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領主とご対面



アルドラは屋敷へ向かう前に、あの男たちのところへ立ち寄った。

取り調べていたグレインによると、国の遣いではないことを吐いたという。

自分が戻るまで、身柄を拘束するように指示した。


一転して、コルムの町は平和そうだ。

通りすがる人を見てもわかるし、並んでいる店もよくにぎわっている。なにより、こぎれいさがあった。荒んでいる町というのは、ゴミが落ちいてたり雰囲気が汚い。しかし、ここまで空気の良い町も珍しいだろう。領主が町に熱心だというのもわかる気がする。


「あれがヴォルト様の屋敷だ」


見えてきた屋敷はクリーム色を主調とした上品そうな建物。

金持ち特有の「贅沢三昧!」といった外観ではない。

アルドラが扉の錠鈴を鳴らすと、中から使用人らしき老人が出てきた。


「これはアルドラ様…お館様にご用事でしょうか」

「ああ、事前に約束がなくて申し訳ない。しかし、緊急のことだ」

「かしこまりました。どうぞ中へ…―そちらのお嬢さんは?」


アリアに気づいて質問される。「話に関係している。一緒に来てもらったのだ」と簡潔に答えた。使用人は二人を中に招き入れると、少し待つようにと奥の部屋へ消えていく。

しばらくすると、先ほどの使用人と共に男が現れた。明るい金髪に水色の目。アリアが予想していたよりはるかに若かった。下手をすれば前世の自分よりもまだ年下かもしれない。


「アルドラ、君が訪ねてくるなんて珍しいね」

「突然押しかけて申し訳ありません、ヴォルト様」


アルドラは軽く頭を下げる。


「いや、構わない。何か大事な話があるんだろう? 立ち話もなんだ、奥へ移ろう――アルドラ、君は娘がいたのか?」

「既婚ではありますが、子供はいません。この子はアリアと言い、これからお話しする内容の証人です」

「お会いできて光栄です、ヴォルト様。アリアと申します」


ドレスではないので裾をつまんでの挨拶はできなかったが、アリアは羽織っていたマントを軽く広げ、頭を下げながら挨拶をする。

町の子供がする挨拶ではなかったので、ヴォルトは何かを感じたのかすぐに部屋へと案内した。

紅茶が出され、使用人が部屋からいなくなるのを確認して、アルドラが口を開く。


「今日起こったことを報告してよろしいでしょうか」

「ああ、許す」

「つい先ほど、怪しい男たちが国の遣いを騙り、この手前のエニス村の子供から薬草を奪うという事件がありました。その際、ここにいるアリアがそれを咎め奪い返したのですが、村に戻ったところを我が町の役人と押しかけ、盗人の罪を着せようとしたのです」

「国を騙るなど…馬鹿なことを」


ヴォルトは不快そうに眉をひそめる。


「その愚か者たちはどうしている」

「役所に留め、処罰を待っています。あなたの耳に入れてからと思いまして」

「構わん。国の名で悪事を犯すものにはそれなりの罰を与える。――子供といったが、怪我はしていないのだな?」


視線を向けられたアリアが「大丈夫です」と答えると、ほっとした表情を見せた。


「ヴォルト様、実は本題はここからでございます」

「まだ何かあったのか?」

「エニス村への訪問は、どうなっていますか」

「あの区域は秘書のニールが取り仕切っているが…」

「ご自分で行かれたことは」

「…そう聞かれると、しばらくは行っていない。だが、ニールからは悪い報告もないぞ。村の者と共に森の開拓を行っているとしか。その木材が今や町でよく売れている」


黒幕はそいつか。

アリアがぼそりと呟けば、「ニールを呼ぶ」とヴォルトは鐘を鳴らし、使用人に指示をした。

すぐにやってきたのは、中年の人のよさそうな男だ。小太りで、ずり落ちてきたメガネを鼻の上に押し戻している。


「お呼びでしょうか、ヴォルト様」

「ニール、お前にエニス村を任せていたが、どうなっている」

「お館様もご存知の通り、木材での利益もありまして順調でございますが」

「ニール殿、この子が村を通りかかって見た様子では、かなり困窮した生活を強いられているようだが?」


アルドラが言うと、「あの村の者たちは少々大げさなのでしょう」と肩を竦めて笑った。


「資源の回収は他の村でも同様に行っていること。彼らからは不平不満など聞いたこともございません。それにこの件についてはお父上の代から取り決めていたことではありませんか、ヴォルト様。わたくしに一任してくださると」

「それはそうだが…」

「父上の意志を継いで、今は"あなた"がここの領主として最善の策をとっておられる」


アリアはわずかに目を細めニールを見た。

つまり、だ。


「――当然、その配下が行ったことは、主の指示であるもの、ということですか」

「…ほう、なかなか頭の切れるお嬢さんですね。確かにそうともとれるでしょう」

「どういうことだ?」


まだピンと来ていないヴォルトに、「つまり、そこで何らかの問題が生じたとしても、その責任はあなたが被ることになるということですよ、ヴォルト様」と説明をすると青ざめた。


「ニール! おまえ…」

「なにを怒ってらっしゃるのですか? 私は主のために動いたまでですよ。あなたも町が発展して、嬉しそうにしていたじゃありませんか。何か気に入らないことでもあるんですか?」


確かにヴォルトにも非はある。

目の前のことのみに重点を置き、信用する人物を間違えたのだ。

そして、それを理解したうえでニールはヴォルトの名を使っていいようにしていた。これは自分の意志ではなく、仕えている者が勝手にやったことだと済ませられないほどまで深く。

加えて、このニールという男。

色々なところに伝手がありそうだ。行ったことに対しては認めているが、自分の逃げ道くらいは作っているのだろう。そうでなければ、こんなにもあっさり事実を認めるはずもない。


「どうしましょうか、ヴォルト様。ここでニールさんを捕まえても、結局のところあなたが主犯であるという疑惑は取り払えないですよ。他の村には協力者もいそうですしね、ニールさんは命令されてやらされていた、と証言されてもおかしくはありません」

「なぜ協力者がいると?」アルドラが不思議そうに聞く。

「不平不満を聞かない、とここまで堂々と言うんです。根拠のない悪あがきにしては、いささか余裕がありますし――」


アリアはそこまでいって、ニヤ と何か考え付いたかのように笑みを浮かべる。

それから隣にいるアルドラに耳打ちをする。


「アルドラさん、一度役所に戻りませんか?」

「突然どうしたんだ」

「さっきの男たち。なーんか怪しいんですよねー。一週間前に入ったばかりの役人が、すでに悪人と結託してるっていうのもどうもできすぎだし。 叩けば、いろいろと埃が出てきそうじゃありません?」


私のこういうときの勘ははずれないのだ。

師匠には「お前は千里眼か」とドン引きされるくらい。

アリアの言葉にアルドラも思うところがあったのか「わかった」と頷く。

しかしながら、主従の縁が切れたも同然の二人を残していくことはできない。役所で詳しく話を聞く、ということにしてヴォルトとニールも連れていくことにした。

ヴォルトの出した馬車に二手に分かれて乗り込んだ。

アリアはヴォルトと乗ったのだが、彼はまだ事実を受け入れられていないらしく、茫然と真っ白い顔をしている。


「――ヴォルト様は、領主になられてどのくらいの期間なんですか」

「…三年前、父が亡くなってからだ」


それから少し黙り込んで、再び口を開く。


「ニールは、もともと父の秘書をしていたのだ。私も彼を信じきっていた……父は、それを見込んで彼に町の外の管理を行わせるよう私に言付けをしたのだな。ニールなら、その辺のことに詳しいからと言って」


今現在村に起こっていることは、ヴォルトの父がすでに手をつけていたのだろう。

アリアは正直に「その可能性は高いでしょうね」と答える。


「 私は、今もいろんな人の目を欺いて悪事を犯している領主を知っています。本来、守っていかなくてはならない領民を自分の欲望の道具にして、苦しめている」


それは、紛れもなく自分の父親だ。

ヴォルトは顔を上げてアリアを見る。


「自分はまだ何もできない立場ですが、いつか絶対に潰します――ヴォルト様は、どうなさりたいのですか?」

「私は……」

「何かを大きく変えなくてもいいと、私は思います。町の様子を見れば、あなたがどれだけ力を尽くしているのかもわかってますので。ただ、向ける目の範囲をもっと先に伸ばせばいいのです」

「君は、大人のような考え方をするのだね」


まるで年上に諭されているようだ。

そういうヴォルトに、やはりアリアは微笑むだけだった。


……前世ではおばさんだったもので、とは言えるはずもなかった。




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