34.八人目の英雄
「一つ聞いてもいいかい?」
セイン皇子は軽く首を傾げる。そんな仕種さえも計算されたように美しくて、イラッとしてしまう。
「いつから気付いてた?」
「最初からめちゃくちゃ怪しかったですよ。まぁ、確信に近付いたのはうちの新米侍女が貴方に違和感を感じてからですかね。格下の能天気な国だと思って馬鹿にしてんじゃねーぞコラ」
おっといけない。こんな言葉遣いをしたら、草葉の影で母様が鬼の形相をしているに違いない。
セイン皇子はわざとらしく溜息を吐く。
「嫌だなぁ。怪我をさせたくはないんだけど」
「……こらまたすごい自信ですね。武器を持ってるのは私の方なんですけど」
「君が強いのは分かってるよ。普段の立ち振る舞いが物語ってる。相当厳しい訓練を積んでいるんだろう?」
「そういう殿下こそ、ちやほや甘やかされた温室育ちの、中途半端に王位継承権を持ってる皇子にしては中々やるでしょう」
「……君、本当に王女?影武者とかじゃないの?」
「嫌ですわ、殿下ったら。オホホホホホホ」
私のわざとらしい上品笑いに、セイン皇子は引きつったように愛想笑う。
「で、目的はなんです?私を殺しても結婚どころか婚約もしていない今、レディシアは手に入りませんよ」
「別に大事にするつもりはなかったんだよ。ただちょっと、君の血がほしくてね」
「……血液マニア?勘違い吸血鬼?それとも変なご趣味でもおありなのかしら。若い娘の血を浴びると永遠に美しくいられると勘違いしてるとか?もしくはただの変態血液収集家ですか?」
「ちょっと待って待って。よくもまぁこの一瞬でそれだけの想像力が働くもんだね。頭の回転が速いと感心するべきなのか?」
「別に貴方から感心されたところでちっとも嬉しくありませんが」
「……それは失礼」
どんどんセイン皇子の微笑が崩れていく。うまく調子を狂わせられているようだ。
「で、結局血がほしいとはどういうことなんです?」
「――君は何も知らないんだね」
「はぁ?」
「ま、いいや。少しでいいんだよ?」
理由も知らせずに血をよこせと言う。たとえ少量だとしても、気分的に嫌だ。
「お断りします」
「だろうね。理由を教えれば協力してくれる?」
「内容によります」
セイン皇子は近くにあった椅子を自分の方に引き寄せて座ると、優雅に脚を組んだ。勝手に座って落ち着かないでほしいんだが。
「まあ、君もゆっくりしなよ」
「……図々しいですね。私の部屋なんですが」
「今さらだろう?大体、君だって人を呼ぼうとしないじゃないか」
「貴方に負ける気がしませんから」
「……まあ、そういうことにしておこうか」
組んだ脚の膝にさらに組んだ手を乗せると、セイン皇子は微笑んだ。
「君は、英雄の話をどこまで知っている?」
デジャヴ?なんだか似たような内容の話を最近したような気がする。
「一般的に伝わっている程度の知識はありますけど」
七英雄が学者だというのは、おそらく七英雄直系子孫のみの機密事項だろう。もしかしたらセイン皇子は承知済みなのかもしれないが、メリンダが信用して話してくれたことをここで私があっさり口にすることはできない。
「我が国には、英雄の遺産がある」
「遺産?」
「自然災害を故意に起こすことができる装置だ」
「なんですって!?」
自然災害を故意に。それはすでに自然ではないし、そんなことができれば世界中が混乱の渦に巻き込まれるだろう。
「英雄達が総力を上げて造り出した最高傑作だよ。本来は災害を治めるために研究された物らしいけどね。逆に災害を起こすことだって可能だ」
「……それがなぜエストラーガにあるんです。権利はファーレンにあるのでは?」
「ま、色々とね」
世界一の大国ともなれば、黒い裏事情もたくさんあるだろう。
「でもこの装置、色々と制約があってね」
セイン皇子は大げさに溜息を吐いた。
「すべての英雄の血液、またはすべての直系子孫の血液が必要なんだ」
なるほど。それで血がほしいなんて言い出したわけだ。……って、なんで私の血?
「英雄は本来、八人いた」
「まさか」
「そ。八人目の英雄はレディシア国第24代国王、ユーストレウル・ヴァルフォリア・レディシア。君の祖先だよ」




