役人とお話
「やっぱり足があると早いなー」
アリアは馬に乗りながら呟く。
けど、やつぱり車の方が早いか、と当たり前なことを考えながら、馬が引く荷車――もとい牢を振り返った。
先ほどまで喚いていた男たちは、さすがに叫び疲れたのかだんまりしている。
「この先の町はなんていう名前なの」
「……コルムだ」
「トゥーラスの手前か」
目的地に着く前に問題を引き寄せてしまうとは、師匠が知ったら怒られるだろうか。まあ、自分の名を騙っていたのだから問答無用にあの悪役のような笑顔で裁くとは思うけれど。
それを私が請け負っただけだ、とアリアは言い訳を考えていた。
しばらく進めば、町らしき建物が遠くに見えてくる。
その手前の入り口には門番が立っていて、石の牢屋に閉じ込められた男たちとそれを引くアリアを見て口をあんぐりと開けた。彼の着ている制服と同じものを着ている男がその中にいるのも原因だろう。
「町に入りたいのですが」
「…こ、これはいったいどういう状況だ?」
「この中に本物の役人がいるかの確認と、この町の手前にある村のことで、責任者の方とお話ししたいのです」
淡々と告げるアリアに門番は「少し待ちなさい」と走って建物の中に入って行った。
そして一人の男を連れてくる。鼻の下にひげをはやした厳格そうな男だ。体つきはがっしりとしていて、貫録もある。
男はアリアと、その奥の牢を見て、「私がコルム役所の責任者、アルドラだが」と言う。
「アリアと申します。確認したいことがいくつかあるのですが」
「うむ…この状況も説明してくれるのだろうな」
「ええ、もちろん。その前に」
アリアは牢の中にいる男を指さす。
「あの人はこの町の役人ですか?」
「グレイン」
「はっ! 先週入ったばかりの者です!」
アルドラを呼んできた役人は名を呼ばれ敬礼をしながら答える。
役人であることには間違いはないのか。
「所長!」と牢の中の役人は叫ぶ。
「その子供は盗人です! 捕らえてください!」
「…真か?」
「向こうにしてみればそうらしいですが、私は幼い子供二人に大人がたかって物を奪う方が罪は重いと思いますがね」
そういいながら指を鳴らして牢の魔法を解く。自由になった男の一人がアリアに掴み掛ろうとするが、逆にアルドラに剣を突き付けられ固まった。「非がないのならじっとしていたまえ」と言うアルドラからは押しつぶされそうな圧力を感じる。どうやらかなりの強者のようだ。
「話を聞こう。グレイン、その者たちから事情を聞いておくように」
「了解しました」
「アリアとやら、君はむこうへ」
アルドラに促され、建物の中に入る。入ってすぐの部屋が彼の執務室のようだ。アルドラは自分の席に座ると、向かいのソファにアリアを座らせた。
「さっそくだが、何があった」
「私はこの先の街、トゥーラスへ向かう途中だったのですが、先ほどの男たちがここに来る途中にある村の子供から薬草を奪っていました。目に余るものだったので奪い返したのですが、彼らは役人を連れてきて私を盗人だといったのです。――彼らは、国の密命で薬草を採りにきていたと」
「国の……?」
「失礼かとは思いますが、私にはどうしてもあの無作法な男たちが国に信用され、依頼を受けるようには見えません」
「それは同感だ。私が見てもそう感じる」
「加えて、彼らは王宮魔術師であるセイディア・ルーフェン様より命を受けたと言ったのです」
アリアの声が冷え切っていたので、アルドラは「ますますないな」と言う。
「私は一度セイディア殿にお会いしたことがあるが、あの方は人を見極める目を持っている。事実、その際に私の部下で気に入らないとおっしゃった者が裏で横領していたことが発覚した」
「ああ…好き嫌いはっきりしてますからね、あの人」
その場面が容易に想像できて苦笑する。
恐らく、眉間に思い切りしわを寄せて「お前は気に入らん!」とでも告げたのだろう。
「…先ほどの牢は、君の魔法だな。魔術師か?」
「はい、まだ未熟者ですが」
「セイディア殿は三年前、弟子をとったと聞いた」
アルドラという人物は、なかなかに頭が切れるようだ。アリアは肩をすくめ「そのようですね」と、とぼけてみせた。さっきは頭にきて弟子だと名乗ってしまったが、それではただの七光りである。アルドラに関してはもう手遅れだろうが、あまりおおっびらにしないほうがいいだろう。それさえも悟ったのか「なるほど…」と腕を組みながら軽くうなずいている。
「では"通りすがり"の魔術師殿。うちの者が失礼した」
「信じていただけると?」
「密命というのならば、万が一本当であっても罰せられることはない。むしろ、堂々と国から依頼があったなどと馬鹿正直に告げる方が愚か者だ」
そらそうでしょうね。密命、ですもん。
アリアは「ではそれは一件落着ということで」と続ける。
「この町の手前の村はご存知ですか」
「手前というと…エニス村かね」
「恐らくそこだと思いますけど――ひどい状況下にあるということは?」
課税によって男たちが出稼ぎに行き、老人と女子供が残されていること。
さらに、森林の伐採により村自体がなくなる危機にあること。
話していく内にも、アルドラの表情は険しくなる。重々しく息をつくと、やがては口を開いた。
「ここの領主、ヴォルト様は町の発展には事欠かないのだが、どうも町の外になると視野が狭くなるようでな。ご自分の手の届かない所は配下の者に任せる節がある。定期的に遣いを出していたので把握しているものだと思っていたのだが…」
まさかその遣いが主の目を盗んで好き勝手にやっているとは思わないだろう。情報が入ってきにくい村のことならなおさら。町に対しては誠実な領主のやっていることだけに、疑いの目など向きづらく今回のようなことが起きていると。
「そのヴァルト様は厄介ですね。今のうちに軌道修正しないと、後々痛い目に遭いますよ」
前世での職場の上司にもいた。
面倒見のいい人だったし仕事もちゃんとこなしていたが、それは自分と関わるものだけに限定されていて、普段接することのない部下に対しては気が回らない。自分の知る世界でのみ良い環境にしようと力を発揮していた。
悪い人ではないのだが、そのはずされた者たちにとっては、いい人でもない。
つまりは領主もそういうタイプなのだろう。
アルドラはしばらく思案していたが、「ヴァルト様にお会いしてくる」と立ち上がった。
「アリア殿、君も一緒にきてもらえないか」
「いいですけど…しがない一般人が行ってもいいんですか?」
「実際に村の様子を見てきた者がいれば、ヴァルト様も動かざるを得ないだろう」
そう言うのなら。
アリアは遠慮せずにアルドラについていくのだった。