8.婚約者
父に呼び出された。改まってなんの用だろう。
そういえばあれから父とは何度も顔を合わせているというのに、兄のことに対しては何も触れていないような気がする。なんだか私も聞きづらくてスルーしたままだ。親のそういう話ってなんだか気まずいし。
レイロンに角が立つと言われているので、城内では兄様と呼ぶこともできないし。普段はアルマ様と呼んで、ドクの所に行った時だけ兄様と呼んで使い分けている。
今日呼び出されたのは父の私室。楽に構えていてもいいということだろうか。
父の元に訪れると、朝一番に終えたはずのハグと愛のお言葉を賜る。……用件に入るまでが長いな。
私を解放すると、父はどこか沈んだ様子で口を開いた。
「……婚約者ができました」
「……………………それはおめでとうございます」
「違うっ!私にではない!その……リチェルシータ、お前にだ」
「…………はぁ、そうですか」
「驚かないのかっ!?」
驚かないのかと言われても。王女としてここにいるからにはいつかはそんな日が来ると思っていたし、王女として扱われているからには責務は果たすつもりだし。
「今までひたすら求婚者達をあの手この手で突っぱねてきたというのにっ!私の可愛いリチェルシータに手を出そうとするとは……」
一生この調子だったらこの国は滅びてたな。王制廃止?いや、まぁ私も本当は王族じゃないんだけど。というか父様のセリフから察するに、断れないような相手なわけか。
「で、どこのどなたなんです?」
なんの感慨も抱かずに淡々と受け入れる私を恨めしそうに見ると、父は大きく溜息を吐いた。
「エストラーガ帝国の第三皇子だ」
父の口から出てきたのは、世界一の大国と謳われる帝国の皇子だった。
「……そりゃー断れませんね」
「いや、断ろうとしたんだが、宰相に泣かれてな……」
そりゃ泣かれるだろう。逆らって国を潰されるよりも、王女一人差し出した方が安く済む。
あれ?しかし……。
「私はエストラーガに嫁ぐんですか?」
「いや。うちは側室制度も無いし一人娘しかいないことも知られているから、どうやら婿に来てくれるらしいが」
「それならなんの問題もありませんね」
むしろ大国との繋がりもできて、いい条件なのではないだろうか。他国へ嫁ぐわけでもないならいつでも会えるというのに、父は一体何を拗ねているのか。
私が首を傾げて疑問を口にすると、じっとりとした目で見られた。
「娘を取られる父親は複雑なんだ」
そう言って父は部屋の隅でいじけてしまった。少しくらい嫌がる振りをしておけばよかったと後悔してももう遅い。
宰相が乗り込んでくるまで、私は延々と父の愚痴とも独り言とも言える言葉を聞き流し続けたのだった。




