26.昔馴染みの馬鹿と友
目の前に、馬鹿がいる。
「どうしたリチェ。相変わらずシケた面してんな」
今まさに目の前でへらへらしている品の無い馬鹿は、隣国エセルナの王子だ。残念なことにレディシア国王家とは縁戚に当たる。
突然来ておいて仮にも王女の部屋にズカズカと上がり込んできた輩に、ああだこうだと言われたくない。
「千年目の英雄祭くらい自国でおとなしくしてなさいよ、馬鹿王子」
「俺の名前はヴァッカスだ!」
「はいはい、馬っ鹿ス王子」
馬鹿とカスを交えてみた。
「…………お前今、完全に違う意味で呼んだよな」
「被害妄想よ」
しらっと答えるとヴァッカスは一瞬いきり立ったが、すぐに縮こまってモジモジし始めた。正直気持ち悪い。
「そ、それでよ、今日エイラは来てねぇのか?」
エイラというのはレディシア国の貴族トルティラム公爵家の令嬢で、ヴァッカスがベタ惚れしている娘だ。ヴァッカスが頻繁にレディシアを訪ねてくるのはエイラに会うためである。
エイラに一目惚れして以来、ストーカーと化したヴァッカスが非公式にレディシアに訪問することがぐっと増え、実に迷惑だ。こんなんでも一応王子なのだし、使用人達は気を使わなければならない上に無駄に仕事が増える。
「あんた今の時期考えた?公爵家ともなれば忙しいでしょ」
トルティラム公爵家は母の実家と仲が良かったので、自然と私もエイラとは友人関係を築いていた。
歳上ではあるが少し頼りなくふわふわとしたエイラは、とても可愛らしい。この馬鹿王子にはもったいないと昔から思っていた。
「何ぃ!?せっかく一緒に祭りを見て回りたかったのに……」
「計画性が無い、何も考えていない、つまり頭が悪い」
「あにぃ!?誰がだ!」
「誰とは言ってないわよ。心当たりでもあるの?」
「く……相変わらず性悪な女だぜ……」
この馬鹿正直でまっすぐ過ぎるアホを見ていると、自分を取り繕う気を無くす。初めて会った時に言われた言葉が「動いた!え、お前人間だったの?人形かと思った」だったらしょうがないと思う。それ以来母の見ていないところで、この馬鹿王子を罵倒し続けてきた。
「せっかく来たのになんにもしないで帰んのもな〜……。な、お前観光付き合えよ。祭り見て回ろうぜ。どうせ行くつもりだったんだろ?」
「はぁ?だからってなんであんたと行かなきゃいけないのよ」
「だって俺客だし」
「招いてもいないのに勝手に押し掛けてきた奴を客とは言わないのよ」
「だったらエイラを連れてきてくれよ!」
「私は王族なので、自国の民を守る責任があります」
「どーゆー意味だ!」
溜息を吐くと、不満顔だったヴァッカスがにやりと笑った。
「俺、面白いこと聞いちゃったんだけど」
「へー、そーなんだー」
「なんだその興味なさげな返事!ちゃんと聞いとけって。――お前、男囲ってんだって?」
ぜんっぜん面白くねぇ。
思わずヴァッカスの襟首を絞め上げる。
「貴様その誤った情報を誰に聞いた」
「えっ、嘘なの!?」
「本当だと思ったの?」
冷え冷えとした笑顔を浮かべてやれば、ヴァッカスは青ざめてぶんぶんと首を横に振った。
襟首を掴んでいた手を放してやれば、ヴァッカスは慌てて私から距離を取った。
「だってよー、ドクとレイロンが楽しそうにそんな話してたぜ」
あいつらか!内情を知ってるくせになんつーことを話してやがる。とゆーかわざとこいつに誤解させるようなことを言ったな。
軽そうに見えてもそういったことを言い触らすような奴ではないが、他国の一介の使用人にまでからかわれるなんて、ほんと残念な奴だ。
「殿下、よろしいでしょうか」
扉の向こうから声をかけられる。
「いいわ。どうしたの?」
「ご来客のようです」
「どなた?」
「トルティラム公爵のご令嬢でございます」
それを聞いて、思わず頭を抱えてしまった。
ヴァッカスが満面の笑顔を浮かべたのが、見なくても分かる。ちらりと横目で見えた、勝ち誇ったような顔に腹が立つ。
「…………部屋にお通しして」
「かしこまりました」
扉の外から気配が消えると、ヴァッカスが元々高いテンションをさらに上げてきた。うざい。
「ひゃっほーい!やっぱ俺らって、運命の赤い糸で繋がってんだと思わねぇ?」
繋がっているというより、こいつの執念が無理矢理糸を固結びしているんじゃなかろうか。ストーカーってほんと怖い。
「リチェ様?入ってもいいですか?」
そうこうしている内に、扉の向こうからはおっとりとした声が。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってきたエイラはヴァッカスがいることに少し驚いた表情をしたが、ふんわりと微笑んだ。
「いらっしゃい、エイラ」
「お邪魔いたします。お元気そうで安心しました。ヴァッカス様も、お久しぶりでございます」
今にもエイラに飛び付きそうな表情をしていたヴァッカスは、エイラの視線が自分に向くとキリッと顔を整えた。今さら取り繕っても、おっとりしているように見えて意外と聡いエイラはすでに気付いていると思うが。
「エイラ、久しぶりだな。今日はどうしたんだ?」
「リチェ様のご予定を伺いに来たんです。一緒に城下を回れたらいいと思いまして」
ふふっ、とはにかむように笑うエイラは三つ歳上だとは思えない程愛らしいが、今その話題はいただけない。
「それならちょうどいいな!俺達も行こうと思っていたところだったんだ!よかったらエイラも一緒に行こう!」
ほーら食い付いた。
「な、お前もあいつ誘えよ。ダブルデートしようぜ」
「あいつとはどちら様のことかしら?」
「え、だからお前が囲ってるとかいう男だって」
私はヴァッカスの頭を顔面ごと鷲掴むと、ギリギリと力を入れた。
「あんたは一体何を聞いてたの?違うって言ってんでしょーが」
「いでででででででっ!」
パッと手を離すと、ヴァッカスは涙目で蹲った。
「う〜……頭の形が変形したぞ」
「それは何より。そういえばさっきよりイケメンになったような気がするわ」
私達のやり取りを見てくすくす笑っていたエイラが、ポンと手を打った。
「でしたら、セイン殿下にもレディシアを見ていただくというのはいかがです?」
「はい?」
声に出してみて名案だと思ったのか、エイラは目を輝かせる。
「レディシアの視察のためにいらしたのでしょう?城の中ばかりでなく街も見てもらってこその視察だと思います。ご本人も、城下に降りてみたいとおっしゃってましたし」
「……どこで会ったの?」
「先程リチェ様のお部屋の近くで。昔からリチェ様には懇意にしてもらっているとお話ししたら丁寧にご挨拶してくださって。気安く話してくださるとてもいい方ですね」
なんだか知らない内に外堀を埋められている気分だ。
「…………セインって、誰?」
今それを聞くのか馬鹿王子。
エイラが褒めたことで嫉妬の炎を燃やすヴァッカスを尻目に、私は溜息を吐いた。
溜息を吐いて幸せが逃げるっていうなら、ここ最近の私は幸せに羽根が生えているに違いない。周りが余計なことをする所為で、どんどん羽ばたいて去っていく。
ああ、幸せって脆いものなんだ。
なんとなく何かの悟りを開いたような気がして、私は代わりに目を閉じた。
カムバック、幸せ。
願いは届かないだろうという気配が、むんむんしていた。




