ出した。
カイルさんの言ったことに戸惑う人たちもいたが、店主が礼を言ってきた。
「助かりました…!」
「いや。時に店主、こういうことはよく起こるのか?」
「はあ…最近になりましてああいう連中を見かけるようになりました。他の店でも迷惑しているんですよ」
「常習化しているってことね」
私の呟きにカイルさんは頷く。
だが「無茶をしすぎだ」と軽く叱られた。だってイラッとしたんですもん。
「しかしかまをかけたつもりだったが、やはり関わりはあるみたいだな」
「二人がこの町に来てることなんて知らないのが普通ですからね。城という単語に反応したことで、父と接触しているのがよくわかりました」
「決定的とは言えないけれど、疑問点のひとつとして挙げられそうだね」
それから目立ってきたので、屋敷に戻ることにした。
馬車の中で、セイディアさんが「これをやろう」と小さな石をくれる。
「きれいな石ですね」
「魔法石だ。防衛魔法をかけてあるから、ある程度の攻撃ははじくだろう。お前の父親とは少し話しただけだが、真面目そうな外面で悪事を働くやつほど何をするかわからん。今まで無事だったのが不思議なところだ」
父の信用はガタ落ちのようだ。
ありがとうございます、と受け取って着ているワンピースのポケットにしまう。
カイルさんからも、十分に注意をするように、と言われた。
「アリア、君は確かに賢い子だけれど、自分がまだ子供だということを忘れてはいけないよ。ひとりで無理だと思ったことは、私やセイを頼ってほしい」
「…お心遣い、感謝いたします」
屋敷に入ると、父が駆け足で近づいてきた。
「ヴァーリアン伯爵、遅くなって申し訳ない」
「いえ。 結界の様子はどうでしたか?」
「問題ないようだ。しかし、他に気になることが出来てね。もうしばらく滞在しようと思う」
父の顔がこわばった。
先ほどの連中とつながっていたとすれば、カイルさんが城に戻ったら報告するということは伝わっているだろう。ここでその事実を隠してしまっては逆に怪しまれる。
「アリア、今日は連れまわして悪かったね。体は大丈夫かい?」
「はい、平気です」
「伯爵、またアリアに会いにきてもいいだろうか? セイディアも彼女を気に入ったようだ」
「そ、それはもちろんです」
うろたえる父を無視して、セイディアさんは「それではアリア嬢、また近々」と私の右手に唇を下ろす。
顔がいいだけに様になるが、私は彼が面白がってそういうことをしたのだとわかっている。
わかっているが、さすがに照れはする。
それでもせいぜい淑やかな令嬢を装って、「楽しみにしています」と返した。
さらに頬を軽く撫でると、そのまま馬車に乗り込んだ。カイルさんが苦笑しながら「ではまた」とそれに続く。ロリコン疑惑が出ても、私はいっさい責任は負いません。