6.彼女の行方
「あ、アルマさんだ〜やっほ〜」
「ケイトさんっ!何してるんですか!」
ドク先生のおつかいで歩いていた僕の目の前には、侍女服を纏って両手を大きくぶんぶん振るケイトさんがいた。後ろで怒鳴っているのは殿下の侍女のマーサさんだろうか。
僕は苦笑して手を振り返した。
あのあと応急処置を終えたケイトさんを担ごうとする殿下に慌てた僕が代わろうとすると、「これは私の我儘なので」ときっぱり断られてしまった。
殿下は見かけによらず力があるようで、軽々とケイトさんを担ぐと何の苦でもないように歩き出した。
城に戻ると、殿下はケイトさんをドク先生に預けて、陛下に侍女を一人増やすという交渉を行ったらしい。了承を得ると、マーサさんにケイトさんの教育係を頼んだとか。
マーサさんはケイトさんの一つ年下だが、教育係としては申し分ないほど侍女として一流らしい。殿下が突然連れてきたケイトさんに対してはどこか対抗意識があるようだが、毎日怒鳴りながらもきちんと教育をしているようだ。殿下がもう少し早い方がよかったと言っていたのは侍女の教育のことだったのか。
僕はあの日、衝撃を受けた。
王族があんな所へ足を運ぶというのにも驚いたし、何よりも殿下の考え方に驚かされた。あんな人を、僕は見たことがない。彼女の心はとてもまっすぐで、なぜかそれを他人にねじ曲げられるのは嫌だと思った。
兄だなんておこがましいにも程があるが、妹である殿下を守らなければ、と固く決意した。
「ど〜れ、怪我の具合はどうかの?」
ケイトさんはあれから定期的にドク先生の治療を受けている。腫れていた顔も、今では青痣が黄色味を帯びてきたくらいまでには治っている。
「ねーせんせー」
「んー?」
カルテを書いていくドク先生に、ケイトさんが話しかける。
「あたしの治療代ってさ、誰が出してんの?給料から天引き?」
「わしの給料は国家から出てるからの。お前さんの給料からは何一つ引かれんよ」
「はっ!?医者ってバカ高い金取るんじゃないのぉ!?」
「わしは王家お抱えの専属医師じゃ。王女であるリチェ様が直接頼みにこられたのだから、普段の仕事の一部として捉えとる。何、その辺の医者よりも高い給料を貰っとるわりには、陛下もリチェ様も異様に頑丈でな。年に二回の健康診断しかすることがない。ジジィのボケ防止だと思って気楽に通えばいい」
「そっかぁ」
ケイトさんは少し考え込むように俯いたかと思うと、すぐに顔を上げてドク先生ではなく僕の方に視線を向けた。
「ねーねーそういえばさ、アルマさん。アルマさんってシータのお兄さんっての、ほんと?」
ケイトさんの言葉に、僕は思わず咳き込んだ。
「誰が言ったんですかっ!」
僕が陛下の落胤だということは基本的に伏せられているはずだ。陛下や殿下の近しい人しか知らないと思っていたんだが、入ったばかりのケイトさんに言うような人がいるのだろうか。
「シータ」
眩暈がする。
「な……なぜ殿下が」
ケイトさんは照れたように顔を赤らめて笑う。
「あたしはもうファミリーだからってさ」
……ファミリー?
「ね、だからあたしにできることがあったら言ってね。恩人の兄は恩人も同然!それにあの時手当てもしてくれたし」
異様に義理堅いと有名な殿下に影響されたんだろうか。
使用済みの薬を棚に戻しながら、僕はケイトさんに微笑んだ。
「私にそんなことをしてくださる必要はありません。どうか、この先も殿下をお助けください」
「……アルマさんってさぁ」
「はい?」
「なんか、老成してるねぇ。人生諦めちゃってるか、色々悟っちゃったじいさんみたい」
「…………じーさん」
若干のショックを受けてうちひしがれていると、ドク先生が豪快に笑った。
「ケ〜イ〜ト〜さ〜ん」
ドク先生の笑いが引き切らぬ内に、背後からおどろおどろしい声が聞こえた。いつの間にか医務室に入ってきていたマーサさんを見て、ケイトさんがしまった、という顔をする。
「健診が終わったらすぐに来てくださいと言ったのに!それから、言葉遣い!アルマ〝さん〟ではなく、〝様〟とお付けしてください!」
「マ、マーサさん。私は構わないので」
怒り狂うマーサさんにそう言うと、ものすごい形相で睨まれた。
「アルマ様は口を出さないでください!殿下からケイトさんの教育を任されたのは私です。私にはその責任があるんです」
一息吐くと、マーサさんはそれに、と続けた。
「ケイトさんがきちんとした作法ができないと、主人である殿下が侮られます。私は殿下が馬鹿にされるのだけは我慢できません」
「ご、ごめん。ちゃんとやります!」
ケイトさんは慌てて立ち上がると、マーサさんにぴょこんと頭を下げた。
「謝罪の時の礼の角度が違います。戻ったらしっかり復習しましょうね」
どこか寒々しい笑顔を向けると、マーサさんはケイトさんを引きずっていってしまった。
「……女性は怖いですね」
そう言うと、ぶほっと盛大に咳き込んで苦しそうに引き笑いをする声が聞こえた。どうやらまたドク先生の笑いのツボを刺激してしまったらしい。