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不義姫  作者: 折紙
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29.英雄祭の決闘

 エイラを宥めて運ばれてきた料理をつついていると、何やら外が騒がしい。

「……なんでしょう?」

 兄が首を傾げる。

 派手な音を立てて扉が開くと、私も見たことのあるファントムの常連客の男がすごい形相で飛び込んできた。

「やべぇ!逃げろ!」

「なんだぁ?どうしたんだ?」

 ルーイが厨房から顔を出すと、男は一瞬ルーイの格好に顔を引きつらせたが、そんなことには構っていられないとばかりに詰め寄った。

「おいルーイ!今すぐ客を避難させろ!巻き込まれるぞ!」

「はぁ?何言ってんだ。まあ落ち着けよ。水でも飲んでけ」

 あきらかに私に対する態度と違うが、普段のルーイはこうだ。

「そんな場合じゃねぇんだって!進路がこっちなんだよ!」

「進路?だぁから何を言って……」

 ルーイが再び訊ねようとした時、外から見ると一見ボロボロだが、実際は頑丈に造られているはずの扉が吹き飛んだ。

 悲鳴が上がり、扉の欠片がパラパラと店の中に散らばる。

「な……」

「あれって……」

「フィーリじゃねぇか!?」

「なんだと!?」

 なんて運が悪い。

 フィーリファミリー。街を賑わせる厄介なヤクザ達。

 彼らには義理も人情も仁義もありはしない。ただ己の思うままに振る舞い、一般人すら巻き込むヤクザの風上にも置けない連中だ。……なんだかこう言うと他のヤクザが正義の味方みたいに聞こえるが。

「おい、あのガキ何したんだ!?」

 三人のフィーリと対峙するのは、年端もいかない少年。恐らく私よりも幼い。細い身体はあきらかに栄養が足りていなく、今にも折れてしまいそうだ。

 だがそれでも凛と立つ少年は、少しも怯むことなくフィーリに言い放った。

「返せよ、それ。それからあいつに謝れ」

 そう言った少年に、フィーリの三人は下品に笑った。

「なぁに言ってんだぁ?お前らには不釣り合いだから、俺達がもらってやろうってんじゃねぇか。なぁ?」

「そうそう。感謝してほしいくらいだなぁ」

 どうやら少年の大切な物を奪われたらしい。

 隙をついて後ろからぶっ飛ばすか。幸いなことにファントムには腕利きが揃っているし。

 ルーイに目配せしようとしたら、すぐ傍で呆然とした呟きが聞こえた。

「サリル……?」

 隣を見ると、兄が少年を凝視していた。

「お知り合いですか」

「え、ええ。メイサ通りに住んでいた頃からの知り合いです」

 厄介な。でもまぁ、何がなんでも助ける理由はできたわけだ。

 エイラやセイン皇子に危害が及ばないよう注意しながら動こうとすると、店全体が揺れて避けきれないほどの振動が私達を襲った。

「げ……」

 思わず体勢を崩してしまうが、近くにいた兄が身体を支えてくれた。

 だが、エイラに向かって崩れ落ちようとする天井には対処しきれなかった。

「……っ……エイラッ…………!」

 エイラは悲鳴を上げることもできず、自分に向かって崩れ落ちてくる瓦礫をただ呆然と見つめていた。

 間に合わない!!

 今さら手を伸ばしても絶対に無理だ。だけど伸ばさないわけにはいかない。

 伸ばした手は、エイラに届くことはなかった。

「大丈夫ですか?」

「あ……ありがとうございます」

 エイラを助けたのは、セイン皇子だった。

 思わず胸を撫で下ろすが、セイン皇子の動きに疑問を覚える。

 セイン皇子の護衛であるアーレストはともかく、他の連中は気づかなかっただろう。だけど動体視力のいい私にははっきりと見えた。

 セイン皇子はエイラ目掛けて落ちてくる天井の残骸を一瞬ですべて弾き飛ばしたあと、エイラに負担がかからないようにさりげなく移動させ、腕の中に囲い込んだ。周りから見れば、セイン皇子がエイラを自分のもとに引き寄せたようにしか見えなかっただろう。だけど確かに一瞬でその動作が為された。

「………………」

「シータ?」

 同じように胸を撫で下ろしていた兄が、不思議そうに様子を窺ってくる。

「……いえ、エイラに怪我が無くてよかったと思いまして」

 エイラにも声を掛けると、遅れて恐怖がやってきたのか私に抱きつくと泣き出してしまった。

 エイラを宥めていると、エイラに怪我が無いか確認し終わった兄が先ほどの少年に声を掛ける。

「サリル」

 兄に声を掛けられると、サリルと呼ばれた少年は目を見開いた。

「アル兄!?城に行ったんじゃなかったのか!?」

「うんまぁ…社会勉強だよ。それより、何か盗られたのか」

 サリルは我に返ったようにはっとする。

「そうだ!あいつら、ネネの首飾り盗りやがったんだ!」

「ネネの?あれは確かネネの大切なものじゃなかったのか」

「そうだよ。ネネの母ちゃんの形見なのに」

 サリルは悔しそうに拳を握ると、唇を噛んだ。

 その様子を見た兄はフィーリに向き直る。

「申し訳ありませんが、盗んだものを返していただきたい」

「それはできねぇなぁ」

 下品に笑うフィーリ達に応えるように、外からさらに数名の男達が店に押しかけてくる。フィーリの仲間だろう。おそらく先ほどの爆発はこいつらの仕業だ。

 兄は腰を落とすと、ぐっと拳を握った。だがその拳を使うことはなく、ある人物が見事にブチ切れてくれた。

 巨体をぶるぶると大きく震わせながら、ルーイがおたまを握りしめている。あ、と声を漏らす暇もなく、ルーイのおたまがぐにゃりと変形した。

「貴様ら……俺の……俺の愛する店を……」

「ル……ルーイ……?」

 常連客がルーイの異変に気付き、声をかけた。

 だがそんな声にも気付くことなく、ルーイはいきり立った。気のせいか背後に炎が見える気がする。さすが料理人。って、そんなことを言ってる場合じゃない。

「許さーん!!」

 ルーイは素人目には見えないような速さで包丁を投げつけた。

「ひっ!?」

 見事にフィーリ連中の間をかすめ、壁に数本の包丁が突き刺さる。ゆらりと立つルーイの目が、心なしか光っている気さえする。

 ルーイの背後には、ヤソックを始めとするファントムの店員が怒気を撒き散らしながらフィーリ達を睨みつけている。

「な、なんだてめーら。たかが寂れたレストランの店員が調子に乗ってんじゃねーぞ!」

「たかがレストランの店員。その通りだ。褒め言葉だな」

「そうそう。だけどここはそのレストランなんだよなー」

「つまり、ここは俺達の舞台ってわけ」

 ルーイに続き、他の店員も動き出す。無駄のない動きでフィーリを取り囲むと、次々と地に沈めていく。

 もうルーイ達に任せようと傍観に徹していたが、はっと気付く。

「ちょ、ちょっと待ってルーイ!一人は残しておいて!あの子が探してる首飾りを取り返さないと」

「これのことでございますか?」

 ちょうど今ぶちのめしたフィーリが持っていたのだろう、ルーイが華奢な首飾りを手にしていた。

「あっ!ネネの首飾り!おっちゃんサンキュー!!」

 サリルが目を輝かせて首飾りを受け取る。

「おう、気をつけな坊主。もう盗られんじゃねーぞ」

 サリルの頭をがしがしと撫でたルーイは、不敵な笑みを浮かべた。

「さて。じゃあ一気に片付けちまうかね」

『さぁてお立会い。英雄祭の決闘をご覧にいれましょう。皆さま、どうぞお楽しみください』

 芝居がかった動作で、(ファントム)が礼をした。

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