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不義姫  作者: 折紙
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18.【番外編】ある日の攻防

 今日も殿下の授業が無事終了した。

 殿下の部屋を退室し、よく晴れていたので中庭を突っ切ろうとしたら、殿下付きの侍女に呼び止められる。

「あら、レイロン様。授業は終わりましたの?」

「ああ、マーサ。今日の授業は終了ですよ。お茶の準備ですか?いつもご苦労様です。殿下が大変お世話になり、助かっていますよ」

 私がそう言うと、笑顔のはずのマーサから冷気が漂ってきた。

 非の打ち所のない笑顔を浮かべながら器用なものだと感心していれば、笑顔を固定したまま言葉を返してきた。

「まあ。レイロン様はリチェ様の保護者なわけではないのですから、ねぎらっていただく必要はございません。私はリチェ様の侍女であり、恐れながらも友人として扱っていただけているので、自らしていることです。レイロン様こそ、ただの教育係だというのにその他の仕事まで引き受けられて、尊敬するばかりですわ。リチェ様もいつも助かっているとおっしゃっておりました。リチェ様に代わりお礼申し上げます」

 私とマーサの間に、冷たい風が吹き抜けた気がする。

 殿下より二つ歳上のこの侍女は、なぜか昔から私を敵視しているようだった。

 殿下とマーサが出会ったのは、確か九年前のことだったと思う。当時七歳だったマーサは両親から城に連れられ、殿下に出会った。

 マーサは殿下の遊び相手として度々城に来るようになり、その度に盲目的に殿下に傾倒していく様子がよく分かった。思えばその時すでに、殿下と共にいることの多かった私は嫌われていたような気がする。

 伯爵令嬢であるにも関わらずマーサが侍女になることを希望したのは、それから一年も経たない日のことだった。

 もちろん貴族が侍女になるのは不自然なことではないのだが、高い爵位を持つ上に、マーサは一人娘だった。しかも本人はまだ幼い。しかしマーサの熱意に負けた両親が折れて、晴れて最年少の侍女が生まれることとなった。その後無事伯爵家には男児が生まれたので、表面上の問題は無くなったのだが。

 マーサは私の母から指導を受けることになり、私も彼女と顔を合わせる機会が増えた。だが、私が殿下と共にいる姿を見る度にこちらを睨み付けている姿をよく見た。あからさま過ぎる嫉妬に呆れたのは、少ない回数じゃない。

 私はふとマーサを見る。笑顔で隠すことは覚えたようだが、まだ幼かった頃の姿と被る。思わずふ、と笑いが漏れてしまった。

「……なんですか?」

 マーサが不審そうに聞いてくる。

「いいえ、別に?」

 生温い視線で含み笑いをする私に、馬鹿にされたと感じたのだろう。どことなくむっとした表情をすると、失礼します!と言って踵を返した。

「ああ、マーサ」

「なんでございましょう!」

 呼び止められて、勢いよく振り返るマーサ。

「殿下のこと、これからもよろしくお願いしますね」

「………………ですから、言われる筋合いはございません!死ぬまでお世話させていただくつもりですから!」

 そう言うと、今度こそマーサは足早に去っていった。さすがは侍女の鑑。いくら怒っていても、走り去るというみっともない真似はしない。

 込み上げる笑いが抑え切れない。

 暫く下を向くことで堪えていたが、徐々に身体が震えるのが自分で分かった。

 Sっ気のある人間をいじるのは、非常に愉快だ。どこからか「ほんと悪趣味……」という殿下の呟きが聞こえてくるようだった。

 ついには珍しい大爆笑を披露した私を目撃した庭師が、固まってハサミを取り落とす。後に聞いた話だと、彼はその後一週間寝込んだらしい。失礼な話だ。

 マーサに突っ掛かられるくらい、小動物に噛み付かれたと思えば可愛いものだ。心なしか、あの薄茶の髪の所為かリスに見えてくる。

 本当に、殿下の側にいると飽きることがない。周りの人間に恵まれているのは、殿下の人柄というものだろうか。

 ひとしきり笑いようやく落ち着いた私は、殿下の部屋をもう一度訪問することにした。お茶のご相伴に預かる為だ。

 殿下に美味しく飲んでほしい一心でか、マーサの淹れるお茶は非常に美味だ。

 部屋を訪ねた時のマーサの表情が見ものだ、と今度は心の中で笑った。

 さて、城内でも評判のお茶を飲みに行くとしよう。

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