結末はあっけなく
町に戻り、ニールを待機していた役人に監視させると、三人は拘束している男たちの元へと向かった。
先ほどとの態度とは違い大人しくなっているのは、アルドラと領主が来たことによるものだろう。
特にアルドラは立っているだけで威圧感があるのだから、自分たちが咎められる立場にあると改めて自覚して萎縮しているようだ。
「ヴォルト様、この者たちにどのような処罰を与えたらよろしいでしょうか」
「…そうだな。国の名を騙ることは何よりも罪が重い。処刑しても文句は言えないところだろう」
「だったら、そのガキも同じだろ!」
後ろ手で縄をかけられている男が叫ぶ。
「どういうことだ?」
「そいつだって、国の魔術師の弟子だと偽っている!」
ヴォルトの目が驚きでアリアに向けられる。
アリアは、はあ…と溜息をついた。
「それで?」
「……はっ?」
「別に私が疑われようが知ったこっちゃありませんけど。あんたらはあんたらの罪を償うだけだし。ああ、でもよかったですねーみなさん。私が"本当の弟子"じゃないのなら、ここで領主様に裁かれた方がずっと楽に終わりますよ」
にっこり、と恐ろしいほどの笑みを浮かべて男たちを見る。
「セイディア・ルーフェン様は容赦のない方ですから。なんていったって、戦闘経験のまったくない弟子に向かって、「よし避けろ」なんて攻撃魔法あびせる鬼畜なんですもの。自分の名前でやりたい放題やってる他人の馬鹿どもに、彼が容赦なんてかけると思います? ひとに生まれてごめんなさいって地に額こすらせて土下座させるまで、悪魔のような笑みを浮かべて簡単には死なせてくれないと思いますけどねぇ…その弟子が、それに感化されずに同情でも感じて手加減するとでも? 脳内お花畑か」
にこにこと言い募るアリアの言葉に、男たちは本気で血の気が引いたのかさらに顔色を悪くさせた。
ヴォルトの顔色も悪いのは、この際気のせいだ。
「ああ、でも、私はその弟子じゃないんですっけ? そうですよね、私が本当の弟子だったら師匠の名前出した時点で、今みたいにしゃべれる余裕なんて与えませんよね~。――それこそ、いまそこで息してんのも後悔させるほどには」
それでさ? と、アリアは男たちを見下ろしながら、笑みを崩さず続ける。
「あんたらのボスって、だれ?」
「…っ!!」
「な、なに言って…」
「今回のことやらかしたのはあんたらでしょうけど、どうもリーダーの器ではないですからね。バックに力のあるやつがいるからと考えれば色々とつながるんですよ」
たとえば、この町で二番目に権力のある方とかね?
かまをかけたのだが、面白い程に表情に出す男たちを見て、アリアはさらに笑みを深める。
それから左手を掲げ、「ラズヴェリア」と精霊の名を呼ぶ。黒い霧のようなものが、アリアの左手をまとった。
「吐いてしまった方が、楽だと思うんですけどねぇ…」
「あ、アリア、何をするつもりだ?」
「この悪党どもが真実を述べるまで、足先からすこーしずつ腐敗させようとしてますよ、ヴォルト様。えーと、拷問?」
質問されたので簡単に返すと、目をこれでもかというくらいに丸くする。
これから自分たちがされることを知り、「ま、待ってくれ!」と叫ぶように懇願する。
「言う! 言うから、魔法はやめてくれ…!」
「あらそうですか。それではさっさとお願いします」
霧は出したまま、アリアは小首を傾げ男たちを見下ろす。
そして男たちが語ったのは、自分たちは雇われており、周りの村から資金や資材を調達する役を担っていること。それを町で利用し、出た利益の一部を報酬として受け取っていたこと。
その首謀者は、ニールであることを吐いた。
あとで証言を覆されても困るので、その場で調書を作り、偽りがないことを署名させる。
「こんなにも簡単にぼろがでるとは思わなかっただろうな、ニール殿も」
「少しでも権力持たせるからですよ。賢そうなあの人も、貪欲な人間の思考は読み取れなかったってことでしょうね」
アルドラはアリアの言葉に同意して頷く。
「あなたに雇われたという男たちの証言を得られました」と告げた時のニールの顔は、まさにあんぐりという感じだ。
新米兵として人を差し入れたのもニールの仕業だった。
欲望に駆られていたのは彼自身。それに気づかず自分の力に溺れていたのだろう。
結末としてはあっけないが、本題はここからである。
「ヴォルト様、これからどうなさる予定ですか」
「…まずは困窮してしまった村に謝罪を行い、すぐにでも環境を保持させる」
「立ち寄った村には、病人も少なからずいました。医師の手配もしてください」
「ああ、早急に事を運ぶ」
「……ヴォルト様、私の言葉では足りないと思いますが、耳を傾けてやってください」
そういうと、ヴォルトは青白い顔のままアリアを見る。
「人の信用を取り戻すのは、簡単なことではありません。村の人たちも、きっとすぐにはあなたのことを信じはしないでしょう。疑いの目で、または嫌悪を感じるかもしれません。今のヴォルト様は、私の目から見ても、頼りがいの感じない若い領主です」
貴族に向ける言葉ではないが、それでも続ける。
「ですが、町を思うように村のことも思えば、そのひたむきさは必ず人々に伝わります」
「…私に、それができるだろうか?」
「できるか、ではないのです。できるように、あなたがそうするのです」
「――ヴォルト様、僭越ではございますが我々も力添えする所存であります」
アルドラがヴォルトに敬意を示して頭を下げる。
一瞬泣きそうになった顔を、ヴォルトは引き締め「頼む」と告げた。
「アリア!? 大丈夫だったの!?」
事件発生から二日後に村を訪れると、ルーナが抱き付いてきた。
「ありがとう、ルーナ。この通り元気だよ。母さんの具合はよくなった?」
「ええ、熱も下がって起き上がれるようになったわ」
それから、アリアの後ろにいたアルドラとヴォルトに気づき、少し警戒した視線を向ける。
「ルーナ、ばばさまや村のみんなを連れてきてくれる?」
「え、ええわかった」
アリアの言う通りに、ルーナは村の者たちを集めてくれた。
ヴォルトが一歩前に出る。
「村で起こっていることは、この者から聞いた。私は、領主のヴォルト・フィルスタだ。私の配慮が行き届かぬせいで、あなた方には大変なことをしてしまった。…許してもらえるとは思っていない。しかし、どうか私に、やり直すチャンスをくれないだろうか」
「何をいまさら…」
「私たちがいったいどんな気持ちで…!」
村に残されていた女性たちの声が聞こえ始める。しかし、ばばさまがそれを手で制した。
「領主様…我々はもう見ての通りの状況になっております。村の者たちの怒りは、簡単には静まらんでしょう」
「…ああ、心得ている」
「ここ数年で、わしらはあなた方を信じられなくなっております。やり直すと口でいわれましても、それを信用できるほど単純ではありませぬ」
ばばさまの視線がアリアに向けられた。
「しかし、そこのお嬢さんがあなた方を連れてきた。その子はこの村の子を救ってくれた恩がある――アリアよ、おぬしはどう考えるかのう?」
「……領主様の心が黒く染まらなければ、そして、その下に仕えるのが従順であるのなら、私は信じてみてもいいと思います。けれど、ばばさまの言う通り言葉は後に残らない」
アリアはヴォルトの前に立つ。
「ヴォルト・フィルスタ」
子供が持たぬ圧を感じ、ヴォルトは息を呑む。隣にいたアルドラも同様に動かずにいる。
背にしていた剣を抜き、地面に刺す。それを中心に、地面に魔方陣が現れた。
「我が師、セイディア・ルーフェンの名を借り、私があなたに誓約を立たせます」
「…!」
セイディアの名が出たことで、周りがざわつく。しかしアリアは気にせず続けた。
「もしも将来、あなたが領民にとって害する存在になったときは、地位を剥奪するものと考えなさい」
「……その通りに」
膝をつき、ヴォルトがアリアに頭を下げる。魔方陣がパン! とはじけ、光の粒子となり消えた。
「いまの言葉を持って、"誓約魔法"が発動しました。契約を違反すれば、私にはすぐにわかります」
「隠していたんじゃないのか?」
アルドラに問われ、アリアは肩をすくめた。
「私のような通りすがりがなにをしても、それこそ信憑性に欠けますからね。せっかく有名人を師匠に持っているんです。こういう時に利用しなくていつするんですか」
「アリア…本当にあの魔術師さまの弟子なの?」
ルーナが驚いたまま聞いてくる。アリアは「だまっててごめんね」と謝った。だが、ふるふると頭を振って謝罪を断る。
「私、アリアが誰であっても、信じるわ。だって、私とトムのこと助けてくれたもの!」
「ルーナ…」
「ありがとう、アリア」
ぎゅう、と手を両手で握りしめながら、ルーナは笑顔を向けてきた。
それから周りの村の調査が行われた。
あの捕まった男たちは利益を受けとり動いていた一部の村の者で、関与していた村には監視が付き様子をみることとなった。それから貧困していた村には、約束通り医師や物資が支給され、出稼ぎに出ていた男たちは連絡を受けて少しずつ村に戻ってきている。
ヴォルトは村と町の交流をつなぐため、定期的に村の者たちを町に呼んで「領地の祭」を行うことにした。
いわゆるフリーマーケットを開催し、村の者たちの収入手段のひとつとするのだ。
また、村と町との親睦をはかるのも目的だ。
ちなみに木材の伐採はとりやめとなった。
木材の利益でニールと繋がっていた町の商人たちも罰を受けることが決定している。ちなみにニールの罪状は、すみやかに国へと報告され、今はその指示を待っている状態らしい。
「道中、くれぐれも気を付けていきなさい」
「はい、ありがとうございます」
ルーナたちに別れを告げ、ヴォルトの屋敷を後にしたアリアは、アルドラに町の出口まで見送ってもらっていた。
「故郷に帰るときは立ち寄ってくれ」
「ええ、必ず。ルーナとも約束しましたし」
アリアの首には、ルーナが作った首飾りがかけられていた。川の近くできれいな石を集めて作ってくれたものだ。同年代――中身は違うが――の友人ができて、アリアもうれしく思っていた。
「アルドラさん、これからが大変だと思いますけど、頑張ってヴォルト様を支えてくださいね」
「あの方はやると決めたことには真摯な姿勢を見せる。私も必ずそれに応えよう」
あまり表情がなく厳しいイメージのアルドラだったが、子供である自分をバカにすることなく話を聞いてくれた人物だ。この人はきっと、この町で大きな存在となるだろう。アリアが握手を求めると、彼も手を出し大きな手で強く握った。
「でもさっそく師匠の名前出しちゃったなー」
トゥーラスを再度目指して歩きながら、アリアは小さく反省した。
あの場合は「公正な判断者」が必要だったので仕方がなかったが、これからは気を付けようと誓う。
セイディア・ルーフェンの名は大きい。
その弟子と名乗れば、目は必ず向けられる。
そう、悪いものもだ。
力があろうが、はたから見ればただの子供。
これから先、自分を利用しようと企む者もいるかもしれない。
誰からも見下されない、一目を置かれる立場にならなければ、そんな危険が近寄ってくる可能性だってあるのだ。それに、セイディアにもカイルにも迷惑がかかってしまうかもしれない。
そんなこと、させるわけにはいかないのだ。
空は相変わらず晴れ渡り、先へと進むアリアを待ち受けるかのように広く続いていた。