トゥーラス・ギルド支部
なるほど、さすがは王都に近い町だ。
トゥーラスに着き、アリアは心の中で感心する。
城下町モールドも大きかったが、ここも負けてはいなかった。
レンガ造りの家が所狭しと建ち並び、溢れかえりそうなほどの商品を並べる店、そして何より人の多さだ。
正直人の集まるところは酔いそうになるので苦手なのだが、にぎやかなのは嫌いではない。モールドとは違う雰囲気や店を見物しながら、なんとかギルドにたどり着くことができた。
白い大理石で作られたギルドの建物は、巨人でも全力で体当たりしなければ崩れなさそうなほど頑丈に見える。先ほどから剣や杖を持った人々が出入りしている扉を開けて、アリアも中に入った。
(まあ、ゲームのイメージとさほどは違わないか)
前世ではゲーマーではなかったので、具体的にはギルドの仕組みもわかっていなかったが、セイディアにある程度のことは教えてもらっている。流れは単純だ。受付でギルドの登録を行い、依頼を受けて、稼ぐ。ええ、単純です。
「すみません」
受付嬢らしき人の前に行き声をかける。きれいな金髪の女性は「はい、なんでしょうか」と小首を傾げる。
「ギルドの登録をお願いしたいのですが」
「……ギルドがどういうところか知っているのですか?」
不躾な質問だが仕方がない。
十三歳になったばかりの子供、しかも女の子が、筋肉の塊のような男たちの間から抜け出して笑顔で告げてきたのだ。動揺は隠しているが、女性の目は軽く見開かれている。アリアはさほど気にもせず「ええ、知ってます」と答えた。
「十三歳になれば登録できるんでしょう? それとも何か特殊な手続きが必要でしょうか」
「ええ…そうですね。失礼しました。それではこちらに名前と出身、それから年齢の記入を」
「はい」
アリアは紙を受け取って、ペンを走らせる。
名前はファーストネームだけでいいだろう。出身はモールドとしておく。年齢は詐称せずに素直に書いた。女性に渡すと、「確認しました」と頷く。
「続いて冒険者登録時の力量の確認を行います。こちらの水晶に手を置いてください」
「どういうものなんですか?」
「手を乗せると、その人物の魔法力や身体能力をこの水晶が読み取って、ギルドの身分証にその情報を流すんですよ」
つまりは魔法石か。
便利なものがあるんだなぁ、とアリアは特に何も考えず水晶に手を乗せる。
ビーーーーーーー!!!!!!!
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
「なんだ!」
「はわっ、わわわわわ!?」
乗せた瞬間に、水晶がけたたましい振動音を上げはじめ、施設内にいた全員が驚愕する。
アリアも突然のことに慌てふためき、両手で飛び上った水晶を落とさないようにするが、触っていてはその音は鳴りやまない。思わず視界の端に見止めた青年に水晶を投げつける。
「お兄さん! へい、パス!」
「ええっ!?」
投げつけられた青年は、ぎょっとした声を上げたが見事に水晶をキャッチした。その途端に音は鳴りやんだ。
続く静寂を破ったのは、「なにごとだ!」という男の大声。
「なんだ今の音は!?」
「し、支部長…」
現れたのは縦にも横にも大きな男だ。とはいっても贅肉に包まれているわけではなく、筋肉質な体型をしている。右目には縦に傷が入っており、その眼の色だけ灰色をしている。支部長と呼ばれた男はぐるりと辺りを見渡す。水晶を持っている青年をちらりと見たが、彼を含め全員が一か所を囲むような形をとっているので、必然的にその中心にいるアリアに視線を向ける。
「…誰か説明しろ」
「すみません、私が原因のようです」
アリアは、すっと男に向き直る。
「その水晶に手をのせるように指示されたのですが、突然震えだして」
「震えだしただと?」
意味がわからない、というように眉を顰めたがそんなのはこちらも同じだ。証拠を見せるように青年から水晶を受け取る。すると再びけたたましい音を立てるので、今度は支部長にパスをした。
「……何のためにここに来た」
「ギルドの登録をするためです」
「はあ……フィリン」
「は、はいっ!」先ほどの受付嬢が、ハッとなって返事をする。
「ラロッドはいたな? 俺の部屋に呼べ。嬢ちゃん、ついてこい」
実にめんどくさそうに息を吐いて、支部長は歩き出す。アリアはフィリンに軽く会釈をして、駆け足で続いた。大人と子供歩幅が違いすぎるせいだ。受付横の扉から中に入り、奥の部屋に向かう。
「あの水晶があんな反応をするなんて、おまえさん人間か? 魔族の類じゃないだろうな」
「失礼ですね、人間ですよ」
「まあいい。それをこれから調べさせてもらう」
バン!と乱暴に扉を開けると、支部長はぴたりと止まった。そのこめかみには青筋が立っている。アリアがちらりと中を見ると、恐らく支部長のものらしい席に座ってお茶を飲んでいる若い男がいた。眠そうな細目でへらりと笑う。
「ラロッド、貴様、そこでなにをしている」
「なにって、支部長が呼んだんでしょー。声でかいんすから、裏までダダ漏れ」
「だからといって、なぜそこに座っているかと聞いているんだ!」
「あーはいはい、耳痛いなーもう。なにイライラしてんすか」
よいしょ、と席から立って、お茶を片手に「さあどうぞ」と支部長に席を明け渡した。
支部長はまだイラついた様子で、どかりと自分の席につく。ディスクには「ゲニー・メイリズ支部長」という札があった。それが彼の名前なのだろう。
「話は聞こえていたのだろう」
「ええ、まあ。ふぅん、そこのおじょーさんがねぇ」
ラロッドの見定めするかのような視線を無視して、「あのぅ…」とアリアはメイリズ支部長に話しかける。
「私、登録できないんでしょうか?」
「…登録には問題はない。だが、おまえさんの扱いには問題がある」
「扱い、ですか?」
「さっきの水晶はねぇ、この支部ができた頃…つまり百三十四年と八か月二十一日前から使ってるものでね。でもそのながーい年月の中で、あんな反応みせるなんて聞いたことがないんだよねぇ」
年だけではなく年月日まで覚えているなんて、どんな変態だ。
アリアはちらりとラロッドを見て、また視線をそらす。こういう変人とは至極関わりたくない。
「あの状態では記録を見ることもできん。ラロッド」
「はいさー」
ラロッドは緊張感のない返事をして、アリアの前に黒水晶を出した。
「歴史やわびさびはあの水晶のほうがあるんだけど、純度で言えばこの魔法石の方が強いんだよ。ああ、でもこれは魔力と身体能力を簡単に読み取るものだから、持っているスキルとかはあまり具体的にはわからないんだけどね」
「そこまでの制限はないが、腐ってもここは国の機関だ。どんな無法者からでも水晶を通じて情報は得ている。登録をするということは、国の命を受けるということだからな」
冒険者といっても、正義感に溢れてそれになる者ばかりではない。
中にはその立場を利用して好き放題する輩もいるのが現実。そうなった場合、登録情報をもとに対処する必要性があり、対応できる者を宛がわせるためにもある程度の情報がいるのだろう。
アリアはうなずき、ラロッドから黒水晶を受け取った。再び振動を警戒していたのだが、アリアの手のひらでそれは大人しかった。大人しい代わりに、黒の色は薄れて虹のような色合いが浮かぶ。ラロッドが、ひゅうと口笛を吹いた。
「これは?」
「適正する魔法の種類。契約できる精霊の種類、とでもいえばわかりやすいかな? おじょーさんの左手のブレスレットは全部契約済みの魔法石?」
「ええ、そうですね」
じゃら、とアリアは左手を突き出す。彼女のブレスレットには、ここ三年で契約した精霊の魔法石が括り付けられている。はじめに契約した風から始まり、火、土、水、光、影と六つの石だ。ちなみに精霊の種類は八つに分類されており、残るは雷と氷だ。
「若いのにすごいねぇ。ほぼ全種と契約してるじゃない」
「精霊との相性はいいらしいので」
「背の剣は使えるのか?」
メイリズ支部長が聞くので「一応は」と頷く。
一応というよりは、国兵とやりあえる能力は持っているのだが、そこまでの報告はいらないだろう。
「それで肝心の魔法力は~……っと、こりゃたまげた」
「なんだ」
「久々に見ましねぇ、金です」
「金だと!?」
ダン!とディスクを叩き付けながらメイリズ支部長が声を上げる。
ラロッドの言う通り、黒水晶からは金色の光があふれている。
「金ってなんですか?」
「魔力のランクの例えなんだけどねぇ。数字で表してもなんだかしっくりこないから、上から順に白金・金・白銀・銀・銅って順番にしてんのさ。おじょーさんはつまりギルドで提示しているランクで二番目に位置するってこと」
「ラロッド、その石不良品じゃあるまいな」
「うわっ、ひどいな支部長ー。それはさすがに俺も聞き捨てなりませんよ」
疑う口調のメイリズ支部長にラロッドは不機嫌な顔を作った。実際はまったく機嫌を損ねてなさそうだが。
「言ってみただけだ。魔法石の管理者にケチをつけるほど、俺は石っころに詳しくもない」
「ま、水晶が振動するなんて事例ありませんけどねぇ。身体能力は白銀か。それでも白銀って、その歳でありえないからね。どういう鍛え方したらそうなるの?」
普通の女の子に見えるんだけどねぇ、というラロッドに、アリアは「至って普通の女の子です」と笑顔で返す。
普通の女の子は脅しのために足先から腐らせる発想はしないし、国兵と同等の剣技を持ち合わせているはずもないのだが。
「将来有望株が現れましたね~。支部長、乾杯しましょう」
「なにをのんきに…! 子供に金ランクの依頼など受けさせられんぞ!」
「あ、私別に望んで死にそうな依頼とか受けませんので。初心者ですし。それなりに薬草の採取とか、あたりさわりのない魔獣の撃退とか、そういうのから始めたいんですけど」
意志を告げるとメイリズ支部長はアリアの意向を読み取るかのように視線を向ける。
「あんまり無茶をすると、せっかく一人立ちを許されたのに師匠に首根っこつかんで戻されそうですし、もう一人の保護者からは外出禁止令とか出されて行動範囲が狭まりそうなので、それは避けたいです」
「…いいとこのお嬢さんか?」
「いいとこのお嬢さんでしたら、もう少し品のある態度をとりますよ」
肩を竦めると、メイリズ支部長は頭が痛いとでもいうようにこめかみを抑えた。
「…過剰な力を持っていたとしても、それで登録を拒む理由にはならん。実際、白金の冒険者は数年に一人くらいは出る。その年齢で高いランクということが驚きなんだ」
「じゃ、登録お願いできます? 働かないと早々にのたれ死んでしまいますので」
「ラロッド、フィリンに登録を済ませるように指示をしろ。だが、これは特殊事例だ。嬢ちゃんの受けられる依頼の采配は後で作る。一日二日くらいは待ってもらうぞ。本部にも通達せねばならん」
「ええっ!?」
思わず声を出してしまったので慌てて口を紡ぐ。
本部って…つまりモールドではないか。そして本部であるモールドに話が行けば、確実に偉い方々にも情報は行くわけで…。
「なにか問題があるのか?」
「うぅ…なんだか離れたような離れてないような…ああでも結局どこにいても同じか…」
「おじょーさん?」
「…いえ…問題はないです。よろしくお願いします…」
本部に知り合いは作っていないが、どこから漏れるかはわからない。
別に自分がどこにいるか知られてもいいのだが、ヘマをしたときに後で長いお説教を受けるのがいやなのだ。危ないことに首をつっこむなと口をすっぱくして言われ続けているが、コルムの町でさっそくやらかしているので自信がない。
その時は諦めるか…。
アリアは内心溜息をついた。
兎にも角にも、ギルドには登録できそうなので幸先はよしとしよう。
メイリズ支部長に「二日後にまたこい」と追っ払われ、アリアはラロッドと受付に戻っていた。
変人はいやだが、少し気になることがあるので話しかける。
「ラロッドさん、さっきの魔法石の管理って?」
「んー? ああ、俺の役職。ギルドの水晶もそうだけど、国で管理している魔法石の調整する仕事なんだよねぇ」
「魔術師なんですか?」
「いんやぁ、俺は魔法つかえないよ? あくまで、石の価値や能力をはかれるってだけの特殊能力者かねぇ。支部長に言わせれば石っころをガン見してるただの変な奴ーって扱いだけど」
「メイリズ支部長と仲いいんですね」
そういえば「えー、やめてよ。ちょっと寒気する」とのんきに言う。
受付にはフィリンがいた。戻ってきたアリアとラロッドを見て、「おかえりなさい」と声をかける。
「さっきはお騒がせしてすみませんでした」
「いえ、少し驚いただけですよ。ラロッドさん、それで?」
「あー、はいはい。支部長がおじょーさんの登録してちょーだいって。でも依頼とかは支部長が判断するから、とりあえず身分証の作成だけしておいてよ」
ぽん、と先ほどの黒水晶を渡すと、「ほんじゃ、またねおじょーさん」とひらひら手をふりいなくなった。
フィリンはラロッドの態度に軽く息を吐いて、「少し時間がかかりますが」とアリアに向き直る。
「二日後にまた来るように言われたので、その時に受け取ってもいいですか?」
「構いませんよ。では、それまでに準備しておきますね」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げてアリアはギルドを後にした。さきほど居合わせた者たちが興味深そうにちらちら見てきたが、声はかけてこないのでこちらが気にすることでもないだろう。
だがふいに、「あ、ちょっと待って!」と呼び止められた。
振り向くと、さきほどアリアが水晶をパスして受け取っていた青年が、人ごみをかき分けながら駆け寄ってくるところだった。