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不義姫  作者: 折紙
35/37

35.破綻

 レディシアの王族が英雄の一人。父は知っているのだろうか。そんなことは一度も聞いたことがない。

「装置の発動条件はすべての英雄の子孫の血液。すでに他の七つは揃った。だが、八人目の英雄の存在を突き止めるのに時間がかかってね。ファーレンの連中もなかなか口が固くて厄介だったよ」

「何かの間違いじゃありません?そんな話は聞いたことがないし、すでにレディシアからはカヴァサーニ家が英雄として輩出されています」

「だからこそ、じゃないかい?七英雄は元はただの平民や低位の貴族だ。すでに国王の地位を持った者が国を離れて建国に参加するわけにもいかないし、自国からはカヴァサーニが英雄として存在する。箔をつけるにはそれだけで充分だったわけだ。……というのは建て前で、本当はなんらかの理由があったんじゃないかと思うけどね。知ってるかい?レディプールの鐘は、英雄達の永遠の友情と信頼、仲間の証としてレディシア国に贈られたものらしいよ」

 なぜこんな話をファーレンの人間ですらない、他国の人間に聞かされなければならないのだろう。しかもなんだか気に入らないタイプの皇子様から。

 しかし待てよ。私ははたと気付く。おとなしくここで採血させておけば、その装置とやらが発動することはないのではないか。私は王家直系の子孫ではない。母が公爵家の出身だから、過去に遡ればどこかで王族の血が入ったことがあるかもしれないが、その程度だろう。うまく交渉すれば、血を渡すことと引き換えに何かレディシアにとって有利な条件を叩きつけることができるかもしれない。

 私が了承の意を伝えようとした瞬間、侍女室へ続く扉が騒々しく開いた。

「殿下っ!」

 扉を開けたのは、近衛騎士を数名引き連れたレイロンだった。侍女室から入ってきたということは、私の部屋の異変に気付いたマーサが呼んできたのだろう。

 セイン皇子は舌打ちすると、廊下へ続く扉に向かって叫んだ。

「アーレ!メリンダ!国王を狙え!」

 メリンダもいるの!?ってゆーか、ヤバイ!レイロンめ、普段は嫌味なくらい場を読むくせに、肝心なところでタイミングが悪い。

 私は咄嗟に椅子やテーブルを踏み台にし、セイン皇子を飛び越えて扉へ向かう。

「レイロン!こっちは頼んだわ!」

「分かってます!お急ぎください!」

 扉を開けると、すでに二人の姿はなかった。本当にいたのかも分からない逃げ足の速さだ。私は父の部屋へ全力疾走する。

 いつもはそんなに遠くないはずの父の私室への距離が、ひどく遠く感じる。同じ年頃の人間に比べれば足が速い自信はあったのだが、周りの景色がゆっくりと流れていく。私はいつも通りに走れているのだろうか。この邪魔な重い槍を打ち捨ててしまいたいが、おそらくこれが必要になる状況に陥るだろう。

 夜勤の侍女や騎士達が、驚いたようにこちらを見ている。だが、説明して加勢を求めている暇はなかった。

 やっと父の部屋の前につくと、扉が開け放たれていた。扉の前に立っていたはずの近衛騎士が床に倒れている。この短時間でうちの近衛騎士、しかも国王の部屋の扉を任されるような騎士を打ち負かすとは。アーレストはエストラーガ内でも相当な腕の持ち主なのだろう。おそらく私の部屋の前にいたはずの近衛騎士も、アーレストが倒した。憶測でしかないが、その騎士に代わってアーレストとメリンダが扉の前に立つことで、夜警の騎士のふりをしてセイン皇子の行動が誰にも気付かれぬようにしていた。

 申し訳なく思いながらも、倒れている騎士を無視して父の部屋に足を踏み入れる。私の目に入ってきたのは、父を背に庇い、アーレストと対峙するメリンダの姿だった。

「――貴様、裏切ったか」

「……私は私の心のまま、この名に恥じぬよう生きようと決めただけです」

 毅然とアーレストを睨みつけながらも、メリンダが冷や汗をかいているのが分かる。私から見ても、実力の差があり過ぎるのは一目瞭然だった。おそらく私も――勝てない。だけど、ここで引くわけにはいかないのだ。ぐっと槍を握り締めた。

「そこまでよ、アーレスト」

 すでに気配で気付いていたのだろう。アーレストは視線だけを私に寄越した。

「……これは王女殿下。勇ましいですね。その槍で何をなさろうと?」

 完全に舐め腐った態度をとってくれるものだ。

「うっさい根暗野郎。うちの護衛騎士をいじめないでよね。それから、他国の護衛ごときが歴史あるレディシアの国王に近づかないでいただけるかしら」

 私は普段身分などで差別をすることはない。だが実際にそう思っていなくともあえてそういう言い方をすることで、お前の国とは格が違うのだと喧嘩を売る。歴史の浅い国ごときが、大国と持てはやされて調子に乗っていると痛い目に遭うのだと。これでも相当頭にきているのだ。

「……古臭いだけが特徴の国が、我がエストラーガを馬鹿にするか」

「その古臭いだけの国に、大事な皇子様をもらってくれと頼んできたのはそちらよね?ま、のしつけて送り返して差し上げますけど」

 にぃ、と目を細めて笑う。少しでも余裕に見えているといいのだけど。

「…………まるで猫の目のようだな。琥珀だと思っていたが、金だったのか」

 私の目のことを言っているのだろうか。

 私の目は不思議な造りをしている。瞳孔だけが金色で、他は琥珀色なのだ。なので、瞳孔が開けばほとんど瞳は金に染まる。それに気付いて美しいと言う人もいれば、まるで人外だと恐怖を抱く人もいる。

「その目は魔の目だ。多くの人間を惑わす。父王とは似ていないな。母に似たのか」

 ……そういえば、そんなことを指摘されたことがなかったから気にしなかったが、私は髪の色も瞳の色も母とは違う。父とは当然のことながら違うが、母方の祖父母も色合いが違うので、他界した親戚にでも同じような髪や瞳の人間がいるのかと思っていたのだが。しかし、よく考えればありえない話ではないが、祖父母や母を通り越して親戚の色合いに似るだろうか。もしくは、顔も知らぬ父――母の不倫相手に似た?だが、私の髪や瞳は珍しい色をしている。そんな人間がいたらすぐに不義がばれてしまいそうなものだ。

「無礼なことを言うな!」

 私はびくっと肩を震わせる。父が普段からは考えられないような口調で怒鳴ったのだ。

「我が国は記録も追いつかぬほど歴史ある国。その起源は神とも精霊とも言われる。他にも、多々美しき人外の血が混じっていると伝えられる。娘の髪は人魚、瞳は天使の血が起こされたに違いない。王家ではたまにそういう子が生まれるのだ」

 見たこともない苦々しい瞳でアーレストを睨む父。私はそこに、違和感を感じてしまった。

 確かに私を溺愛している父ならば、私の目をそんな風に言われれば怒って当然。だけどその瞳は、声は、微妙な焦りは。私に言い聞かせるようなその言葉は、何?

 ああ、そうか。気付いてしまった。父様、貴方は本当にお優しい。

 父は気付いていたのだ。母の不義に。気付いていて、母と私を許した。

 今まで築いてきたものが崩れていくような気がして、私は思わず構えていた槍を下ろしてしまった。

 ごめんなさい母様。貴女が報いたかったものを、父への義理を、突き通すことができませんでした。

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