4.思わぬ同行者
兄とやらが城に連れてこられてから一週間。
「ねぇ、マーサ」
「はい、リチェ様」
侍女のマーサが、お茶の用意をしながらにこにこと笑顔を向けてくる。
「あの兄とやら、初めて会ってから一度も見てないんだけど……何してんの?」
父の宣言通りの立場なら、ふらふらと遊んでいることもできないだろう。
マーサは首を傾げる。薄い栗色の髪がサラサラと揺れた。
「私も聞いた話なのですけど、ドク先生のところに弟子入りなさったとか。レイロン様がおっしゃってましたよ」
「レイロン情報か……なら信憑性があるわね」
ドクは王家専属の医師だ。すでに白髪のじじいだがその辺の若者よりもよほど元気で、死ぬ気配など微塵もない。
「……医者になるの?」
「そうなんじゃありませんか?ご自分から希望されたそうですし」
なんだかんだで一応は国王の息子。就職先くらいは口利きしてもらえたということか。
「そう。まぁ好きなことができてるなら何よりね。マーサ、私は出かけるわ」
「かしこまりました。どちらまで?」
「メイサ通りの方に行くわ」
マーサが顔を顰める。
「最近多いですね。あの辺りは物騒なので、なるべく行かないでほしいのですが……」
「危ないことはしてないわ。あの辺に行っても不自然じゃない服、準備よろしくね」
マーサは溜息を吐くと、かしこまりました、と一礼した。
メイサ通りは所謂スラムと呼ばれる貧民通りで、浮浪者や孤児で溢れている。死体が転がっていることだって珍しくはない。生きていくためには人道に反することもしなければ生きていけない場所である。
私はなんとなく観察している内に、これからスリや盗みを働こうとしている人間が分かるようになってきた。何度も足を運んだおかげだろうか。
もう少しで目的地に到着するというところで、私の目には見覚えのある人物が飛び込んできた。
「……殿下?」
……見つかった。うまく気づかれないように去ろうと思ったのに。
しかし呼ばれてしまったからには無視するわけにもいかない。にっこりと微笑むと、顔が見えるように少しフードをずらして近づく。
「こんにちは。こんなところで何をしてらっしゃるの?兄様」
そう言うと、兄は慌てて両手を振った。
「兄だなんてとんでもないです!どうぞアルマとお呼びください」
めんどくせーなー。おとなしく兄と呼ばれておけよ。大体本当ならあんたが正式な王位継承者なんだぞ。……なーんて言えないんだけど。
「いいえ。父様はああおっしゃってましたけど、私にとっては兄様ですもの。一人っ子だと思っていたのに兄弟ができて嬉しいです」
兄はそんな、と恐縮しながらも嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば殿下は……」
「外ではシータとお呼びいただけますか?」
そう言うとシータ様と呼び直されたが、様はナシで、と言うとすごく言いづらそうに呼ばれた。
「シ、シータ……は、どうしてこちらに?護衛の方はどうされたんです?」
「城下に降りる時は基本的につけません。私は昔から(過剰な)護身術を習っているので問題ありませんよ。兄様も何かご用があっていらしたのでしょう?私はこれで失礼しますわ」
「ちょ……待ってください!」
そのまま去ろうとすると、手を掴まれた。
ちっ、さっさと行かせろよ。今度はなんだ。
「護衛もいないと聞いてお一人にするわけにはいきません。私もお連れください」
め、めんどくせー!!護衛どころか足手纏いだっての。
「いいえ。兄様の手を煩わせたくはありませんもの。それに用事があるのでは?」
「私の用事はもう終わりました。お願いします。ここでシータに何かあっては後悔するだけでは済みません」
真剣な目で見つめられて、私は内心溜息を吐いた。今まで何度も来て無事に済んでいるんだから今さら何かあるとも思えないが、ここまで真面目に言われれば断れない。
「……分かりました」
そうして私は、なぜか(義)兄と行動を共にすることになってしまった。




