13.英雄の末裔
今朝レイロンに告げられた。
「一月後の英雄祭で、エストラーガの第三皇子が来るそうです」
レイロンの授業を受ける為にペンを握っていた私は、思わずきょとんとする。
「……英雄祭?」
「はい」
「なんでわざわざ?」
英雄祭は世界中がお祭り騒ぎになる行事だ。どちらかといえば、レディシアに来るよりも英雄の国ファーレンに行った方が観光にはちょうどいい。
「その辺りの思惑は分かりませんが……忙しい時期に迷惑な話です」
本気で嫌そうに溜息を吐くレイロン。彼にかかれば大国エストラーガでさえ〝迷惑〟という言葉で片付けられてしまう。
「そのことで、また陛下からお呼びがかかっていましたよ」
「…………へー」
またか。また厄介事を持ち込もうというのか。
とりあえず授業を中断し、レイロンを引き連れて父の元へ向かうことにした。
道中、レイロンの長々とした愚痴まがいの言葉を延々と聞かされ、心底エストラーガを恨んだのはここだけの秘密だ。
「護衛?」
「ああ」
父はなぜかほくほくとした顔で頷く。
「英雄祭に客人を迎えたりで警備が手薄になると悪いからな。お前の護衛を増やそうと思うのだよ。ちょうどすばらしい人材が立候補してくれてな」
何それ超怪しい。このタイミングですばらしい人材の立候補者?
だが父は随分と乗り気なようだ。この時期に新しい護衛などと、あきらかにおかしいだろう。父は娘可愛さに昔からどこか脳内お花畑状態だ。
変な奴だったら返り討ちにしてやろうと心の中で呟く。
「入りなさい」
父の言葉で騎士達が謁見室の扉を開けると、一人の女が颯爽と入ってきた。女は立ち止まると最敬礼を取る。
背の高い女だった。歳は見た目だけなら二十二、三程度。真紅の髪は豊かに波打ち、濃い灰色の瞳は静かにこちらを見据えている。
「お初にお目にかかります。メリンダ・カヴァサーニと申します」
その名前に引っ掛かりを覚える。
「メリンダ・カヴァサーニ?」
それは確か、かの有名な英雄王の一人の名だった気がする。
「彼女はあのメリンダ・カヴァサーニ直系の子孫だそうだ。容姿が記述にある英雄、メリンダ・カヴァサーニにそっくりだということで、英雄の再来ではないかと親族一同で名前を付けたそうだ」
「再来など、とんでもございません」
世界を救ったと言われる英雄は七人いる。彼等は世界が安定すると、一つの国を作った。それが英雄国ファーレンである。
英雄達はそれぞれ出身国が違っていて、確かにカヴァサーニ家はレディシア国出身のはずだったが。
「……王位継承権はどうしたのですか」
英雄直系の子孫には、ファーレンの王位継承権が発生するはずだ。英雄七人の直系であり、家名を継いでいれば誰でも王になる可能性がある。
「放棄致しました。他に六家もございますし、私が選ばれる確証もございません。レイの名も捨てました」
ファーレンの王位継承権を持つ者は、名にレイを付ける。おそらく継承権を放棄する前はメリンダ・レイ・カヴァサーニと名乗っていたはずだ。
「女性の護衛がいた方がお前もいいだろう?」
「そうですね。よろしくお願いしますね、メリンダ」
私はメリンダににっこりと笑顔を向ける。
メリンダはどこか気まずそうに目を伏せると、小さくよろしくお願い致します、と言った。




