11.願わくば
別れたばかりのアルマ様を思い出して、私はふと笑った。それを見かけた使用人が、恐怖におののいた表情をしているのが実に腑に落ちない。
ずっとこのままではいけないと思っていた。きっとそう思っているのは、私だけではないはずだ。
これはもしかしたら、妃殿下のご意向に背いているのかもしれない。だが、殿下が将来率いるであろう国の中心部にわだかまりなど残したくはなかった。
殿下も知らぬ出生の秘密は、未だ守られている。
思い出したのは、十四年前。私がまだ十歳の頃のことだった。
当時母が王妃付きの侍女だった為、妃殿下からは私も懇意にしていただいていた。
「レイロン、いらっしゃい」
母に呼ばれて行くと、妃殿下は生まれたばかりの殿下を私に見せてくださった。初めてみる赤ん坊とその愛らしさに、殿下を夢中になって見つめた。
妃殿下は私を見て微笑むと、母に言った。
「シャリー、レイロンにはすべてを話しておいてちょうだい」
母は戸惑ったような表情をする。
「ですがそれは……」
「貴女の子だもの。信用に値します。それに、きっと将来この子の力になってくれることでしょう」
「……かしこまりました」
その会話に首を傾げていた私に、妃殿下は優しくおっしゃった。
「レイロン、この子をよろしくお願いしますね。良き友として、兄として、助けになってあげてちょうだい」
もちろん異存はなかった。
「もちろんです!殿下の助けになれるよう、がんばりたいと思います」
「ありがとう」
安心したように微笑んだ妃殿下の顔が忘れられない。
その後母からすべてを聞いた私は、尚更殿下を守っていこうと心に決めた。
きっと待ち受ける様々な人間の想いは、殿下を巻き込んでいくことだろう。その時にもどうか、強い心を保って国を導いていける立派な王になれるように。
私はこれまで以上に勉強に励み、授業では習わぬような国の内政についてまでよく調べた。十七になる頃には殿下の教育係を任され、何を聞かれても答えられるよう、殿下の授業の前に予習することも忘れなかった。
幸いなことに殿下は大変優秀で、一度教えたことはすぐに理解し、疑問があれば疑問のままで終わらせずにきちんと質問しに来た。その質問も他人にはない発想から来るものや物事の核心を突いたようなもので、聞かれた私の方が驚くことばかりだった。
妃殿下が亡くなった際も取り乱して泣かれるようなことは無く、人前では毅然とした王女の態度を崩さなかった。口さがない連中は殿下の態度に色々と言っていたようだが、次の日にお会いした時に目が真っ赤に腫れていたのは痛々しかった。それでもやはり殿下は普段通りを装っていたので、こちらもそう心掛けるしかなかったのだが。
誰にも弱みを見せられず泣かれるよりならば、誰か心を許せる人間がいた方がいい。たとえばそれがアルマ様ならば一番いいのではないかと、そう思うのだ。
良くも悪くも、アルマ様の存在は現状を打破してくれる気がする。
私にできるのは、どうか殿下が背負うものが軽くなればいいと願うばかりである。