見慣れた顔と再会
トゥーラスに来てから一週間が経った。
初日以来、平和に銅ランクの依頼を受けていたアリアは、一定の収入を得られるようになったので、そのまま宿屋に滞在するこにした。おかみさんは息子しかいなかったらしく、女の子がいるということが嬉しかったのか歓迎してくれた。延長料金を払い終え、アリアはギルドに向かう。
最近の生活の流れは、朝起きて食堂で朝ごはんを食べてからギルドに行き、二つほど依頼を完了させて夕方には自由な時間を作る、という感じだ。たまにウィーリアンに捕まり、食事にも行くが。
どうやら気に入られたらしい。シルヴィンの呆れた顔を見慣れてしまった。
アリアの中で、ウィーリアンは第二王子だと確定している。
そういえば、名前も同じだった気がする。偽名くらい使えばいいだろうに。
着ているものや持ち物も高価だし、身分の高いもの特有の雰囲気というのだろうか。例えばシルヴィンに世話を焼かれたとしても、彼はそれをごく自然に受け入れている。
それに、セイディアの情報があまりにタイムリーすぎだ。
城嫌いの師匠の影響で、アリア自身も関わることもないのであまり王族のことは知らない。
まあ万が一王子でなかったとしても、坊ちゃんであることは間違いなさそうなので、失礼にならない対応をして損はないだろう。
「フィリンさん、おはようございます」
「おはよう、アリアちゃん」
受付に行くといつものことながら、フィリンがにこりと迎えてくれた。
受付嬢はフィリンともうふたり、ロゼッタとノアンいう女性がまわしている。
全員会ったことはあるが、フィリンが一番的確でスムーズに依頼を受付けをしてくれるので、アリアは彼女が担当している時間帯を利用することが多くなった。
「依頼リストを見せてください」
「かしこまりました。あ、支部長から伝言。今日から、銀ランクの依頼も受けてみろ、だそうよ」
フィリンが広げてくれた依頼リストを覗き込むと、確かに銀色の星マークがついた依頼が増えていた。
銀ランクになれば、少々手強い魔獣の討伐クエストが追加される。とはいってもアリアにしてみれば、そこまで警戒してかかる相手ではなさそうだが。
とりあえずいつものオールガーの薬草採取と、町と森の境界に出没している魔獣を追っ払う依頼を受けることにした。
「追っ払うってことは、討伐ではないのですか?」
「魔獣とはいえ森の生態系のバランスは大切だからよ。とくに今回の魔獣、ヴィロッドは主食が木の実や果物。彼らが移動することによって植物の種も一緒に広がっていくの」
ウサギに似ていて、決して凶暴な魔獣ではないのだが、魔力をもっていることで魔獣認定されているのだ。それに彼らは山から降りてきては育てている野菜を食い荒らすので、今回のように依頼が来ることもしばしある。
強くはないが、集団で行動するので手間がかかるため銀ランクとされているようだ。
「なるほど。じゃあ森の奥に逃がせばいいんですね」
「ええ、そうしてください」
「…それにしても、なんかざわついてますね」
騒がしいのはいつものことだが、今日はどこか、違う種類のざわめきだ。
フィリンは、「ああ…」と少し声を落とした。
「本部から人が来るのよ」
「本部から、ですか?」
「ほら、例の人さらい事件のことよ。うちのギルドだけではどうにもことが進まないから、支部長が応援を要請したの」
ざわめきがひと際大きくなった。
どうやら本部から助っ人が到着したらしい。支部長が出入り口まで行き出迎えしている。人だかりが見えて、背の高い男性と小柄な女性が見えた。男性は短い赤毛で剣を所持している。目はくるくると大きく、大型犬のような雰囲気を持っていた。反対に女性の方は表情ひとつ変えず、どこか物憂げそうにしている。まっすぐ伸びた黒髪は、日本人形を彷彿させる。
「本部から来た冒険者ですかな」
「ええ、そうです。俺はカーネリウス。こっちはミラー」
「…どうも」
ミラーがぺこりと頭を下げる。
まだ若い二人にメイリズ支部長の眉がぴくりと反応したのがわかったが、アリアはその後ろにいた見覚えのある顔に反応していた。向こうもアリアに気づいたらしく、支部長に挨拶した後にこちらを振り向いた。
「ガリディオさん!」
「お久しぶりです、アリア殿」
思わず駆け寄って抱き付くと、彼は驚きながらも後ろに倒れることなくちゃんと抱き留めた。
「早々の再会になってしまいましたね。お元気そうで何よりです」
「この通り元気です。ガリディオさんはなぜトゥーラスに?」
「ギルド本部は城で管理するところでもありますから。私は彼らの付き添いですよ」
それにあなたの様子も見てくるようにとの命でしたので。
すみません、過保護な保護者で。
彼の上司であるカイルを思い出し、苦笑いになってしまう。
メイリズ支部長の「知り合いか…?」という質問で、ここがギルド施設の一番目立つところだということを思い出す。
「え、えーと…私の、剣術の師のようなもので…」
「魔法の攻撃を浴びせてくる師匠とやらか?」
「あ、いえ、それは本当の師匠です」
「何人師匠がいるんだ、おまえさんは」
珍しく焦るアリアにメイリズ支部長は珍獣でも発見したかのような視線を向ける。
なんにせよ、ここで立ち話もなんだ。支部長は冒険者二名を奥の部屋に通し、こっそりいなくなろうとしたアリアに声をかけた。
「どこに行くつもりだ。お前も来い」
「……はい」
ガリディオにくすりと笑われた。どうやら逃げられはしないらしい。
部屋について、ガリディオが改めて二人を紹介した。
現在、ギルド本部に登録している中で能力の高い人物らしい。ここ数か月の功績もあり、本部長からの指名で今回の派遣に至ったという。
自分の目で見なくては信じない支部長は腕を組んだまま二人を見る。
「こちらで何度追跡しても影すら見当たらん。本部の冒険者殿が早急に解決してくれるだろうがな」
「はい、頑張ります!」
皮肉だったのだが、カーネリウスは気づいていない。支部長、舌打ちしない。
それからとんでもない爆弾を投下した。
「それで、支部長。王子はどのようなお方なのですか?」
「……は?」
ぴしり、とアリアとガリディオの表情が固まる。支部長は眉を顰め間抜けな声を出した。
「こちらに登録されているんですよね? 俺たちは内密に守護しろって本部長からの――」
「えー? 勘違いじゃないですかぁ?」
わざとらしくかわいこぶって話を遮ると、カーネリウスがアリアを見る。
にっこりと笑顔を向けると、少し頬を赤くさせた。しかし「勘違いってどういうことだ」と続けた。
「俺はちゃんと依頼としてこれを受けて…」
「じゃあ、言ったらだめじゃないですか!」
「えっ」
「だってもしそれが本当だったら、王子様がこの町にいるってことですよね? そんで、それがどっかから漏れちゃったらどうするんですか」
まだピンと来ていないカーネリウスに若干イラッとする。ミラーは「あっ」という顔をしているが。
「そうなった場合は俺たちが守るってことになって 」
「……だから、そもそも内密に依頼を受けてるのであれば、それを雇われ人が漏らしてどうするんだって話でしょうが」
埒が明かない。
優しく気づかせてあげようとした自分が甘かったようだ。
必然的に声が低くなる。
「相手が王族ならば全員が親切な善人だとでも? 他国の刺客がこれを機に王族の命を狙う可能性だって十分に考えられる。あなたはそうなっても自分がいるから大丈夫だと自負しているわけだ」
「なっ…」
「内密の意味を理解していますか。本部長の言う内密は、決して本人に自分は守っていますと誇示せずに陰で守れという意味だと思いますよ。万が一にでもあなたの漏らした情報によって、王子を狙ういらぬ敵が増えたらどうする。責任とれるのか」
カーネリウスはとうとう黙ってしまった。ようやく自分の失言に気づいたらしい。
アリアは溜息をつく。本部長とやらが推薦してきたのなら、実力はあるのだろう。しかし…
「…とりあえず、これ以上無駄な口を叩かないでくださいね。あなた方は、あくまで人さらいの犯人を捕まえるためここに派遣されているんですから」
「……師匠殿に似てきましたね、アリア殿」
「それは言わないでください。うすうす気づいています」
不機嫌そうに言えば、ガリディオは肩をすくめた。
カーネリウスの睨みと、ミラーの警戒した視線を頂戴する。支部長は「ところで…」とそれらを無視して口を開いた。
「さすがに本部に頼ってばかりでは、こちらも面目が立たんのだが」
「そうですね。そちらからも誰か推薦してくれれば助かります。この広いトゥーラスの町中、我々だけで犯人を探すには限界があるでしょうから」
ガリディオが同意する。すると支部長がにやりと頬を吊り上げる。
なんか、嫌な予感したぞ。
「ではトゥーラス支部からは、そこにいるアリアを推薦しよう」
「……メイリズ支部長、私は今日から銀ランクの依頼を受けるんですけど」
ひきつった表情で告げる。「銀程度をよこされても困る!」とカーネリウスが途端に騒ぎ出したが、支部長にひと睨みされて再び口を閉じた。支部長はアリアに視線を戻す。
「お前の場合は特殊だと言っただろう。様子を見ていたが、問題あるまい。なんなら、今からでも身の丈に合ったランクを受けることも許可しよう。なんせお前は本来、金のランク持ちだからな」
「えっ、では本部に報告のあった金ランクの子供とは…」
どうやらガリディオは名前は聞いていなかったらしい。
他の二人もぽかんとアリアを凝視している。
アリアは、深い深い溜息を吐いた。
「支部長…ひと使って対抗しないで下さいよ…」
「はっは、なんのことだかな」
白々しい。
だが、本部から来たのがこの二人だと正直心配になってくる。事実、ガリディオも片方がここまでバ…頭の回転が遅いとは思っていなかったのだろう。期待のこもった目を向けてくるのだから、断れるはずもない。
「…支部長の命令であるのなら、仕方ないでしょうね」
「よし、それでいい」
なかなか平和には進まないなぁ。
何度目かの溜息をつくアリアであった。
「待てよ! 本当にその子が金のランク持ちなのか? 何かの間違いじゃないか」
「ほう…カーネリウス殿、ちなみに君は?」
「二人はどちらも白銀ですよ」
ガリディオが代わりに答える。
「まあ確かに、こんなガキが金ランクなのか疑わしいのは事実だろうな。俺も実際、おまえさんが強いのかどうかこの目で見ていない。クォーの件はあったにせよ、本部から来てるそちらさんは納得もいかんだろう」
「…どうしろと」
「簡単だ。その二人が納得のいくように、実力を見せればいい」
今の時間なら訓練所も空いているはずだ。
…つまりは、自分が見てみたいだけだろう、このおっさん。
アリアはぴきりと青筋を立てたが、支部長は涼しげな顔だ。
めんどくさい。実にめんどくさい。
だがこれから一緒に行動しなくてはならないのなら、このまま敵視されるのも問題ではある。内側で争っていても仕方がないからだ。それなら、はじめのうちに叩きのめしておいた方がいい。なんにせよ変な自尊心は今後も無駄なものだ。
「わかりましたよ」と、アリアは椅子から降りる。
「早く終わらせましょうか」
「アリア殿、よろしいんですか?」
「まあ、なんとかなります」
愉快そうにしている支部長をもう一度だけじとりとした目で見て、一行はギルド内にある訓練所に向かった。
地下一階に設けられているその場所は、その名の通り冒険者たちが利用できる施設だ。
かなりの強度で作られているので、多少無理なことをしても簡単には崩壊しない。支部長の言う通り人はまばらだったが、アリアたちの話をどこからか聞きつけて見物しに来た者たちもおり、あっという間に人だかりができてしまった。
「本部から来たやつらと決闘だって? あのお嬢ちゃんが?」
「支部長もなんの嫌がらせだよ、こりゃ」
わいわいと好き勝手なことを言っている声が聞こえるが、アリアは気にせず「じゃ、さっさと始めますか」とカーネリウスとミラーを見る。
「ルールはどうする」
「殺さなければいいんじゃないですか」
「おいおい、適当だな…」
呆れ顔の支部長だったが、まあそういうことだ、と二人に言う。
「俺が先にいく」と一歩出たカーネリウスに、アリアは不思議そうな顔をして首をかしげる。
「時間がもったいないです。二人でどうぞ?」
「…っ、自分がなに言ってんのかわかってんのか!?」
「別に問題ありませんよ。言ったでしょう、すぐ終わらせると」
あまり発言していなかったミラーもむっとしたのか、「…本人がいいといってるなら、そうしましょう」とカーネリウスに口添えをした。一対二で広いスペースに移動する三人を見て、ガリディオが心配そうに「大丈夫でしょうか…」とつぶやく。
「まあ、あいつもまだ子供だが金ランクだ。危険回避くらいは…」
「え? あ、いえ、アリア殿は心配ありません。剣術も城の兵ほどに実力はありますし」
「……なんだと?」
さらりと驚くことを言うガリディオに、支部長は聞き返す。
「心配なのは……アリア殿が、どれだけ手加減をしてくれるかですね」
支部長は無言になり、これから戦い合い者たちを見るのだった。