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蠢く陰謀



「支部長、私数日依頼を休みますので」


セイディアが城に帰ってから二日後、アリアは支部長にそう切り出した。


「何か用事か?」

「杖を買いに行こうと思って。師匠から紹介された店に行ってきます」


オリヌスの町だと伝え、ダリも連れていくことを伝えておく。

支部長は「そういえば杖を持ってなかったのか」とそこで初めて気が付いた。


「だがなくても十分じゃないのか?」

「まあ、魔法自体は普通に使えるんですけど、杖を媒介にした方が魔法力は上がりますし」

「…それ以上、化けもん並に強くなってどうする」


失礼な言い草だ。

とりあえず許可は貰ったのでよしとするが。

ギルドを出ようと入り口に向かったところで、「アリア!」と呼び止められる。

顔を向けると、ウィーリアンとシルヴィン、それに夜会で戦いを挑んできた子爵家の息子・フィネガンがいた。


「ウィーリアン? 戻られたのですか」

「ああ。元気だったかい?」

「変わりありません。  …彼はどうして一緒に?」


首を傾げフィネガンを見ると、シルヴィンが「ウィーリアンのお父上の希望です」と淡々と答える。

どうやら夜会の後、訓練生だったフィネガンは先輩方にこってりしぼられたらしい。しかしながらへこたれないフィネガンに、王が面白い、と思いつきをしたらしく、ウィーリアンの護衛として抜擢したそうだ。

フィネガンは胸の前で片手を組み、「先日は失礼しました、アリア殿」と恭しく頭を下げる。アリアはその様子に眉を上げ、「構いません」とシルヴィンに視線を向ける。


「ちゃんと護衛の役目は果たせているのですか?」

「態度はともかく、心得ているようです」

「なら問題ありませんか――今更、そんな態度を取られても気持ちが悪いだけです。普通にしてください」

「……やっぱり変わりもんだな、アリア殿」

「あなたに言われたくはありませんけどね」


フィネガンは許可を得た途端にリラックスした口調で話す。

ウィーリアンが空気を変えようと「今日の依頼は終わったのか?」と聞く。


「はい。あとはダリの依頼終了するだけです。 ああ、来ましたね」

「…大男を大男が引きずっているように見えるんだが」

「その通りですよ」


フィネガンの呟きに、アリアは肯定して頷く。

ダリの手には、数人の大男が首根っこを掴まれ引きずられていた。フィネガンの描写どおりである。

アリアに気づき「いま戻った」と言いながら、男たちを床に投げこんだ。

裏からギルド社員が出てきて、「おつかれさーん」とまるで問題ないかのように男たちを邪魔にならない場所に運び始める。


「今日はなんだったの?」

「誰の腹筋が一番美しいかと討論し始めたから殴って連れてきた」

「毎日ごくろうさま」


昨日は誰の背筋のシルエットが美しいかじゃなかったか?

アリア同様にウィーリアンたちも呆れている。

それからしばらく町を離れることを話すと「二人で大丈夫なのか?」とウィーリアンは心配そうにする。


「そりゃダリがいるだろうけど…」

「ウィーリアン様、誰を相手に言ってるんだ? 王宮魔術師の弟子だぞ?」

「けど女の子だ」


王子だからだろうか。それともただのフェミニストか。ウィーリアンは本気で心配しているようだ。アリアは苦笑して「お気遣いありがとうございます」と礼を言う。


「アリア、僕たちも行ったらだめだろうか?」

「 別に構いませんが…場合によっては野宿もしますよ」

「それなら人数はいた方がいい。君の行く武器屋にも興味がある」


なんせセイディア・ルーフェンの勧める武器屋だ。フィネガンも「ウィーリアン様が行くならついてくぜ」と軽く了承し、シルヴィンは全てを諦め溜息をついている。

ダリをちらりと見ると、興味がない、というように鼻を鳴らす。いやではないようだ。


「じゃあ、行きましょう。一度宿屋に戻って準備をしてきますから、待っててもらっていいですか?」

「ああ、必要なものを買っているよ」


宿屋に戻り、バッグに必要なものを入れながら、アリアは人知れず思う。


(……女子要素が、欲しい……)


今の時点では無理そうだ。







ギルド前で待ち合わせ、奇怪な五人組の旅人ができあがった。

悪目立ちしなければいいが、と思いながらもウィーリアンたちがちゃんと庶民が着るような服装をしていたので、ちゃんと自分の言ったことを覚えていたかと感心した。とはいえ、ウィーリアンに至っては育ちの良さがにじみ出てしまっているが。


「トゥーラスからオリヌスまでどのくらいかかるんですか」

「そうですね…三日くらいでしょうか? 別に急ぎはしないので、ゆっくり行く予定です」

「そういや、アリア殿の背中の剣は師匠からもらったものか?」


フィネガンの問いに「そうです」と頷く。

アリアが剣を極めると決めた時に、セイディアが冒険者時代使っていた剣を譲り受けたのだ。手入れがちゃんと行き届いていたので、十年以上は経っていたが刃こぼれひとつない。アリアもそれに倣って手入れを怠らないようにしている。


「柄にはめられているのは魔石だな」

「今まではこれを杖替わりに媒介として使ってたんですけど、そうなると剣での攻撃が一瞬遅れる時がありますからね」


どうせなら剣でばっさり斬りながら魔法でも攻撃したい。

杖なしだと、精霊の力を借りなければならないので詠唱が必要となる。だが杖に慣れてしまえば詠唱なしでも持ち主の意向をくみ魔法が発動できるという利点もあるのだ。


「…悪魔ですか、君は」

「なに言ってるんですか、シルヴィン。手加減は相手に酷というものです。どうせなら立ち直れないくらいに叩きのめしてしまう方が今後相手のためにもなるというものですよ。一度実力の差を経験してしまえば、下手に対峙してこないでしょ?」


にこりと笑顔つきで答えれば、フィネガンが顔色悪く「ああ、しばらくは無理だ…」と憂鬱そうにこぼした。

体験者を不憫な目で見る男たちに、アリアは不思議そうな顔をする。軟弱な。

オリヌスに向かうまでの道は川沿いにひたすら歩いていく。

ウィーリアンを含め、全員がトゥーラスよりこちらは来たことがなかったようで、「なにもないな」と少しがっかりしているようだった。そんな道端に豪邸とか建っていたら問題だろう。


「ところでウィーリアンは家のしきたりでギルドに登録しているそうですけど、セガール様や王も同じようにしてきたのですか?」

「ああ、兄上も三年前にギルドに登録していた。父上の話は聞いたことがないけれど、祖父も自分の冒険者時代のことを話してくれたから、多分登録していたと思うよ」


ウィーリアンはそれほど剣術が得意ではないが、セガールと祖父はかなりの手練れだと語った。


「それに、シルヴィンも実は強いんだよ」

「目を離せば勝手にうろつく主がいるもので、仕方のないことです」

「そういや、アリア殿を見つけた瞬間走り出したからなぁ」


二人に突っ込まれ「アリアは足が速いから早く呼び止めないと」とウィーリアンは誤魔化す。

王子と共にいるのなら、それなりに腕を磨かなければならないらしい。当然のことか。シルヴィンをちらりと見ると、それに気づいてまた溜息をつく。


「君にはかないませんけどね。ガリディオ様が、君は城の兵の七割は倒せると」

「うわ、まじかよ!」

「…それはガリディオさんのお世辞ですよ。半分くらいはいけますけど」

「二割しか否定しないところが、さすがはセイディア・ルーフェンの弟子というところですか」


出発したのが午後だったので、途中にある町で一泊することにした。

冒険者用の宿舎を教会が設けていたので、そこを利用することにした。アリアたちの方にも何組か冒険者が居り、同じように受付に並ぶ。


「すみません、一泊お願いしたいのですが」

「ではこちらに代表のお名前を」

「フィネガン、あなたの名でいいですね」

「え? ああ」


突然指名され驚いたが、すぐに納得がいった。教会は国に属する組織であり、城に深く関わる名を使えば知られてしまう可能性があるからだ。一国の王子とその側近、そして王宮魔術師の弟子の名ならば、ここまで届いているかもしれない。教会は、別名「情報の巣窟」とも呼ばれているのだから。偽名を名乗るのも面倒だ。

一組に与えられる部屋はひとつだが、中で二つほど部屋が分かれている。男女でパーティを組むことが多いのでその対策だろう。

アリアは部屋を一つ使うようにとウィーリアンたちに言われたので、遠慮なくそうすることにした。荷物を置き、窓から外をのぞき込む。

教会の広場に面していたので、参拝者が教会に入っていく様子が見えた。

アリアは前世も今世でも信心深いわけではないが、一応は教会にお世話になるのだから祈りに行く方がいいか、と考えた。みんなに告げると、ダリ以外は一緒にくることとなった。

宿舎と教会は大きな門を隔てている。

そこを通れば、白をモチーフとした祭壇に出る。前世の世界で言うのなら聖母マリアのような存在の女性を象った石像が現れた。両手を胸の前で組み、その周りには羽の生えた天使たちが、かわいらしい笑顔を浮かべ女性に寄り添っている。


「立派な像だな…モールドでは見たことがない」

「この教会は、聖女・ルリーザが祝福を与えたようですね」


像の前にルリーザを紹介する文が石に刻まれていた。

夜更けとは思えない光で町を包み込み、病や絶望によって悪魔に取りつかれた神父を聖なる力で救った。

それで教会は感謝の意を込め、ルリーザの石像を祀っているようだ。


「…ルリーザ。百年前の聖女のことか? あの英雄と旅をしていたっていう」

「おや、君もそういう常識的なことは知っているんですね」

「シルヴィン、お前喧嘩売ってるのか?」

「神の前でやめなさい、二人とも」


アリアに咎められ、二人は顔をそむけ合う。


「ていうより、ルリーザって名前でしたっけ?」

「アリア……」

「いや、本にはそう書かれているのは知ってますよ。でもなんか、もう少しこう、違った名前も聞いたことがあるような…」


三人に呆れた視線をもらったのでちゃんと否定しておく。

アリアは首を傾げた。

本でルリーザのことは読んだ。けれどその時もなんだかしっくりしない感覚を味わったのだ。目の前にキリンがいるのに「これはキルーン」です、と惜しいのか惜しくないのかよくわからない名前を言われたときに似ている。

だがいくら頭を絞っても答えらしきものは浮かばなかったので、自分の思い違いかな? と考えることにした。

ルリーザの像の周りにはコインが散らばっていた。お賽銭のようなものらしい。アリアたちもそれに倣ってコインを投げ込み祈りを捧げる。

すると、とん とアリアの腰に何かぶつかった。振り返ると、白い修道着姿の少女が床にへたりこんでいた。


「大丈夫?」

「ご、ごめんなさい…」

「ガラス玉か? ちらばってしまったね」


床には様々な色合いの小さなガラス玉が転がっている。ウィーリアンが拾い始めたので、シルヴィンとフィネガンもそれに続く。アリも両手で集めながら、少女に「はい」と差し出す。少女はおどおどしていたが「ありがとう」と受け取って、手にしていた小篭に入れていく。


「きれいなガラス玉だね」

「あの…教会で売っているものです。売り上げは教会に寄付されます」

「アリア、ひとつプレゼントするよ」


もじもじとする少女に、ふと笑みをこぼし、ウィーリアンがそう言うので「ありがとう」と素直に応じた。途端に少女がぱっと表情を明るくするので、「仕方ないですね」「妹の土産に」とシルヴィンとフィネガンも続く。少女は頬をあからめたまま「ありがとうございます」と籠を抱くとそのまま奥の扉へと消えていった。


「ずいぶん幼い子もいるのですね」

「教会とはいっても、ほとんど孤児院のようなものだよ。この町もそうなんだろう」


戦争や不慮の事故で両親を失った子供たちが、教会に奉仕するという形で引き取られるのは珍しくないことらしい。

祈りを終え、一行は夕食をとるため、町に出た。

あそこまで立派な教会があるにも関わらず、町中は閑散としたものだ。

店は少なくはないのだが、どことなく寂しい雰囲気を伴っている。


「王都からもそこまで離れていないというのに、物寂しいところですね」

「確かに。もう少し活気があってもよさそうなものだが…」


とりあえず割と繁盛してそうな店を見つけ、そこに入った。

出された料理はまずまずのものだが、全体的に客も少ない。


「この町にギルドはないのか?」

「かつてはありましたが、今は…」


店員の一人にフィネガンが訪ねると、苦笑いされる。


「ずいぶん前の話になりますが、この町に登録していた冒険者が集団で教会を襲ったことがあるんです」

「そりゃ物騒な話だなぁ」

「噂じゃその時のギルド長の陰謀だとか、色々とありますけどね。でもそのせいでこの町もかなり打撃を受け、いまではこのような状態なんですよ」


確かに同じことが起きるかもしれないのは恐怖だろう。

店員は厨房に消えていく。


「それでも教会で冒険者を受け入れるってところは、さすがに拒否できなかったんでしょうね」

「冒険者はいうなれば、国がギルドを仲介して派遣する職種だからね。それを拒否するということは、国の意向に歯向かうというのと同じだ」


ウィーリアンはそこで少し声を落とした。


「…以前、そのような話を父から聞いていた。けれど、それがこの町だったとは」

「詳細はわからないんですか?」

「ああ。なんせ、襲った冒険者たちは教会に放った火の中に飛び込んで、自ら命を絶ったというからね」

「 全員、ですか?」


アリアの言葉に小さく頷く。

口封じ、と誰もが思っただろう。彼らが死んでしまえば、証拠はなにも残らないのだから。万が一に、操っていたとしても。確証はないにせよ、何とも言えない気持ちがこみ上げる。


「もしかしたら城からも調査が入っているかもしれない。あまり目立たない方がいいだろう」

「…ウィーリアン様が一番目立つけどな」


フィネガンの言葉はごもっともである。

その言葉に些かショックを受けていたウィーリアンであった。
















「…なにやら、異端者がこの地に足を踏み入れたようだな」



教会の祭壇の奥、神父のケイリスは一人呟く。

細い目とふっくらとした体つきの彼は、傍から見れば善人に見えるだろう。

いや、大概の者にとってはその通りであった。

だが今、顔の前で指を組み合わせ笑みを浮かべるその様は、穏やかなものではなかった。


「何者とも…我が主の前では敵ではない」


彼が前にしているのは、水晶だった。

しかし、その中では黒く渦巻く靄がはっきりと映し出されている。


「いかに致しましょう…?  ええ、ええ、わかっております…」


まるで水晶と会話するかのようなその姿は異様。

だがケイリスの他、その場には誰もいないので指摘する者はいない。



「我が主…バーティノン様の仰せのままに」



その声さえも、今は光のある場所には届かないまま。









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