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支部長代理





「支部長代理、判子お願いします」

「はい」

「支部長代理~、このお菓子食べていい?」

「勝手にどうぞ」

「代理ー! ギルド内で冒険者同士が喧嘩してますー!」

「殴って気絶でもさせておいてください」


なぜこうなったかといえば。






ある日のこと。

アリアとダリがいつも通りギルドに依頼を受けに行った時である。

受付が珍しく混んでいて、何やら忙しそうにしていた。自分の番になると、疲れた顔のロゼッタが半笑いでアリアに「おはようです」と挨拶をしてきた。


「なんか、お疲れですね。どうしました?」

「それが、支部長が体調を崩されたので、みんなで交代しながら裏方もしているんです」

「…明日は雪でしょうか」


メイリズ支部長が体調不良などと、天変地異の前触れかと思う。ロゼッタも同じことを考えていたのか「嵐がくるかもしれません」と返す。ちょうどラロッドが現れたので、アリアは受付から抜け声をかける。その彼も珍しく疲れた表情でアリアに笑みを向けた。


「おはよう、アリアくん、ダリくん」

「おはようございます… 支部長、しばらく来られないんですか?」

「なんか、風邪ひいたっぽいんだよねぇ…」


普通の病に瞬きをすると、「生まれて初めてらしいよ」と続けられる。

引いたことのない風邪に、思った以上に体力を持っていかれ、熱も出ているらしく立ち上がれないという。変なところでナイーブだ。

ダリは風邪の意味が分からず、とりあえず具合が悪い、というところまで理解した。鬼も病気には基本ならないらしい。支部長は、鬼寄りだったのかもしれない。


「これから支部長んちに、書類に判子押していいか確認しにいくとこ」

「一緒に行っていいですか? お見舞い品でも持っていきましょうよ」


二人はラロッドについて支部長の家に向かった。

アリアが途中で見舞いの果物を買い、支部長が住むにしてはかわいらしい外観の一軒家の前に着く。ラロッドがベルを鳴らすと、「はーい」と女性の声がして扉が開いた。

出てきたのは小柄ですらりとした可愛らしい女性だった。大きな目をぱちくりさせ、「あら、ラロッドくん」と首を傾げた。


「支部長の見舞いです。こっちはギルドの冒険者。二人とも、支部長の奥さん」

「どうも、支部長にはいつもお世話になっています。アリアと、こっちはダリです」

「まあ、わざわざありがとう! 妻のメリアヌです」


果物の入った籠を渡すと、にっこり笑ってお礼を口にする。

美女と野獣ではないか。

中に入れてくれたので、とりあえずは支部長の部屋に向かう。メリアヌはダリを見て、「ずいぶん大きなひともいるのねぇ」と感心した。


「あなた~、ギルドの方々がお見舞いにきてくれたわよ」


ベッドには頭に氷嚢を乗せた支部長が、ぐったりと寝ていた。メリアヌの言葉で目を少しだけ開けると、「お前らも来たのか…」と掠れた声でアリアたちを見る。


「支部長、お加減どうですか?」

「熱が下がらん…」

「普段丈夫だから弱っちゃって、この人」


もらった果物を切ってくる、とメリアヌが部屋を出ていく。

支部長はラロッドが持ってきた書類に寝たまま目を通し、「全部却下だ」と呟いた。


「あと、隣町から応援の要請があったので、銀クラスを数人回しましたよ」

「む…そうか…」

「…支部長の代わりに全部任せられる人はいないんですか?」


具合が悪いのに仕事をさせるのは、さすがにかわいそうだ。

ラロッドは肩を竦め、「だって支部長が副長やめさせちゃったしねぇ」と言う。

数年前までは副長もいたのだが、そりが合わず大ゲンカになったらしい。それで今では、支部長が全ての業務を仕切っているのだ。

支部長は目を閉じてしばらく考えていたが、「よし…」と具合悪そうな顔のままアリアを見た。


「アリア、俺が出勤するまで、お前が支部長代理だ…」

「いや、なぜ」


思わずつっこんでしまう。

支部長は咳をしながら、「城でもあのガキの仕事を手伝っていたのだろう…」と続けた。それはそうだが、決定権はセイディアにあったし、自分がしたのはせいぜい必要なものと不要なものの区別と、その整理だ。そう告げれば、似たようなものだと返される。


「ラロッドに任せては、おちおち寝られん…」

「弱ってても失礼ですね~、支部長」

「何日かのことだ…  さすがにおまえさんでも、数日でギルドを壊滅させはせんだろう…」

「私の認識がなにかとても間違ってるんですけど」


うーん、とアリアは考える。


「まあ…ある程度はラロッドさんもわかるだろうし、書類整理くらいならお手伝いしますよ。本当に重要なことは、支部長が戻ってからにして下さいとごねますけど」

「悪いな…それでいい ラロッド、アリアに依頼として提案しろ…」

「はーい、了解。よろしくー、支部長代理」


メリアヌが戻ってきて、三人に果物がふるまわれた。

そしてアリアは、この依頼を受けたことを後悔していた。





「支部長代理、少し休憩してください」


フィリンにお茶を出され、アリアは息をつく。

帰ってすぐに、ギルドの職員にアリアが代理としてつくことを説明した。そこまでは良かったのだ。ある程度の規則、置いてあるものの場所を確認しながらとりかかったものの、次から次へと問題が起こったり、書類がわんさか集まってくる。

アリアは頭を押さえながら、「支部長、いつもこんな忙しいんですか…?」と聞いた。

昼までの間でも、ギルド内での乱闘騒ぎが五件、冒険者に対しての町民からのクレームが三件、合わせて申請書の書類の分別だ。

ラロッドとフィリンは顔を見合わせる。


「いやぁ…いつもはそんなんでもないかなぁ…」

「支部長のところに職員がくるのは、あまり少ないですよ」


アリアは意味が分からず首を傾げる。

職員は支部長に怒鳴られるのを怖がっているので、申請書や報告書を出すのを怠っていたらしい。だが、今は支部長はおらずいるのはギルドで雇われた冒険者だ。例えセイディア・ルーフェンの弟子だとしても、支部長よりは色々と言いやすいというところがあるのだろう。それにアリアはまだ子供だ。


「へぇ……なるほど…」

「ア、アリアちゃん…?」

「子供だと思って舐められている、と」


アリアは机に両肘をつき、顔の前で組む。

その顔には先ほどまでの疲労した顔ではなく、悪い笑みが浮かんでいた。

人はこれを、怒りと呼ぶ。

タイミングが良すぎるほどに、「支部長代理、この書類にも判をー!」と職員の一人が入ってきて、アリアが目を向けると、ぎくりと固まる。


「その場で内容を読み上げ、申請理由と申請した場合の利便性を告げよ」

「  え 、?」

「二度も言わせるな」

「うぁ 、は、はい 、あの、えー…」

「遅い! 内容がまとまってから出直すように」

「は、はい…!」


ひぃぃ、と顔を青ざめて職員が転がるように部屋を出ていく。

アリアは二人に顔を向け、「こんなんでいいですか」と聞く。ぎこちない表情で頷く二人に満足げに息を吐くと、その後現れる申請者たちには同じ態度を取り続けた。中には「ただの代理に何がわかる!」と言う者もいたので、アリアは恐ろしい笑みを向け、申請内容の穴と不要さを淡々と、口出しされる間もなく言いつのった。

その様子が全員に伝わったのか、意味のわからない申請をしてくるものは極端に減った。

合間に軽食をとりつつ、アリアは眉を顰めたまま書類を読む。

その姿が支部長というよりは、師匠そっくりなのは誰も気づかない。


「 ラロッドさん、この書類はなんですか」

「はい、どれですか支部長代理」


変にかしこまったラロッドが書類をのぞき込む。なんだか楽しんでいるようだ。

アリアが読んでいたのは、ギルド内における販売所の拡張と店舗を取り入れる申請書だ。販売所はいわゆるギルド公認の防具や薬が売っている場所であり、多くはないが基本的な物のみが販売されている。


「ギルドの施設内に拡張と店舗を入れる余裕なんてないでしょう」

「あー…前に支部長が一蹴したやつだねぇ、それ」


ラロッドも頭をかいている。


「申請者が言うには、休憩所を潰してそこに割り当てるってものらしいよ」

「…あの休憩所を潰したら、不満も出ますよ」


ギルド内の休憩所は受付の左に位置しており、簡易の椅子とテーブルのみだが中に入っている食堂のごはんが人気で、依頼後に寄る者が多い。言ってしまえば、販売所よりも利用数が多いのだ。依頼開始までの時間つぶしとしても使われる。

申請者を呼ぶのも面倒だったのか、書類はぐしゃぐしゃになって机の下に落ちていた。

もう一度ぐしゃぐしゃにして、見なかったふりにしようかな…と考えていると、ロゼッタが「失礼します」と入ってくる。


「支部長代理、町の建設会社の方がいらしていますが」

「建設会社?」

「増築の件でと…」


通してください、と中に入れると、数人の男性が入ってきて、アリアを見るときょとんとした。代理だとは聞いていたようだが、子供だとは思っていなかったらしい。


「どうぞ、座ってください」

「あ、ああ…」

「増築のお話だと聞きましたが?」


ラロッドがお茶を出しているのを見ながら聞くと、業者は頷き書類を出す。


「先日、こちらさんからもらったもんですが…」

「……」

「見積もりも全部終わってますんで、いつごろ始めましょう?」


アリアは目をつぶって頭を抑える。

先程見ていた書類の内容のままに、そこにはなぜか支部長の承認の判子が押されている。「ラロッドさん」と言うと「はい」と背筋を伸ばした。


「この申請者をすぐここに呼ぶように」

「はい」

「少々お待ちいただけますか。確認したいことがありますので」


にっこり笑うが、アリアの目はまったく笑っていない。

やがてラロッドが職員をひとり連れてきた。


「この申請書は、あなたが支部長に出したものですか」

「はい。ハンス・マーロンです」


ハンスは後ろで手を組み、アリアに返事をする。

アリアはぐしゃぐしゃになっていた先ほどの書類を机に出す。


「二枚ありますね。判のある申請書の日付は一昨日になってますが」

「紛失したと思ったので、もう一度作って支部長から申請してもらったんです」

「支部長は許可した覚えはないそうですよ」

「まさか。現に判があるじゃないですか」


ハンスは肩を竦めて笑う。

アリアは目を細めハンスを一瞥し、判の部分を指先でなぞる。指先を軽く擦りあわせ、インクが確かにつくのを確認した。それから次に文章の文字列をなぞっていく。ハンスは笑みを浮かべたままだったが、アリアの動きをじっと見ている。


「… なるほど。うまく作りましたね」

「なんのことですか」

「判は確かにこの紙に押されています。けれど、あなたが作ったのは文章の方ですよね、ハンスさん?」


ぴくり、とハンスが反応する中、全員の視線を書類に向け、すーっと文字列をゆっくりなぞっていく。すると文字が紙の上で動き出し、形を変える。

ラロッドが「あ」と声を出す。


「その申請書なら支部長が判を押すの見てたよ。商品補充の申請書」

「支部長もさすがに魔法の痕跡は感じませんからね。文字変化の幻覚魔法です。判をもらったあとに、文字列を変えたんでしょう」

「なっ 、言いがかりだ、そんなの…!」

「私は、かかっていた魔法を解除しただけです。 それとも、私の魔術師としての能力に不平不満があるとでも?」


王宮魔術師の弟子、そして王から称号を得た魔術師だ。

さすがにあるとはいえないだろう。国を否定したも同然だ。ぐっ、と押し黙る。


「魔法による書類の隠蔽。ラロッドさん」

「はい。国法の六章、禁じられた魔法の項目より、二十五条。申請書、報告書など重要項目における魔法の隠蔽はいかなる場合も禁ずる、とあります」

「そういうことです。 ハンス・マーロン、支部長代理の権限により、許可あるまで自宅謹慎を命ずる。処置は支部長が戻ってき次第言い渡すこととする」


威圧的に告げると、ハンスは肩を落とす。

困ったのは業者の方だ。「もう材料も仕入れてあるんだが…」と言う。


「ギルドの職員が迷惑をおかけました。見積もりの値段から増築費や人件費を抜いて、材料のみの値段を算出してくれますか。ギルドにも建物の補修の依頼などが割と多く来ますので、そちらに回したいのですが」

「ああ、それなら大丈夫だ」

「半分はうちで預かりますが、もう半分ははそちらで保管して頂きたい。必要であれば、依頼が入った場合に協力を要請したいです。冒険者が素人だった場合に限りますが。それで本来発生するはずだった人件費を補いましょう」


その言葉に納得したのか頷くので、ラロッドに書類を作ってもらいそれぞれ承認した。ハンスはまだ立っていて、「代理…その…」ともじもじしている。


「実は入店が決まっていた店舗の…」

「まさかその書類まで偽造していたわけじゃないですよね。罪が二倍ですけど」

「い、いえ、その、そっちは口約束で」

「ならばあなたが自分で治めなさい。相手が納得しないのならば、それなりの誠意を見せればいい。例えば給料から月々差し引いて、その店の出店先を作ってあげるだとかね?」


いや、それは…と言いよどむハンスにアリアは鋭い視線を向ける。

このような行為をした理由はわかっている。恐らくは仲介料や、発生する利益の一部を受け取る約束でも交わしたのだろう。


「ギルド職員という立場を何だと思っている。税金を使って成り立っていると理解しているのか。その税金の一角を担っている町の者を利用し、自分の利益を得ようとするとは恥知らずもいいところ」

「…っ」

「あなたの弁解はこれ以上求めていない。先ほど述べた通りに、謹慎しなさい」

「… 、はい」


ハンスが出ていき、アリアは「失礼しました」と業者に謝罪する。

それからラロッドにちらりと視線を向けた。


「ハンスさんが使おうとしていた店に伝達を」

「どのように?」

「今回のことの謝罪と、店舗を入れることは出来ないけれど、商品内容によっては販売所に卸すことはできるでしょう。元々品数の少ない販売所ですからね。少しくらいボリュームが増えても問題ない」

「了解しました」


業者がアリアに驚きながら礼を言って出ていく。そして部屋に二人しかいなくなったところで、ラロッドが腹を抱えて笑い出した。


「支部長代理、すごいなぁ…!」

「…町民の信頼が減るのは、ギルドとして致命的ですからね」


ちゃんと大事にしています! 無下にしません! というところを見せておいた方がいいのだ。冒険者たちも荒くれ者が多いので、ひとつの失態は多くの損失となる。


「書類の隠蔽は他にもあるかもしれませんね。今後の対策として、何か取入れられそうな道具はありますか?」

「魔力探知ならあるよ。知り合いがいくつか持ってるから、安く譲ってもらう?」

「必要経費として認めます」


この一連のあらましを、ラロッドがフィリンに伝え、そして受付組から他の職員に知れ渡り、アリアが代理を務めている間、馬鹿な行動をするものはいなくなった。

支部長が復帰したのは五日後だったが、ラロッドから報告は行っていたらしく、「おまえさんはなんでもできて恐ろしいな…」と言われるのだった。


「長期で旅行にいっても大丈夫そうだ」

「勘弁してください…」


その後、何かとギルドの業務に依頼として駆り出されるアリアの姿が多く見受けられ、「トゥーラスギルド補佐官」という、嬉しくない役職を支部長から送られることとなる。









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