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依頼完了



町中を歩くアリアたちを、通行人はぎよっとした顔で見ている。中には振り返って、口をあんぐり開けている者もいた。

それもそのはずだ。巨大な魔獣の死体が宙に浮いて移動しているし、なおかつその上には少女がどっかりと座って「道をあけてくださーい」と指示をしているのだから。


「うーん、目立つな。見えなくしたほうがよかったか? でも実体はあるから逆に危険か」

「アリア、そこが薬屋だよ」

「あ、ありがとうございます」


ウィーリアンに呼ばれ、アリアはすたんと地面に降り立つ。

森を出たついでに、道案内をしてもらったのだ。いちいち地図を広げるのも面倒だったという話だが。

二人に魔獣を見ててもらい、アリアは店内に入る。


「すみませーん。ギルドの依頼で薬草を届けに来ました」


声をかけると、奥からしわしわの老人が現れる。老人はアリアを見ると、怪訝そうな顔をした。


「…冒険者か? お前のような子供が?」

「なりたてです」

「ふん……まあいい。間違えずに持ってきたんだろうな?」


ずいぶんと意地の悪そうな老人である。アリアは袋から、さきほど採ったばかりの薬草を取り出して渡した。それを受け取ると、老人は先ほどとは違う目つきでアリアをじろじろと見る。


「……どこで見つけてきた?」

「森の泉の近くです」

「1人でとってきたのか」

「帰りは連れがいましたが、とったときは1人ですよ。何か問題がありましたか?」

「…依頼をしても、危険だといってほとんどが森の外で採取したものばかりだった」


根性なしばかりでな。と、老人は溜息をつく。しかし、目の前にある薬草には満足したようだ。


「疑って悪かったな。店主のオールガーだ」

「いいえ。依頼はちゃんと完了できましたか?」

「ああ――森には問題なく入れるのかね。また採取してくることも可能か」

「今日行った場所までなら問題はないかと」


薬草の知識はあるかと問われたので、ある程度ならばと答えれば、今度は名指しで依頼させてもらうと告げられた。首をかしげると、名指しされた依頼は通常よりも報酬がはずむぞ、と付け加えられた。なるほど、そういうオプションもあるのか。

こちらとしても得るものが大きいのならば助かるので、そうしてもらうことした。

オールガーに依頼完了のサインをもらっていると、「君、戻ってくれないか」とシルヴィンが店に入ってきた。


「あれは目立って仕方がない。悪そうな顔の大人が集まってきているぞ」

「ああ、すみません。いま戻ります」


若干イラつかれた顔をされたので、アリアはオールガーに会釈をしてそれに続く。不思議そうな顔をして出てきたオールガーは、クォーが横たわっていたので腰を抜かしそうなほど目を丸くさせた。


「クォーではないか! なんでここにいる!?」

「あ、死んでますので大丈夫です。泉から出てきたので、仕方なく倒しました」

「仕方なくじゃと…!? お前がやったのか!?」


死んでいる、と言われたので、オールガーは恐る恐る近づいてクォーの大きな角に触れた。


「おお…何年ぶりにこの立派な角を見ただろうか…」

「そんなに珍しいんですか? この魔獣」

「この辺りではずいぶんと減って居ったのでな。これはどうするつもりだ」

「とりあえずギルドに行って討伐依頼が出ていなかったか確認をしてきます」


出ていれば一体完了したという旨を伝えるつもりだ。

出ていなければ売れそうなところで売ることを伝えると、「ならば」とオールガーが角を撫でながらアリアを見る。


「この角を売ってくれないか? いい煎じ薬になる。皮膚は頑丈だからな、装備屋にでも行けば買ってもらえるだろう。肉は固くて食べられんがな」

「へぇ、そんな価値があったんですね。とりあえずギルドに行って、オールガーさんに売ってもいいか聞いてきますね」

「わしからも伝言を預けよう」


オールガーは今後の薬草の依頼のことと、角の売買の申し出について紙に書きアリアに渡した。

アリアは「確かに」とそれを受け取り、再び魔獣に浮遊の魔法をかけるとクォーの上に飛び乗る。シルヴィンの言う通り、柄の悪い男たちが何かひそひそ話している。


「ウィーリアン、私のさっきの戦いどう思いました?」


突然話しかけられたウィーリアンは「え?」とすっとんきょうな声を上げる。


「どうって…すごかったよ。クォーの皮膚は簡単に傷をつけられないと聞く。けど、君は一瞬で斬った上に、一突きだったじゃないか」

「容赦しないことにしているんです――敵意を持って向かってくる相手は、人であろうが魔獣であろうが」


ひやり、と底冷えしそうな笑顔を密談している男たちに向けると、「一瞬で斬って一突き」の一言をちゃんと聞いていたのか、さっと青ざめた。「それでそこのお兄さん方、さっさと道を開けていただけますか?」とそのままの笑顔で告げると、背筋を正して通路を開けた。


「…なかなかやりますね、君も」

「面倒なことは後回しするとより面倒になって戻ってきますから。相手も不幸でしょう、私は一切手加減しませんもの」


良心的な判断じゃありません?

意見を求めたが呆れた顔をされた。





ギルドに戻り受付までクォーをもっていくと、フィリンが気絶しそうな顔をした。


「なっ、なにがあったんですか!?」

「なりゆきで倒してしまったんですけど、これの討伐依頼って出てましたか?」

「出てますけど…! それ、クォーですよね!? 白銀ランクの依頼ですよ!」


アリアはきょとんと自分が倒した魔獣をふりかえる。なんだおまえ、そんなにランク上だったのか。

フィリンは落ち着こうとしながら、メイリズ支部長を呼びに奥に消えていった。入れ替わりに出てきたのはラロッドだった。ラロッドは口笛を吹くと「すごい大物ひっさげてきたねぇ」という。

それからバン!と扉が開いて、恐ろしい顔をしたメイリズ支部長が真っ青なフィリンと共に現れた。クォーとアリアを交互に見ると「馬鹿者!」と怒鳴る。


「銅の依頼で、白銀の獲物を持ってくるやつがあるか!」

「仕方がないじゃないですか。倒しちゃったもんは」


それから本来の依頼完了の署名と、オールガーから預かってきたメモを支部長に渡す。


「…なるほど。おまえさんはかなりのじゃじゃ馬のようだな」

「だから不可抗力です。私だって倒したくて倒したわけじゃないんですよ? 討伐の依頼が出てるかもしらなかったし。でも殺意丸出しで挑んで来たら、ぶった切るしかないでしょう?」

「それがじゃじゃ馬だといってるんだ! まったく、あの偏屈じじいも味方につけるとは」


どうやらオールガーはギルドでも有名な人物だったらしい。依頼してくるくせに文句ばかり言ってきていたようだ。それが突然名指しでこれから依頼をしたいという伝言までいただいてきたのだから、支部長も驚きだった。


「……正規の依頼ではなかったからな。報酬は少し落とすぞ」

「構いません。オールガーさんの件はどうなります?」

「死体は報酬の一部だ。おまえさんにくれてやるから好きにしろ」

「では頂いていきます」


フィリンが二つ分の報酬を用意している間、ラロッドが「肝すわってるねぇ」と口を開いた。


「支部長に怒鳴られて表情ひとつ変えないとかさぁ」

「怒鳴られるのは慣れているので。それに怒鳴られるかわりに、笑顔で魔法攻撃連発しながら叱られる方がよっぽど恐ろしいです」

「…どこの鬼畜の話だ、それは」

「私の師匠の話です」


少し同情の視線をちょうだいした。

それは流しながら、報酬を預けられる金庫はあるか聞くと、ギルド内でも設けているらしく、必要な分だけ手渡しでもらい、残るはそのまま預けることにした。割といい額だったので、そんなお金をもって歩きたくはない。

また頭が痛くなったのか抑えながら奥に消えていく支部長と別れ、別で報酬を受け取っていたウィーリアンたちに礼を言う。


「すみません、付き合わせて」

「いや構わないよ。薬屋に行くんなら一緒に行こう。君一人だと絡まれる可能性が高いよ」

「そうなった場合、躊躇なく潰しますけどね。じゃあ、昼食ご一緒しませんか?」


もうすぐ昼時だ。ちょうどいい時間だろう。シルヴィンは相変わらず溜息をついていたが、ウィーリアンは嬉しそうにうなずいた。

まずは薬屋に戻り、オールガーに角を売っていいと承諾された旨を伝える。さっそく欲しいと言うので、店の裏に運んで解体作業をした。まじか…という目で見られたが、気にしない。前世より図太くなったのは、自分でも感じている。

代金は小さな袋に入れて渡してくれた。

この世界のお金はコインが主で札は存在していない。一番価値の低いコインの1ルーガは10円くらいだ。つまり10ルーガで100円、100ルーガで1000円くらいの価値がある。1000ルーガは1オリス、100オリスは1メッダという三種類のコインを使っている。1オリスは1万円、1メッダは100万円という計算だ。アリアが自分にわかりやすいよう、勝手に解釈しているだけだが。

クォーは珍しい魔獣に分類されるので、いい値がつくらしい。袋の中には10オリス入っていた。

続いて装備屋に行くと、オールガー同様にクォーを見ると目を輝かせた。固い皮膚は胴巻きとして防具を作るのに適してい.

ようだ。こちらも滅多に手に入らない、ということで16オリスの値がついた。

相手が子供だということで少し値段は下げられたかもしれないが、それでもアリアにとってはかなりの大金だ。これもギルドの金庫に預けなければ、と考えながらマントの奥にしっかりと隠した。

ちなみに売れない部分は破棄してくれるというので、そのまま渡してしまう。

ようやく身軽になったので、三人で食事処を目指した。


「アリアもモールドから来たのか」


料理が来るのを待ちながら世間話をしていると、ウィーリアンたちもモールドから来ていたことが判明した。


「生まれは別ですけどね。数年前から師匠の元で修業してきたんです。お二人はいつからギルドに?」

「実はつい最近なんだ。一度はギルドに登録するのが家の習わしで」

「シルヴィンさんは、お目付け役みたいな感じですか?」

「…なぜそう思うのです」

「友人同士にしてはウィーリアンさんに対しての態度が堅苦しいですし。かといってそこまでよそよそしい感じではないから、進んでついてきたんじゃないかと」


ぎこちない表情になった二人に、アリアは苦笑する。


「別に素性を探る気はありませんけど、身分を隠したいのならもう少し身なりに気をつけた方がいいですよ」


近くで見れば、いいものだとわかりますので。

シルヴィンが、はあ と溜息をついた。


「君も、ただの旅人ではなさそうですがね。立ち振る舞いが一般市民にしてはできすぎている」

「保護者がマナーには厳しい人なので。私はただの小市民です」


今は、だけど。

そこは心の中だけにとどめておく。





二人と別れて宿に帰ったアリアは、セイディアとカイルに手紙を書くことにした。

トゥーラスのギルドに登録したことと、町で起きている人さらいのことについてだ。

解決しなければ、いずれは城に情報が行くので問題はないだろう。

手紙とはいっても、荷運び屋に渡すわけではなく、簡単な移転魔法を使う。

カイルはともかく、セイディアが毎日山のように送られてくる手紙の中から自分のものをちゃんと見つけるかが定かではないからだ。自分がいた頃は仕訳を手伝っていたが、それでも目を通していたかは確信できない。

以前から利用していた魔法だったので、アリアからの連絡はそれぞれ専用のポストに届くよう魔方陣が組まれてある。

…道に迷ったときはよく使っていた。


"師匠のことですから、また怠けて城から抜け出ていることでしょう。

あまりカイルさんに心配をかけないように、しっかりと働いてください"


しっかりと封をして呪文を唱えながら軽く指先で叩けば、手紙はその場所から消えてなくなった。



セイディアからの返事はその日のうちに来た。

固定した魔方陣を組んでいないのにそういうことができるのは、さすが王宮魔術師というところだろうか。

それよりも返事がすぐに来たという、意外な面にアリアは驚いた。

封を切り中を開く。

始まりは、ちゃんと仕事には行っているということが書かれていた。事実を指摘されて焦ったのだろうか。

それからアリアがいなくなってからカイルが鬱陶しいという内容が続き、城の重役たちが過剰な仕事を与えてくるのでそろそろ呪ってやろうかと思うという愚痴が書かれていた。

そして、人さらいの件についても書かれていた。


"話はすでに城にも来ている。

近々、モールドのギルドからも冒険者を派遣するそうだ。

詳しいことはこちらもわかっていないが、そちらの支部長の読みは間違っていないだろう。集団で犯行を行っている可能性が高い。

痕跡が何もないということは、魔術師が絡んでいる場合もあるだろう"


確かにそうだ。

広い町とはいえ、こうも頻繁に人さらいが起きていれば目撃者くらいいてもおかしくはない。

しかし、それすらもないということは、証拠隠滅に適した人材…魔術師がいると考えた方が自然だ。

むやみに首はつっこまないように、とその話はしめられており、手紙はもう少し続いていた。


"余計なことと言えば、お前のいるギルドに第二王子が登録しているらしい。

王に、お前を修行に出したと伝えた際、ぽろりと零していた。

王子が国内とはいえ町にいると知れれば、よからぬことを企む者も多いだろう。ここだけの話にしておくように"


何かあれがすぐに報告しなさい、と手紙は終わっていた。

アリアは、はあ…と深い溜息をついて頭を抑える。


「…第二王子って……心当たり、一人しかいないんだけど…」


いる。それっぽいのがいる。

さっきそれっぽいのとごはん食べてきた。

これは疑惑ではない、確信だ。



師匠、私はすでにもうひとつの余計なことに片足突っ込んでます。



そう告げれば、恐らくは説教が始まりそうなので、これもここだけの話にしておくのだった。










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