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二十七

ずっと書いている。これでいいのだろうか、いいはずだ、と書き出して、そのまま書き続けて、少し戸惑い、でも書き続けて、何かが私の中で走り出して、言葉が止まらない。こんな調子で書いて大丈夫だろうか、と自分を疑いながらも、でも言葉がどんどん出てきて、手が動く。こんなことは初めて、ではなかった。本当に、書き始めたころ。物語にうまく結末をつけることもできないほどに未熟だったころ。覚えたばかりの言葉を、自分の空想に結び付けることが楽しくてたまらなかったころ。自分のこころをかたちにすることの快楽を知ったころ。書かれている世界は私で、私の中には文字として実現された世界がある。私が一文字書くことで世界が広がり、私が広がる。こころと文字が走って、世界と私が広がり続ける。どんどん大きくなっていく。

 手が痛くなってくるので、一息ついて、手首を曲げ伸ばしする。書かれたものを読む。面白い、と思う。とても面白い。ここにはほかのどこにもないものがある。誰も書いたものがないもの。それでいて、確かに待ち望まれているもの。今、私は作家としての島田ゆすらを信じている。私の好きなものを知っていて、それを物語として描くことができる作家だと。それは奇妙な感覚だった。奇妙だが、心地よい。

 もしかしたら、私はおかしくなっていて、この原稿は目も当てられないような駄作なのかもしれない。習慣からそう考えてもみるのだが、私の確信はちっとも揺るがない。この原稿は、今の私のすべてだ。私そのものだから、私には判断などできない。ただ書き続けるだけだ。その単純さがうれしい。

 二行ほど書き足す。距離のある言葉たちがこれしかないという形で結び付いて、自分でもそのイメージにうっとりとする。小説を書くのは、なんと楽しいことだろう。恐れながらも、それを認める。私は今、書くのが楽しい。楽しくて楽しくて仕方がない。

「ゆすらさん」

 不意に声をかけられて、心底驚く。

「なに」

「ごはんできましたよ」

「はい」

 反射で返事をしてから、そんな時間だったのか、と驚く。慌てて立ち上がると、頭の中の文字を追い払いきれず、軽い立ち眩みにたたらを踏んだ。自分の体の動かし方を忘れていた。しゃっきり立って慎重に一歩足を出す。少しバランスがとりにくいが、気になるほどでもない。居間に行こう。

 戸を開ける前に、文机を振り返る。まだ自分のどこかがあそこに残っていて、それを取り戻しておきたい。でも行かなくては。戸を開けて、何か欠けたまま歩き出す。


 今日は中華だった。ジャージャー麺と焼き餃子とサラダ。この頃は、木崎は早く食べられるものを用意してくれる。冷たい麦茶を一息に飲んで、口の中をすっきりさせる。

「ごちそうさま」

 手を合わせる。食器を流しに片づける。

「おいしかったですか?」

 まだビールを飲んでいる木崎に問われて、振り返る。うなずく。うなずいてから、味を思い出す。おいしかった。焼き餃子は小さめで、ビールが合っただろう。木崎は本当に料理が上手だ。

「おいしかったよ」

「よかった」

 木崎が微笑むので、私も微笑む。さて、また書かなくては。寝るまでに、どれだけ書き進められるだろう。私の頭の中のことが、どんなふうに文字になって立ち現れるだろう。書かない人には理解されないかもしれないが、結局、書いてみないとわからないのだ。頭と、手、そのどちらもないと、文章は完成しない。

 私は廊下を歩く。むき出しの足の裏が、踏み出すたびに木の板に吸い付く。ぺたぺたと足跡をつけて、私は部屋へと進んでいく。文机に広がる原稿用紙。そこに私の魂の一部と、私の仕事が残っている。そこに座ることで、私は完成した私になる。


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