とある密談
「なにをしている?」
セイディアさんがそう聞くので、私は「わたしの隠れ家です」と答えた。
すると彼は口元を少し緩め「お邪魔しても?」とさらに続ける。うなずくと私の隣に腰を下ろし、「いい場所だ」と言う。
「精霊たちが騒いでいるので様子を見に来たんだが、お嬢さんがいるからか」
「精霊が見えるのですか?」
きょろきょろと見渡したが、私にはなにも見えない。
「やつらは人見知りをするから、普段は目の前には現れない。今は気配があるだけだ」
「そうなんですか…。それより、話し合いはもう終わったんですか」
「いや。堅苦しいから逃げてきた」
「逃げ……」
さらっと言われこちらが絶句する。
「ああいうのはカイルがうまくやる」とセイディアさんが悪戯っぽく言う。雰囲気がさっきより柔らかいのは、ストレスが減ったからだろう。父がやきもきしているのが想像できて、私はくすくすと笑った。
「セイディアさんは、小さいころから魔術師の修行をしていたの?」
「そんなところだ。血はつながっていなかったが、祖父代わりのじいさんが色々と教えてくれてな。 魔法に興味があるのか?」
「ええ。でも、本でしか読んだことがないので、あまり知識がないのですが。私にも使えるようになるでしょうか?」
ひとりで試した時は全く何も起こらなかったので落胆したのたが、生まれつき魔法が使えるものと、後に能力が出てくるものと二タイプいるらしいので、後者を期待している。
セイディアさんは顎に手を当てながら私を見る。
「見たところ、魔力はすでにあるな。使い方がわかっていないだけだろう」
「よかった! まるでなかったらどうしようかと思ってました」
「どんな人間も魔力の根源は持っているものだ。それを上手く引き出せる者だけが魔術師になる。年はいくつだ?」
「十歳になりました」
「ならば来年には学院へ行けるだろう。そこで学べばいい」
私は困ったように笑みを向ける。
彼はしばらく黙っていたが、「ああ、なるほど」と納得したように口を開く。
「噂は、どうやら噂通りというわけか」
「どのような噂ですか?」
「愛しき妻を亡くした領主は、瓜二つの娘を屋敷に閉じ込めている、という噂だ。それを聞いてカイルは余計、君に会いたがった」
「…最初の"愛しき"は不要ですね」
「ほう」
「父は母がいる前から愛人を作り、亡くなった後は娘を将来利用するためだけに生かしているのですから。それを愛情表現だとおっしゃるのなら、父はやはり狂ってますね」
「…子供らしからぬ発言だな」
おおよそ、まだあどけない少女がいう言葉ではない。
きょとんとするセイディアさんに、「生きていくためには、子供のままではいられないんです」と返す。
「私は早くこの家を出て、自由になりたいのです。そのための計画を色々とは練っているんですが、ひとつ足りないものがありまして」
「足りないもの?」
「そうですね…言ってしまえば、"コネ"でしょうか」
にっこり悪びれもせず答えれば、一瞬の間の後セイディアさんは爆笑した。
おや、こっちは真剣だったのだが。
ていうか笑いすぎです。
恨めしそうに睨めば、まだ肩を震わせながら「はっきり言い過ぎだ」という。
「だってそうでしょう? 私はまだ子供ですもん。家出なんかしたらどんな仕打ちを受けるかわからないし、かといって自立できるだけの財力も持ってません。本当は父の部下に唯一まともな方がいたので、相談して学院まではこぎつこうかと思ってたんです。でも父が一蹴すればそれまで。私の世界は、この屋敷の中にしかないんですから」
「それで、お嬢さんは誰をコネに使おうと?」
「あら、目の前に有力な魔術師さんがいらっしゃるじゃないですか。母の幼なじみのカイルさんもいますしね」
いっそすがすがしい、と彼は苦笑する。
「だが、我々にはメリットがない。そのあたりはどう考える?」
「そうですねぇ…今回の視察は表向き結界の確認ですけど、本当のところは父の調査でしょう? 」
街から少し離れたこの領地は、もともと農作物を献上して栄えていた。
しかしここ数年は特に、右肩下がりの出荷状況。加えて領民の出入りも激しい。感じの悪い人間が増え、領地内では犯罪が多くなった。税金はギリギリ引っかからない程度には高いが、新しい店や建物も増えているので領地の発展のための高さだと誤解させられやすい。だが実際、そういったニューフェイスは父の手が回っている店だったり、裏で動いている人間が集まっていたりする。つまり集まった金は、確実に父が受け取っているのだ。
「…なぜそんなに詳しいんだ」
「読むものがなくなったので、父の書斎をお借りしました。でも、まだ証拠は足りませんね。父は変なところで頭が回るので、自分が関わっていることはうまく隠しています。私が発言しても信ぴょう性は低いですし」
「つながっている人物や店を覚えているか?」
「それはもうしっかりと。記憶力だけはいいんです、わたし」
前世の記憶まで覚えているくらいだしね。
セイディアさんは品定めするような視線を向けていたが、悪巧みでも思いついたかのようにニヤリと笑う。あくどい顔も似合ってしまうのはイケメンの特権だ。
「めんどくさい仕事についてきたと後悔していたが、思いのほか早く片付きそうだな――アリア嬢」
初めて名を呼ばれたのでぱちくり瞬きをする。
「取引をしようじゃないか」
「それは…楽しげな響きですね」
そういう私の顔も、かなり悪役になっていたに違いない。